夕日に祈る 琥月 (企画)
なぁ、ちょっと来てもらいところがあるんだ そう琥太郎に声をかけられたのは土曜日の午前中だった。
「どうしたんですか?」 「……来れば分かるさ。お前に付いてきて欲しい」 「……?分かりました」
いつものようではなく、琥太郎の目は真剣で。それは例えるなら保健医としての琥太郎ではなく、理事長としての琥太郎のなような――何か鋭いものを持っていた。 琥太郎は月子の目を見ない。月子の後ろにあるものを見るように話すのだ。それが何か違和感があって、少し恐い。この人は、人の目を見て話す人だから。 思いを伝えて、恋人になった今でさえ時々不安になる。年齢差が大きいから置いていかれてしまうのではないかと。不安になるとその度に琥太郎は月子に温もりを与えて安らぎをくれる。そして、琥太郎をつなぎ止めているのだと安心する。
今琥太郎が重要なことを話しているのが分かったから、月子は何も聞きかえさなかった。
「ここだ」
そう言って連れてこられたのは、車で小一時間程走った何の変哲もない普通の住宅街。 彼はこの場所に連れて来てどうしたんだろう? 車中でも、時折目を伏せて考え込む仕種をする。強い意志を称えた目をこちらに向けたかと思えばやがてそれが揺らいでまた考え込む。それの繰り返しだった。何かに迷っていることが分かった。
しばらく歩くと、小さな公園に着いた。そこで足を止める。
「俺が連れてきたかったのはここ。普通の公園だと思うが……」 「……」 「有李と郁と来て遊んだ場所なんだ」 「有李さんと水嶋先生と……」 「ああ。あいつらのかくれんぼに付き合ってこの土管に隠れたりもした」
懐かしそうに、愛おしそうに土管に触れる。琥太郎はつい、と目を細めた。
「今でも温度を感じる」
温度だけじゃない。ここに座ってどんな会話をしたのか、どんなことを思ったのか。動作、感情の動きの細かなところも十年以上も昔のことなのについ昨日のことのように感じる。一つのことを思い出すだけで鮮やかに蘇る。 振り返っても、そこに有李や郁はいないのに。
「俺は、諦められないのかもしれない」 「……」 「覚悟を決めて来たのにまだ迷ってる」 「……」 「ずっと俺は過去を見続けてる」 「……違いますよ。受け入れたんです」 「……それは」 「どんなに迷っていたって、有李さんと水嶋先生との思い出の場所に私を連れてきてくれたじゃないですか」 「それはそう……だけ、ど」 「私にはそれで十分なんです」
感情の堤防が壊れたかのように涙が溢れ出る。透明な雫はさながらダイヤモンドで。ただはらはらと涙を流す琥太郎はどうしてか無性に美しかった。 月子は琥太郎の皮膚を撫でるように滑るダイヤモンドを拭う。何で自分は涙を流しているんだろう。そんな顔をしていた。
「……俺がこうしているとき必ず側には月子がいて、涙を拭ってくれるんだな」
琥太郎は眉尻を下げて困った顔をしながらも、ふにゃりと微笑んだ。
「当たり前です。ずっとずっと側にいて、泣いてる琥太郎さんの涙を拭うって誓いましたから」 「誓う……?」 「はい。あ、誰に誓ったかは琥太郎さんと言えども秘密です」 「……そうか」
ふふっ、と月子が笑ったのにつられて琥太郎も笑った。
「俺は有李に伝えないといけないんだ」
誰に向かって話し掛けるでもなく、宙に向かって心情を吐露するようにぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。
「俺は、この人と一緒になることにするよ」 「……」 「それで、有李の分まで幸せになるんだ」
月子の手を強く、強く握る。 これが、琥太郎の決意だった。琥太郎の手が少しだけ震えているのが分かって、月子は琥太郎よりも強く握り返した。
「だから有李。見守っていてくれ」
琥太郎の眼差しの先には、真っ赤に燃える太陽があった。
夕日に祈る
++++++++ 三万打、琥月でした。 甘く……なっていますでしょうか?
やっぱり琥太郎はつっこといても、ふとした瞬間に有李のことを思い出すんじゃないかなぁと思った結果がこの話でした。 有李がいなければ、きっと琥太郎とつっこがこういう関係になることは無かったような気がします。もっとも有李がいないと始まらなかった関係は琥月だけでもないとは思いますが。
天津さん、企画に参加頂きありがとうございました!!
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