あなたにほほえむ




三月初め。新芽が表れ始めた頃。
一人の20代前半の男がいた。


深夜だと言うのにも関わらず、男は部屋の掃除をしている。目の前には三つの段ボール。
それぞれに「いるもの」「おいてくもの」「すてるの」と殴り書きで書いてある紙が貼られている。

割合的には今の所、いるもの3、置いていく物3、捨てるものが4といった所だろうか。
彼はとある理由により、この家を暫く離れるのだ。
部屋の掃除もその為だった。




ふと目に入る一通の花柄の封筒。

順調に掃除を進める手が止まる。
それもそのはず、この封筒と言うより封筒の中身の手紙は並々ならぬ思い入れがあるのだから。

彼は部屋の天井を見る。
違う、空虚を見つめた。
いや、其れすらも違うだろう。
目には見えない。五感でも察知出来ない。
でも男の中には確かに存在するものを見ていた。





懐かしい物を見つけた。
懐かしいよりも恥ずかしいの方が正しいだろうか。

同時柄にもなく買って書いてしまった花柄の封筒とその中身。切手も貼った。
宛名も先輩と幾分か乱雑な字で一応書いてある。
しかし差出人の所と消印の所が空白のままだった。



自分で封印したはずの物。自分の中では一応完結した出来事の
最中のもの。
もう5年も前の事。いい加減時効だろう。
そう思い、僕はしっかりとしている封を切るのだった。






「御卒業おめでとうございます。
いつか来てしまう事は分かっていましたが、いざこうしてその日になってしまうと寂しいという気持ちよりも、何をしたいのか分からない。

そんな、どうしようもなくもどかしいという気持ちになるのですね。


先輩は自分と、中庭にあるたった一本の桜が散る中で出会いました。
その時、僕は一つ嘘をつきました。
中庭に一人でぽつんといたのを、気まぐれでここにいると言いましたがそれは違います。


自分は入学早々持ち前の人見知り精神を発揮し、クラスに溶け込めずにいました。
休み時間は皆が楽しそうに会話をしているのが僕にとってはどうしようもない苦痛で、中庭に逃げていたのです。
だって一人でいるほうが楽だから。


先輩は僕に声をかけた後、何故こんな所にいるのかと理由を聞きませんでした。普通ならば聞くのに。

僕は始めに自分からここにいる理由を言っておけば聞かれることもないだろうと思い、聞かれもしない理由を話し始めました。

先輩はそう、と言い僕はほっとしました。
あぁ、信じてくれたんだな、
と。
けれど今思えば先輩も嘘をついたんだなと分かります。

ただ、クラスに溶け込めなかったのねと正直に答えて僕を傷つけないように、優しい嘘をついていたのですね。


人見知りなのに、突けば崩れてしまう脆いプライドがいっちょ前にあったあのころ。

所謂虚勢。
そんなものを張っていても無駄だと気が付いたのは先輩と一緒に活動をしてからです。


人と関わらずに過ごしていたあの期間。
毎日が同じ事の繰り返しでつまらないものだったのだと楽しさを知った今だから言うことができます。


随分と昔の事になるのに今に至るまで、きまぐれな所は変わりません。
委員会にも、部活にも入る気がなかった僕にとって委員会入っている先輩は自分とは全然別の次元に住む人でした。

先輩がただ目があったからという気まぐれを起こして僕に委員会に入れと言うまでは。



こいつ何を言ってるんだ。

声を掛ける相手を間違えてはないだろうか。

というか何か面倒臭そうなのが来たな。


これが一番最初に思った事だと思います。
あの時はそんなことを思いましたが、今から考えると気まぐれな先輩に感謝したいです。

もしも先輩がいなければ、自分の高校生活は無味乾燥、味気無く、色が
なにもない。
そんなはずだったからです。

先輩のおかげで半強制とはいえ、沢山の人と関わって来ました。



僕にとって先輩は自分にやたらと絡んで来る人、迷惑な人でした。

ですがそんな先輩はいつからか僕の中で変わり始めました。
はしゃいでいる声を聞いていると胸が痛くなって。
ずっと先輩のことを考えるようになって。
最後にはとうとう顔が見られなくなってしまいました。

顔を背けてしまう僕を嫌いになってしまったと思ったようですが、違います。



先輩は長きを共に過ごしていていつからか自分にとって先輩後輩の関係を越えた大切な人となっていました。

勿論、先輩は自分をただの後輩としか思ってないことは分かっています。
それでも、自分にとって先輩は言葉に出来無いような大切な人でした。


僕はその想いを結局伝えることはありませんでした。
先輩にとって僕は後輩であり、それ以上のことは無いから。
いつも先輩の背中を追いかけ続けるだけの立場。
後輩だから先輩に構って貰えていた。けれどいつまでたっても僕は先輩の後輩であり続けてそれ以上にはなれない。



伝えておけば良かった。

そう思ったことは何度もあります。
それでも僕が想いを伝えたことにより、僕と先輩の関係性が変わってしまうのなら。
先輩と一緒に活動が出来無くなってしまうのなら。
先輩が僕に再び笑いかけてはくれなくなるのなら。

変わる事が怖くて何も言うことが出来ずにいました。
けれど今ならば言うことが出来ると思うのです。



もう少し傍に居させて下さい。

そんな、ささやかな思い。
それさえも伝えることが出来なかったあの時。

今だったらこんなにも簡単に言うことも伝える事が出来るのに、あの時は出来ませんでした。

もしもいつか僕が他の誰かを好きになったとしても、先輩はずっと僕の特別で、大切であり続けるのでしょう。

短く纏めるつもりでしたが、随分と長くなってしまいました。
それでは。
ずっと前から好きでした。

もう会うことも無いでしょうけれど、お元気で。」


込み上げて来る寂しさ、虚しさ、懐かしさ。


渡すつもりだったのに出すことはおろか、伝えることも出来なかったこの手紙。そして僕の思い。


懐かしいと思えるほどにこの出来事は僕の中で清算されたのだろうか。
しかし、今も未練が何も無いと言えば嘘になる。

考えてみれば今の彼女にもどことなく先輩に似ている少し強引な所や困っている人を見ていられないお人よしな所がある。


そういえば、ついこの前先輩から結婚したことを伝える葉書が来ていた気がする。
ドレス姿の先輩はとても綺麗で、本当によく似合っていた。
僕に接していた時のじゃじゃ馬っぷりは影を潜めている。

見た瞬間、相手の男性が羨ましい、妬ましいと思ってしまった。


先輩は僕にとって特別で、大切だからこそ幸せになって欲しい。

長い月日が過ぎた。
僕はもう、大人だ。
男子から男性へ。
先輩も女子から女性になった。


僕一人の幸せの為だけに幸せな先輩を巻き込むことは出来ない。
だから、僕は何もしない。

本来なら、結婚式に顔を出して挨拶するべきだったけれど、いかんせんそこまで人間が出来ている訳ではない。


今の僕は幸せだ。そこそこ可愛い彼女に、そろそろ出始める縁談の話。
何一つ不自由無いごくごく普通の恵まれた環境。


だた、僕は僕の気持ちに蓋をして思うのだ。
幸せになって下さいと。





そして僕は。



あなたにほほえむ


(僕は手紙を「いらないの」から「おいてくの」のところに移動させ、そっと置いた)















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文化祭の提出用で途中まで書いて没った奴を再構築。
なんだか甘めに。
イメージカラーは淡いピンク。花が全体のテーマ。

奥華子さんのガーネットをちょびっとイメージ。

もう少し傍に〜のくだりは自分なりのI love youです。
人によって違うって事で一つ。


因みにあなたにほほえむは桜の花言葉。
桜という花に、花言葉で花尽くし(笑)




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