勿忘草色の手紙を渡さずに 桜月


一歩踏み出すとかつりと音がする。一歩、また一歩と踏み出す度に廊下に音が響く。きっと今日はいる筈だ。正しく言うと、今日まではいてくれる筈だ。
長年……という程でも無いのだろう。たった一年お世話になったあの人は明日からいなくなる。私を置いて、あの新聞部の部長はここから離れて行ってしまうのだ。

いつからかあの長い赤髪を視界に捕らえるようになった。
長い赤髪は、あの人のトレードマークで、あの人を探すときは、まずあの赤髪を探すのだ。


*



春が出会いの季節とは誰が言ったんだろう。別れがあるから出会いがあると言うのに。
世間ではそのへんのシステムがどうなっているか分からないけれど、少なくとも学生は三月に別れてから四月に出会いを迎えるというそういうシステムだった。
そして例にもれず、私もそのシステムに組み込まれている。
そのシステムに不満がある訳ではない。そういうものなのだから仕方が無いことだ。そういう風に頭では分かっていても、気持ちはそう簡単にはいかない。
淋しさと、ほんの少しの不安が私の中で行き来する。


あの人はいつでも当たり前のようにこの学校にいた。困ったときにはいつでも会いに行けた。というよりも会いに来てくれた。いつも。そう、いつだって。
けれど、明日からはそうじゃない。当たり前過ぎていなくなることに気がつかずにいたその存在。
当たり前がそうでなくなる。それが、不安の源だった。

「私、大丈夫なのかなぁ……。やってけるのかなぁ……」

冷たいリノリウムの床と、照らす朝日の温度は対照的で。どうしようもなく悲しくなる。
私はあの人にとってただの後輩で、あの人は私にとってただの先輩の筈。
けれど訳もなく別れ難くて、また会えなくなることを惜しんでいる。
いつからただの先輩後輩の関係が変わったんだろう?
そう考えてみても明確な答えはなくて、思い浮かんだのはあの人と私を繋げてくれた横暴生徒会長の存在だった。



何かを書き残したくて、伝えたくて、私は手紙を書こうと数日前に決意していた。
だけどいざペンを手にしたら淋しいです、とか卒業しないで欲しいとか、二年間とても楽しかったですとかありきたりなことしか伝えられなかった。
違う。本当は、こんな当たり前のことを伝えたいんじゃない。
頭に沸いて来た感情を言葉に変換して、文字に書き起こすけれど気に入らないから書き直して……という作業を何度しても納得いくものが出来上がらない。
十何年も生きてきて、それなりに真面目に国語の授業を受けてきたつもりだ。
だけど、だけど、こんな時にはちっとも上手く行かない。全くもって駄目だ。
だけど思ったことを全て言葉に伝えることが出来ない私には、これが限界で、私に出来る精一杯。

だから私は決めたのだ。渡すだけでは駄目で、あの人に会いに行こうと。
早くとせき立てる気持ちの高ぶりを半ば無理矢理抑え込む。焦っても何も始まらないのだから、むしろ落ち着かなくては。
だけど、落ち着かなくてはと思えば思うほど私の中で早くと叫ぶ声が大きくなる。
私は早くあの人に会いたい。
だから、行こう。



ふと、私は制服のポケットにある手紙の存在に気が付く。
確かに気持ちを込めたのに、それはあまりにも薄くて小さい。頼りないのだ。

「こんなものに頼ってる場合じゃない」

必死になって書いた手紙を入れた勿忘草色をした封筒を、私は教室にあったごみ箱に放り投げた。
そして私は廊下で見つけたあの人に向けて走り出す。
私を忘れないで下さい。
その一言を言うためだけに。
「先輩!見つけた!」











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桜月(っぽい何か)でした。
ごめんなさい、冬は未プレイなので想像って言うか妄想って言うか……そんな何か。

お粗末様でした。



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