ツキアカリ 琥月
「有李!有李!!」
どんなに手を伸ばして叫んでも、有李はこちらを振り向くだけ。あともうちょっとで伸ばした手が届くと言うのに、どうしても届かない。 あと少し。本当にあともう少しなのに。
「ここだ!有李!こっちに来るんだ!」
呼びかけが聞こえているはずなのに、有李は顔を少しだけ歪めて悲しそうな顔をする。そして暗闇の中に姿を消す。まるで水に溶けてしまう砂糖みたいに。 届かなかった。また届かなかった。あと少しなのに、どうしても届かない。
「だって、狡いのは琥太にぃだよ?」
次に言葉と共に現れたのは郁。こちらは有李とは違い、何の表情も読めない。
「郁、違う!違うんだ!有李は!」
必死に俺は郁に弁解している。だけど、同時に心のどこかで諦めている自分も確かにいて。 自分のことなのに、本当はどうしたいのか分からなかった。
「悪いのは、琥太にぃだ」
違う、俺は何も悪くないと叫ぶ自分と、もしかしたら悪いのは自分だと郁に糾弾されて妙に納得する自分もいる。 確かに俺があの時に何か一つ有李に言っていればこうなっていなかったかもしれない、と考えれば、悪いのは自分だと納得せざるを得なかった。
「だから、琥太にぃは罰を受けなくちゃならない」 「……あぁ、そうだな」
俺が罰を受けて、有李が少しでも報われるのなら。寧ろ俺が罰を受けなくては、有李に申し訳がたたない。
「郁、俺は有李のために罰を受けるよ。受け入れる」 「そう。琥太にぃは決めたんだね」
「だから、どうすれば良い?」
俺は郁に聞く。すると郁はさっきの消える間際の有李みたいな顔をする。ちょっと顔を歪めて、泣きそうな顔。 そして世界は暗転する。
*
目が覚めたら自分の部屋だった。いつになっても寝覚めの悪い夢。 俺が郁に罰を求めるのに、郁は何も答えてくれない。 繰り返し繰り返し見て、もう何度見たのだろう。有李と郁が出て来て俺を糾弾する夢は、片手を使って数えることが出来なくなったころから数えるのを辞めた。
おかしな夢なような気がするけれど、落ち着いて考えれば何もおかしなことは無かった。俺が有李にしたことはそういうことだ。 そもそも俺は罰をまだ受けていない。俺は罰を受けなくてはならない存在だと言うのに。
ふと夜久のあの笑顔が胸の内に浮かび上がる。どんなことにも一生懸命な夜久は、見ていて眩しくて気持ちいい。ずっとずっと見ていたくなる。 だけど、俺はそんな夜久にずいぶんと酷いことをした。 だけど良い。良いんだ、これで。
あのくらいの年なら年上の大人がかっこよく見えるというただそれだけのこと。あの感情は一時の気の迷いだ。 それにこうしてしまったほうが夜久の為になるし、俺は幸せになってはいけない。俺にはその資格は無いから。 これが、俺に課せられた罪なのだから。 見慣れた天井を見上げながら俺は今日も流す涙を拭う。
まだツキアカリは見つけられなくて、
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スチルでもあったように、静かに涙を流している琥太にぃが浮かんできて、それをお話にして見ました。 お粗末様でした。
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