大人の自分の子供心 土千



いつものように中庭の掃き掃除を終え、隊士の洗濯物を全て干し終えて一息ついたときのこと。
いつもは気配を殺し、神出鬼没の名をほしいままにする沖田だが、今日は違っていた。と言うよりも走っている。
いや、屯所は走らないようにしなければならないので早歩き、競歩のようになっていた。手にはあるものを持って。

「ねぇ千鶴ちゃん、入るよ」

と通常ならば女の身である千鶴を気遣って何かしらの反応があってから襖に手をかけるのだが、今回は千鶴の返事も聞かずに襖を開ける。

「こんにちは、沖田さん、」

そう千鶴が言う前に沖田は千鶴の顔を見るなり手にしていたものを渡した。

「はい、これ。絶対に読んでおいてね」

執拗に念押しする。
心なしか、いつもの二割増しの笑顔な気がする。うきうきしている、と言うのだろうか。
この顔をしているときは、まず間違いなく何かを企んでいる。しかも相当悪質なものを。
被害者、若しくはこの企みによって使えなくなってしまった物品の弁償代的な意味で笑ってすませられるものであれば良いのだが…と千鶴は不安になる。
過去、この企みによって笑えないことになったのも一度や二度ではない。かくいう千鶴も何度かこの笑顔の行く先のものの矛先になったことがある。


そんな沖田はそそくさと千鶴の部屋をあとにした。
いつもなら沖田は千鶴がお願いします、放れて下さい本当にお願いしますと相当困った顔をして頼み込めば、千鶴ちゃんのそんな顔が見れたからいいか、と言ってようやく放れてくれるのだ。
素直な沖田は嬉しい一方でどうにも変だなぁと、嫌な違和感を感じながらも手渡されたそれを見る。


なんてことはない、句集。
ただ少しだけこんなものがここにあるのが意外だった。ここは泣く子も黙る新選組の屯所だ。
勿論新選組とて人の子だ。人の子である以上、俳句を嗜むことは問題ないのだが、少し笑いそうになる。


ここにあると言うことは、誰かが句を嗜むということと同義だが、一体誰が嗜むというのか。
千鶴は考え始める。

まず新八や平助は無いだろう。新八よりかは平助の方が可能性はあれど、違うだろう。
なにせ自分の男装に気が付かなかったのだ。
失礼だがなんとなく…そういうことには疎いような気がする。
じゃあ、斎藤か沖田か原田か土方か。この中だったらみんな有り得そうな気がする。
だが、沖田はさっきの見ての通りだ。沖田に限ってはまず無いだろう。
土方も違いそうだ。千鶴のイメージする土方とは少しイメージが違う。

となると残りは斎藤と原田。
それでも斎藤は違う気もする。斎藤の場合、句を嗜むことに時間を割かないだろう。
じゃあ原田か、と勝手に頭の中で結論付ける。確かに原田なら句を嗜むのも分かる。
だからあのように女性に持て囃されるのなら納得もいく。
となれば気になるのはやはりその中身。



千鶴自身の見てしまいたい好奇心と、沖田が見ておくようにと勧めたものの、隊士幹部の私物を勝手に覗き見て良いものかとが頭の中で回りはじめる。
心のどこかであの沖田が執拗に勧めたものだから危険だとは思ったし、多分通常の千鶴なら見なかっただろう。
しかし今回は沖田が念押しのも加わり、良くないとは思いながらもやはり好奇心に勝つことは出来ない。
千鶴は少しくらいなら沖田の言い付け通り読んだことになるし、幹部隊士の私物を全部まじまじと見る訳ではないから、と適当に理由を付ける。

――千鶴は元々書物を読むのが好きで、本当は読みたくてうずうずしているのだ。
そして句集に触れ、心の中でごめんなさい呟いてめくる。



暫く無心になって読み進めていると、急に外の方がどたどたと騒がしくなり、音がこちらに向かってきていた。
心なしか、こちらに向かう速度は上がってきている気がする。

いいところだったのに、と思いながらも心の片隅には人のものを盗み見てしまったと言う罪悪感があり。
千鶴が咄嗟に体の後ろに句集を隠したのと、これまた沖田と同じように声もかけられずにぱん、と音をたてて襖が開かれたのはほぼ同時だった。



「千鶴、総司の奴を見なかったか。
…何でお前はそんな体勢なんだよ」
「えと…何でも無いです」

土方は明らかに怒りと見られる雰囲気を纏っており、話すのが躊躇われた。眉間に刻まれた皺はやはり二割増し。
また、土方が指摘するのも分かるくらいに自分の体勢が不自然なことに千鶴は気がついていた。
日常生活ではまずしないような明らかに背に何かを隠しています、と言う不自然極まりない体勢。
それに土方は千鶴の目を見て話すものだからやましいことをしていると自覚がある千鶴は思わず目を逸らす。
そんな挙動が不審な千鶴は勿論土方に怪しまれ。

「おい千鶴。お前背に何をかくしてやがる。今なら怒らないから早く出せ」

土方さん既に怒ってます、なんて千鶴には言えなかった。
誰だって命は落としたくはないと思うのは当然のことだ。
少し後、そこには鬼副長の鋭い口調と眼差し、そして雰囲気におされるようにして問われればあっさり白状する千鶴がいた。

「土方さんすみません…」

うなだれながら諦めて句集を土方の元に差し出せば、驚いた声が返ってくる。

「なんでお前がこれを持っていやがる。総司が持ってたんじゃなかったのか…?」
「沖田さんに見ておくようにって渡されたんです」
「そうだったのか…」

今度は土方がうなだれる番だった。先程まで纏っていた雰囲気は消え去っている。
それどころかいつも持っている覇気のような凛々しいものまで消えている。
あ、土方さんが土方さんじゃなくなっている。なんて思う前にむくりと起き上がり、また鋭い口調と眼差しを千鶴に向けながらもどこか戸惑うように問うた。
しかもその鋭利さは確実に増している。触れれば切れてしまうような鋭さを持ち得ている。

「千鶴、もしやとは思うが中身は…」
「すみません。少しだけ見てしまいました」

千鶴は次に来るであろう土方の怒鳴り声を予想し身を固くして目をつむったが、いつまでたっても土方の怒鳴り声は聞こえて来ないため、恐る恐る薄目を開ける。
土方はうなだれたまま身じろぎすらしなかった。先程のように再び起き上がる気配も無い。
どうやら千鶴の手に渡っただけでなく、中を見られたのがとどめを刺したようだった。
暫くすると復活した土方は溜め息を付き幾分か何かを考えた後、らしくもなく言い訳するように言った。

「俺ぁ句、作るのは好きなんだが上手くねぇんだ。だから総司に下手くそだとからかわれる」
「下手でも何の技巧を使っていなくても良いじゃないですか。
私はこの句、土方さんらしくてとても好きですよ」

千鶴がはにかみながら思ったことを正直に言えば土方は表情を変えないながらも見てはいけないものを見てしまったかのように目を逸らした。

「おい、喉が渇いた。今すぐ茶持ってこい!」
「あ、はい、ただいま!」

土方が指示をすれば、千鶴はぱたぱたとかけて行った。

――らしくないな。
今この胸はいつもより早く鼓動を行っている。
不貞浪士との斬り合いや、島原での情事後でも無いのに。
土方も色事に不慣れな訳ではない。寧ろ隊内では一番か、原田に続いて慣れている。
女の笑みなんぞ見飽きるくらい見慣れているものだし、逆にこちらが微笑みかけて女を落としてやる、ぐらいの心意気だ。
慣れているはずなのに、それなのにどうしてこんなに気恥ずかしくて、鼓動が高まるのか。
それにたかが句を褒められたくらいでどうしようもなく舞い上がってしまって。また、それを隠すかのように千鶴を遠ざけて。
土方は自分のことが恋に恋しているときのような餓鬼だと思った。

にしても、と千鶴が好きだと言った句を今一度見る。
――俺らしいと言われてもなぁ。


人の世の ものとは見えぬ 桜の花


一体どういうことだか。
まぁ良い。茶を抱えて戻ってきたときに聞くか。
そう思えば照れ隠しのために遠ざけた千鶴が早く戻って来ないかと思えるのだった。






大人の自分の子供心





(今日ばっかりは総司に感謝しないとな)
(予想外だったとは言え、酷く嬉しかったし)
(千鶴、早く戻ってこいよ)










――――――――――――――

このあと沖田は気分の良い土方にまたもやちょっかいをかけ、千鶴が戻ってきた頃には機嫌が悪いのです。
んで、それにあたられる千鶴。
それを見て嬉しそうな沖田。
歪んでいます。



使う句はもうひとつ悩んだのがあって、
願うこと あるやもしれず 蚊取り虫
ってのなんですけど。
これも土方らしいなぁと。
土方の句は何の技巧も使っていない無骨で野暮ったくて粗野なものが多いけど、それはそれで味があって好きです。



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