初詣 真珠


「おい珠紀ー、初詣行こーぜ!!」

外から聞こえた声は、愛しい人のものだった。


*


十二月三十一日、午後十一時。あと一時間程で新しい年を迎えそうな頃、家の外から耳に馴染んだ声が聞こえた。
家の中に入ってくるだとか、家に電話をかけるだとか、そういう方法もあるのにこうして家の外から半ば怒鳴るようにして伝えるだなんてまったくもってこの人らしい。
けれど、それが嫌ではないのはやはりこの人が好きだからなんだろうな、と思う。

「あー申し訳ないですけどこっから数時間は多分無理です」

視界を遮る障子を開くと、かなりの厚着をした先輩がそこにはいた。

「なんでだよ!俺様に付き合えないって言うのかよ!ってあー……そうかお前神社の娘だから手伝いあんのか……」
「そーなんですよー。今までずっとやってたからちょっと休憩もらったんです。だからあと五分くらいしたら仕事に戻ります」

実際、珠紀が身に纏っているのは巫女装束。清らかさを感じさせる白と緋色のそれは珠紀に良く似合っていた。しかし悲しいかな、これが神社に生まれた者の定めである。
この村にはここしか神社は存在しないため、必然的にみんながここを訪れる。初詣に厄払いなどなど。だからこの時期は一年で一番忙しくなるのだ。

「あー先輩どうします?多分あと二三時間はお相手出来ないと思うんですけど……。とりあえず炬燵あるんでそこで休んでても良いですよ?」

珠紀は息を吐きながら凝った筋肉を解す。
さて、美鶴ちゃんに任せっきりだからそろそろ戻らなくては。自分が戻ったら今度は美鶴ちゃんが休憩する番だ。

「そうかー?あ、や、俺様が手伝ってやるよ!」
「えーでも悪いですし……。それに売り子って言っても結構きついですよー?寒いし……」
「だから尚更手伝ってやるって言ってるんだよ!人数が多い方が早くおわるだろ!」
「ホントですか?ありがとうございます!」

先輩と一緒に仕事が出来る。そう思うだけで、身を切るような寒さも少しだけ和らぐような気がした。

「そうと決まったらほら!さっさと行こうぜ!」
「はいっ!」

先輩に引かれた右手がじんわりと暖かくなった。


*


「やっと……一段落しましたね……」
「そうだな……」
「あー先輩あけましておめでとうございます……」
「あけましておめでとう。そうかー。気がつかなかったけどもう新年なのか……」

珠紀と真弘が仕事から解放されたのは、とっくに日付が変わった午前三時であった。

「なんかもう新年だなんて信じられませんね」
「そうだな。まだ大晦日な気分だぜ」

身体を襲う疲労感は激しかったけれど、先輩と新年を迎えることが出来たのが嬉しかった。
お客さんの相手があったから新年になって一番に、という訳ではなかったけれど、こうして面とむかって接客を抜きにして挨拶をしたのは私が一番なんじゃないかと思う。多分、先輩にとっても。

「なぁ珠紀。初詣、行かないか?ついでに厄除けもしたりして」
「いいですよー」

私は先輩の提案に、一も二もなく乗ることにした。
つい先程まで神社の娘として仕事をしていたところに春日珠紀個人として行くのはなんだか変な感じがする。それは先輩は同じだったようで、ぱっとしない顔をしていた。

「なんか上手く言えないけど変な感じだよな」
「ですねー。これから毎年年末年始がこんな感じだときついですねー」
「その点に関しては安心しろ!来年以降もお前の手伝い、してやるからな」
「え?あ、ありがとうございます……」

先輩がそんなことを言ってくれるとは思いもしなかったから、少し驚いた。

「お前の……ためにやってやるんだからな。他の誰の為でもなく、お前の為にやるんだからな」
「……!!」

どうしてこういうことをふいに言うのだろう。自分と同じか、若しくは自分より小さな筈の身長なのに時たま本当に大きく見える。そして私の心臓をどきどきさせてやまなくなる。

「なぁお前顔赤くないか?」
「きっ、気のせいですっ!!そっ、そういえば先輩、私のいっこ上ならもしかして方位除けしなきゃいけないんじゃないんですか?私来年だなーって思ってたんで」

この人は一体誰のせいで私の顔が赤くなったと思っているんだろうか。こういうところに無自覚なところも憎めない。

「えーホントかよ。まぁでも厄の一つや二つ、大丈夫だろ」
「なにそれ先輩「俺は運命に打ち勝つぜ!!」的なことですか?無駄にカッコイイですね!」

先輩の言うことがなんだか面白くて吹き出してしまった。それにつられて先輩も吹き出す。
そう、こんな感じ。私と先輩との距離は。ちょっとした冗談を言ってお互いに笑い合って。たまに先輩の一挙一動にどきどきしたりして。
先輩もたまにどきどきしてるとしたなら、原因が私の一挙一動によるものだったら凄く良いと思う。
「ってーちげーよ!ほら、お前能天気だから厄とか払うまでもなく寄って来なそうだしな!」
「えー先輩は私にどんな期待してるんですかー?」
「あーそういうのが言いたいんじゃなくてだな……お前が俺様と一緒にいればきっと厄なんて関係なくなるだろ!だから来年も再来年も、そのまたずっと先も俺様の側にいろよ」
「そうですね。来年も一緒に年、越したいですね」
「だな」

このささやかな願いを、本堂のその奥深くにいる、何か聖なるものが聞いているような気がした。












本年もよろしくお願いします!

11.1224



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