せめてあと3cm 真珠


「先輩、先輩は背の高い女子はどう思いますか?」
「なんだよ。薮から棒に」
「何でも良いですから答えて下さいよ」

どうかって聞かれてもなぁ……。俺としては低い方が嬉しいけどよ、美人だったら何でも良いわ。なんせ美人は世界共通の宝だからな、目の保養だと真弘は答えた。

「……そうですか」
「ん?お前どうかしたのかよ?」
「別に何でもないですけど」

珠紀は内心美人でなくてすみませんね、と毒づきながらやや含みのあるような答え方をした。

鬼斬丸の事件から数ヶ月。
日々がせわしなく過ぎるのは変わらないが、それは封印のことを考えなければならなかった頃とは違う。
学校のことを考えて、守護者達と賑やかにしているただそれだけのことだったが、とても幸せだ。こんなに幸せで大丈夫なのかと少し不安に思うくらい。

そんな平和と幸せを実感するお昼休み、いつもならばここに拓磨に祐一と慎二もいるはずだったが今日はいない。
屋上への扉を開けて見ればそこにいたのは今日も今日とて美味しそうに焼きそばパンを頬張る真弘ただひとりだった。

「お、珠紀か。他の奴らはいないのか?」
「みたいですね。拓磨は先生に呼び出されてて、慎二君は上級生に囲まれるのを見ました。祐一先輩は?」
「祐一は知らねぇな。教室出るときはいたんだけどよ、そのあとは知らねぇ。まぁ……慎二は俺らの学年の女子に人気だからなぁ」

珠紀はまぁそういうときもありますよね、と言うと美鶴に作ってもらった彩り豊かなお弁当に箸を伸ばした。

「そういえば先輩は今日もまた焼きそばパンですか。よく毎日そう飽きもせずに焼きそばパンばっかり食べれますね」
「お前焼きそばパンは至高にして最高の食べ物だぞ。西洋のパンと日本の伝統文化でもある焼きそばを組み合わせる。この発明をした人を総理大臣にするべきだと俺は思う、うん」
「はぁ……」

そんなのばっかり食べて牛乳とかを摂らないから身長も伸びないんですよと出かかった言葉を珠紀は慌てて飲み込む。ちなみに自慢ではないが、珠紀の身長は女子の中ではわりと高めの部類に入る。
そんな一連のお決まりの会話をしてから真弘は珠紀に聞いた。

「そういえば先輩っていくつなんですか?」
「18だ。夏に誕生日を迎えてるからな」
「いや、あのそういうことじゃなくて……」

珠紀にとって自分が真弘に聞きたいことを直球で聞くのはあまりに聞きずらい。どう聞いたものか言いにくくてもごもごとしていると、後ろの方から声がした。

「157だ」

音源には祐一。手には珠紀の影からいつ出たのか分からないがおさき狐が気持ち良さそうに纏わり付いている。いつ来たのかを聞くか、157とは一体何のことかを聞くか悩んだが結局聞いたのは後者だった。

「157……ですか?」
「あぁ。多分、四月から変わっていない筈だから」
「?」

珠紀はなんのことだかさっぱりと言う表情だったが、真弘には思いあたるものがあるらしい。真弘は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「祐一お前!」
「誤差は無いはずだが」
「俺が言ってんのはそういう意味じゃねぇっ!」
「ではどういうことだ」
「だから!……もういい」

始めはかっとなったが、流石の真弘も諦めたらしく、ため息を一つついた。
ここでようやく珠紀にも合点がいったようで。

「もしかして157って」
「あぁそうだ。真弘の身長のことだ」
「それって私より……」

あぁと納得する者一人、変えがたい事実なだけに悔しそうにする者一人、我関せずと弁当を食べる者一人。
始めは悔しそうにしていた真弘だったが、やがてはいつも通りになる。身長からは想像出来ない勝ち気な瞳をたたえていた。そして真弘は言う。

「確かに俺の身長は小さいかも知れねぇ。だが人の器ってのは身長で計れるものじゃねぇ。だから俺は身長にこだわる人間にはならない」

真弘はきっぱりと言い切るが、どことなく背中に淋しげな影を背負っているのはご愛嬌だ。

「先輩、言ってることはかっこいいですからね」
「は、とはなんだよ!は、って!」

あぁごめんなさーいと珠紀は楽しそうに笑う。つい数ヶ月前まではこんなふうに過ごすことさえできなかったのだ。些細なことがあまりにも幸せすぎる。それはもう涙がでそうになるくらいには。
そんな日常を守れて良かったと思うし、これからも守っていかなければならない。けれど今は、この日だまりのような日常を享受するのも良いかなぁと珠紀は思う。

「おい、祐一も笑ってんじゃねー!!」

真弘の声が青空の下に響いた。今日も、村はゆったりとした時間の中で動いている。



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