ハジメテを君にあげたい 梓月



一番最初ってなんだか特別な感じがするよね、と私は何時だったか言った覚えがある。どうしてそんなことを言ったのかはあまり覚えていない。多分日常の会話の延長で言ったのだろう。けれど、そのときは特に深い意味も無く、新雪を踏むみたいで良いよね、といった意味であったと思う。
決してそんな、深い意味では、無かった筈、なのだけれど。

「髪を切ると、新しい自分になったような気がするんです。
ほら、失恋して髪を切るのも今までの自分を吹っ切ろうとする意味合いが強いじゃないですか。他にもイメチェンで髪を切る人も多いですし。
前髪をほんのちょっと……数ミリ切るだけで世界は違ってみえるんです」

そう力説する梓君の手には、私の見間違いがなければ確かにそこにあるのは鋏、だった。
梓君はシャキンと何かを切るかのように刃を合わせる。シャキンシャキンと音をたてるそれの切れ味はとんでもなく良さそう。触れれば切れるような、と言った表現がぴったり。

「うん、そうだね。私もそう思うけど……でもなんで梓君は鋏を持ってるの……?」
「決まってるじゃないですか。先輩に切ってもらいたいからですよ」

そういって笑う梓君の顔は、何と言うか……輝いていた。
梓君は女である私が言うのもなんだけれど可愛い。それは外見的なこともだし、内面的なこともそう。最も、外見的には可愛いよりもかっこいいの方が強い。
本人にそんなことを言ったら先輩の方が可愛いんですって言って拗ねてしまうから絶対に言わないけれど。

「梓君それ本気で言ってるの?自分で言うのもあれだけど、私下手だし……他の人に頼んだ方がいいんじゃないかなぁ?
梓君なら行きつけのお店とか美容師さんとかがいるんでしょう?」
「それじゃ意味がないんですよ。それに上手いとか下手の問題でもないんです。先輩だから、頼んでるんです」
「でも失敗するかもしれないし……」

梓君は凄くかっこいいし、その上今の髪型が似合っている。それなのに私が鋏をいれたら絶対におかしな髪型になってしまう。本当に無理だって!できないって!と強く拒否すると梓君は仕方ないなぁという顔をして話し出した。

「……僕はさっき先輩に髪を切ったら世界が変わって見えるっていいましたよね。
それってつまりどういうことかって言うと、新しい自分になるんです。生まれ変わるってことです。今まで持っていたものを全部手放してリセットして、全てのものが僕にとって「ハジメテ」になる瞬間なんです」

だからどんなに上手く切ってくれても意味がなくって、先輩じゃないと意味がないんです。生まれ変わった後一番に先輩が見たいから。「ハジメテ」は先輩じゃないと嫌だから。
梓君はほんのちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしながら目を伏せた。どうしようもなく可愛いなぁと思う。
普段は弓道部の天才ルーキーで、期待以上のことをやってのける後輩。けれど、こうした瞬間にふと見える可愛らしい部分が凄く魅力的にうつる。

「分かった。切ってみるけど……失敗しても知らないからね」
「はい」

待ってましたとばかりにこちらに座り込み、鋏を渡される。かなり本格的な鋏だ。

「じゃあ切るからね」

梓君は眠るように瞼を閉じる。
私は恐る恐る梓君の髪に鋏を入れた。梓君の髪は思っていたよりもずっと細くて綺麗。真っ黒なのに太陽の光でちょっと光る癖のないストレートは、私が持っていない物だ。
凄く暖かくて柔らかい空気。ぽかぽかしててお日様の下で居眠りをしてしまうような、そんな雰囲気。
鋏はシャキンシャキンと軽やかな音をたてる。だんだん気分も乗ってきて、鋏を動かす手も軽快になる。ここにきて、油断をしていたんだと思う。

「あっ」
「?どうしたんですか先輩?」

不意にあげた声に、梓君は怪訝そうにこちらを見つめる。
どうしよう。本当にどうしよう。私はとんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか。

「どうしよう梓君の髪なのに……」

まさか切りすぎてしまうなんて。他の場所ならまだなんとかなりそうなものなのにしかもよりによって前髪だなんて!
どう考えても修復できない場所だ。もし私がこの長さの前髪だったら登校拒否になっても不思議ではないような、そんな長さに切ってしまった。

「確かに……ちょっとって言うより大分切り過ぎですね。これだと一番短いところに長さ揃えなくちゃいけないですし」
「ごめんなさい……」

梓君は短く切ってしまった髪を一つまみして鏡を覗き込む。

「私どうすればいい?私もいっそ梓君と長さにした方が良い?」

もう切ってしまった髪を元に戻すことはできないからやっぱりそうするのがけじめかなぁと思って鋏を握ったときだった。

「先輩。先輩が僕と同じ髪型っていうのも良いですけど……今の先輩の髪型が好きだから、そんなことをするのは止めて下さい。
それに髪のことなら大丈夫ですよ。放っておけば伸びるんですから。ね?」
「でもそれじゃあ私が一方的に」
「どうしても、どうしてもけじめをつけたいなら僕にも先輩の髪、切らせて下さい。僕の「ハジメテ」をあげたんですから、先輩の「ハジメテ」も下さい。それでおあいこですよ」

そう言って梓君はにっこり笑い、鋏を握った。切れ味を確かめるようにシャキンシャキンと確かめるように刃を滑らせる。

「じゃあ、切りますね」
「うん」

次に見る世界は新しいものだ。誰を一番最初に見るんだろう。誰が私の名前を一番最初に読んでくれるんだろう。
私は次に見る光を楽しみにしながらそっと瞼を閉じた。














++++++++++++++++++
梓はもうセンスの塊みたいな子なのにどうして前髪だけパッツンなんだろう。そうだ、つっこが切ったからに違いない。つっこが切ったからあんな風になっても直さないんだな。
梓はもの凄く器用で、前髪くらいなら自分でできちゃいそうなイメージで、逆につっこは(料理の件といい)不器用なイメージ。梓にちょこっと切られた次の日に他の人は気がつかないのに幼なじみ組だけが切ったことに気がつけば良いという妄想。

乙女ゲ取り扱ってないのに捧げという名の押し付け(笑)



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