何があっても誰にも渡さない 斎千



そわそわとしていた。
と言うより落ち着かなかった。少し変で、なにかむずむずするとでも言うのか、違和感のようなものがあるとでも言うのか。
とにかく何が変なのか分からなかったけれど、確かに何かが変だったのだ。魚の小骨をうっかりと飲み込んでしまったり、消化不良をおこしたかのようにもやもやしているような感覚。
いつも通りでないような、何かが起こるかも知れないと言うそんな仄かな予感。
ただ、予感なだけに絶対と言い切れるものではない。

ふと、一さんを見てみると浮かない顔をしていた。ほんの少し眉を寄せていたのだ。


「一さんも何か変なんですか?」
「別に何も無いが……も、ということは千鶴もなのか」
「なんだか……落ち着かないんです。そわそわするって言うんでしょうか」
「あぁ。俺もだ」


彼と感覚を共有していたことに喜びを感じながらも、そわそわの原因は分からず相変わらずだ。
そわそわの原因が分かったのは、それからすぐのことだった。








「おい、本当に合ってるのか?」
「そのはず……だろ。さっき人に聞いたじゃねえか」
「にしてもあまりに静かすぎやしねぇか」
「そうなんだよな……」


どこかで聞いた、懐かしくて泣きそうになる声。あぁ、この声。
頭で考える前に気がついたら身体が動き出していた。そう、声の発信源に向かって。
がらりと戸を開ける。太陽の明かりを遮って目の前にいたのは、もう一度会えたらと思っていた人達だった。


「原田さん!永倉さんも!」
「千鶴か。久しぶりだな」
「よ、千鶴ちゃん」


もう何年も前に別れてから一度も見ていない目の前の彼ら。太陽のようなからっとした笑いに、全てを暖かく見守るような月のような笑み。
何も変わっていなかった。時間が、時代がいくら経とうとも変わらないものがある。
どこか懐かしくて、嬉しくて、安心して――あっという間に視界はぼやけた。
人前で泣くなんてみっともないと思っても涙は止まってはくれない。それが悔しさや悲しみから来るものではないから尚更だ。


「おいおい、そんなに俺らに会えたのが嬉しいのか?」
「だって……もう一生会えないと思ってたんですよ?」


苦笑しつつも温かな笑みを浮かべ、原田さんは私の涙を拭おうと手を顔に伸ばす。しかし、その指先が私の目元に触れるか触れないかのところで止まる。
耳の片隅でがらりと戸が開く音がしたのを捕らえた。


「誰かと思えば左之に新八じゃないか……久方ぶりだな。
とりあえずここじゃなんだから家の中に入ってくれ」


そう、一さんがそこには立っていたのだ。








それからは忙しかった。せっかく皆さんがいらしたのですから、と腕によりをかけて夕餉を作ることにした。普段は二人分だが、今日はその倍の四人分だ。大変でもあるが、少し嬉しくなる。


「それにしても千鶴ちゃんは変わったなぁ」


夕餉を出してからともなく始まった酒盛りに酌をする。
もう大分お酒が入ったようで、みなほんのりと頬に赤みがさしている。一さんも心なしか顔が赤い気がする。


「でも原田さんも永倉さんも全然変わりませんよ?私そんなに変わりましたか……?」
「そうだな。まぁ俺らは相変わらず、だ。千鶴に関しては変わったって言うよりは成長したってのが正しいかもしれないな」
「それだ。俺が言いたかったのはそれだよ、左之。
いやーにしても千鶴ちゃんはしばらく見ないうちにえらくべっぴんになったなぁ」
「だな。たまには新八も的を得たような事を言うじゃねぇか。綺麗な大人の女になった」
「おい、たまにはってどういうことだよ!」
「いや、間違いじゃないだろ?」


うっ、まぁそうだけどよ……と言葉尻がどんどん小さくなる永倉さんにみんなは笑い出して、つられて私も笑ってしまう。こんな感じのやり取りを京都の屯所にいたころもしていた気がする。
さらりと綺麗と言える原田さんはやっぱり原田さんで、一度袂を分かったと言えど、あの頃から何も変わらない。本当に懐かしい。

ちらりと横目で隣を見れば、一さんも久しぶりに昔の仲間に会うことが出来て楽しそうだった。その証拠に杯を開ける速度が早い。
と言っても言葉数が少ないのは変わらないのだけれど。


「そうだ、ここに来る途中で蝦夷に寄ったんだ」


土方さんと平助のこと、知ってるよな?と永倉さんが眉をひそめて言った。
一瞬みんなの杯を持つ手が止まる。


「あぁ」
「知ってるならいいんだ。伝えておこうと思ったからな。それだけだ」


目を伏せたまま一さんは答えた。そこから感情は――ほとんど読み取れない。しばらくお酒を啜る音だけがその場を支配する。きっとみんな思うところがあるのだろう。
こんな話をして悪かったな。それにしても、と暗くなった雰囲気を変えるように原田さんは話し出した。


「まさか斎藤だったとはな」
「……何の話ですか?」
「千鶴が選んだ相手だよ」
「もし旦那がどこの馬の骨とも知れない男だったらぶん殴りにいくところだったぜ」
「ま、斎藤ならその点心配は無いけどな」
「それでよ。斎藤とは上手くいってるのか?」
「え、あの……上手くって……」


にやにやしながら原田さんと永倉さんがこっちを見てくる。
こう面と向かって聞かれるとどうにも恥ずかしい。
一さんに助けを求めるように見てみたけれど、何も言ってくれない。


「なんだ、実は上手くいってないのかぁ?」


やっぱりにやりとしたまま永倉さんが言う。何だかみんなが少し変だ。凄くやりにくい。
そこでふと気がつく。そうだ、この人達は少なからず酔っているんだ。完全に悪酔いしている。
みんなの視線を一身に集めているのを感じる。羞恥に耐えながらも、えと、そんなこと無いですと言うものの、もごもごとしてしまうためなかなかきちんと聞き取れないらしい。


「そうか、上手くいってねぇのか。
なんなら俺のところに来るか?千鶴なら大歓迎だ」
「あの……」


はやとちりをして続ける。悪気は無い原田さんにどう答えたものかと考えていると、今まで何も喋らなかったのが嘘のように突然一さんが言った。


「千鶴は、何があっても誰にも渡さない。たとえそれが左之、あんたであってもだ」


原田さんと永倉さんはぽかんとしている。多分私もそんな顔をしていることだろう。
まさかこんなところでこんな言葉を聞くなんて。嬉しくもあるけれどやっぱり恥ずかしい。


「あーあー、お前らが上手くいってるのは分かったから!」
「俺も腹一杯だ」
「お前らのせいですっかり酒が覚めちまった。もう充分だ」

呆れながら原田さんと永倉さんが息をついたのが見えた。
けれどどこか原田さんの顔から良かったな。幸せになれよと言っているのがわかった――ような気がした。












end


天満星様に提出させていただきました。
斎千になっているか若干不安ですが……。お粗末様でした。



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