料理人と物書きの




「なぁ」

「ん、どうした」



熟睡していた動物達は活動を開始し、草や花々が芽吹き萌えるそんな季節。
天気も非常によく、心地好い風が吹いているのにも関わらずその家は窓を締め切っていた。
書斎。と果たして呼べる場所なのだろうか。何せ本棚なんて物は無く、本は無尽蔵に積まれている。間違いなく地震があって倒れてきたら簡単に押し潰されるほど。

とにかくそこに自分とあいつはいた。
たった6、7畳の空間の殆どを本に与え、残された少ない空間であいつはひたすら筆を走らせて。

一方自分はといえば、本とあいつの空間以外で人一人が丁度ぎりぎり座れるくらいの所であいつを観察しつつ本を読んでいる。

因みに読んでいる本の題名は「調理における花の直接的使用方法」である。
近頃は花をそのまま料理に取り入れたりする人も増えているらしい。言われてみれば花弁は物により色が違う為、料理に彩りが増える。
この本を手にとった時は果して需要があるのかどうか疑問だったが、読んで見れば成るほど、意外と面白いのである。



自分とあいつはどんな関係なのかとよく言われるが説明に困る。
付かず離れず。常に微妙ではあるが一定の距離を幼い頃から保っている関係。一番分かりやすく言えば、幼なじみ。




「なぁ、今思ったんだけど小説家と料理人って似てね?」

読み終わった本――言わずもがな「調理における花の直接的使用方法」だ――を閉じ、ふと思ったことを問うと、あいつは何か書いていた手を止め、顔を上げる。


「だろうな。それは昔から自分も認識していたことだ。
似ていると言うならお前は具体的にどこがどう似てると思うんだ?」


ただなんとなく、深く考えずに言った言葉だ。
何か大それた意味があるわけじゃない。だから首を捻った。


「そういわれると難しいな。何となく雰囲気で似てると思っただけだからなぁ」

「あくまでも俺の考えに過ぎないが共通点はなにをどう作ろうか考えているところだろうと思う」

昔から変わらない、こいつの癖。とにかく具体性が全くと言って良いほどなく、とにかく抽象的な所。


「…よく分からん。どういうことだ?」

「それこそ言葉にするのは難しいな。俺も感覚でしか分かってないから。
だがあえて言葉で説明しようとすると例えばだ。料理人はある料理を作ろうと思ったら数ある食材の中からその料理に適切な物を選ぶ。
通常の調理法を基盤にしつつも、自分の独自性、独創性を加える。塩適量と書いてあっても、適量とは人それぞれだろう?
そうして出来た物がその人にしか作れない料理だ。
小説家も同じだろう。伝えたい事を数ある言葉の中から選んでそれを組み合わせて文章にする」


何となく、だがこいつの言いたいことが分かったような気もする。
と思う。


「あまり理解出来てなさそうな顔だな。
…じゃあ…、ここに一冊の本がある。お前はこれを見てどう思う?」


と、立ち上がり一冊の本を持って来る。煤けた茶色の文庫本。角はひしゃげている。
紙の傷み具合から見ても刊行されたのも相当昔のようだ。


「古い、かな」

「そうだろうな。確かにこの本は古い物だ。俺もそれは感じたが、こうも感じた。非常によく読み込まれているな、と」

「…」


そうだ。角の汚れ具合。何かを零してしまって汚れたのではなく、何度も何度も読んだから付いてしまった手垢の様な汚れ。古くもあるが読み込まれている。


「お前と俺、同じ一冊の本を見ても感想が違うだろう。これが調理法で言う適量なんじゃ無いか?
その人の感覚の問題だが」

「あー成る程。てーことは、この考えでいくと適量は同じく個性になるんじゃないか?」

「適量=個性か。俺は個性は適量より香辛料と考えているよ」
香辛料。植物の果実、花、葉、根等を乾燥して得られる調味料。
自分には物書きの方の適量と香辛料の違いがよく分からない。


「俺の中ではさ、適量って言うのは調理法に書いてある以上、どんな量でも良いから必ずなくちゃならない物なんだよ。
だけど、香辛料は違う。香辛料って調理法に書いてないんだよ。
そもそも出来た料理に香辛料を入れるのか。入れるとしたら何をどの位の料理を入れるのか。
その量によってその人の持ち「味」が変わると俺は思う。シリアス、ギャグ、恋愛、ミステリー、ファンタジー、SFとかな。
まぁ味が一番分かりやすいのが恋愛じゃないか?
恋愛を書いても悲恋になったり片思いの物だったり。両思いの物だったりはたまた狂愛なんてのもある」

「何だそれ。香辛料と味をかけて上手いこと言ったつもりかよ。
お前の説明なら香辛料は個性だ。じゃあ適量は何になるんだよ?」

「そうだな…。俺的には文体、かな」


そう言うとあいつはまた立ち上がり、今度は一冊ではなく数冊本を取り出した。が、一度動きを止め、すぐに全て元あった場所に戻してしまう。
何なんだよ一体。


「文体ってさ、色々あるだろ。
だ、である調。です、ます調。後は句読点の量。やたら句読点が多くて文がぶつぶつ切れるのと、とにかく一文が長いのと」

「うん。お前の書いてる奴はどうなんだよ」

「俺?」


よくぞ聞いてくれた。そんな顔をしてあいつは僕を見てにやりと笑う。
なんだか腹立つ顔だ。


「物書きをなめるなよ。何だって書けるさ」

「…本当かよ。大体皆小説家ってそういう物なのか?」

「まぁ…そうだろうな。書くものによって変わる。
戦闘とか、切羽詰まってる場面だったら自然と一文が短くなる。逆に安心していたり、ゆったりと話が流れているときは長くなる。
その辺の感覚はやっぱり専門家だ。香辛料を適量、入れる。お手本になる調理法なんて見ずにな。」

「そんな物なのか…。
だけど料理を美味しくするはずの香辛料もかけすぎるとやばいだろ。
旨いはずの料理だって下手物とか珍奇な物に早変わり。
てか狂愛なんて書いてもその人以外に受けるのかよ。もっと広い範囲で言うと香辛料をかけすぎた奴か。自分は甚だ疑問だな」

「世の中には変わり者がいるだろ。そういうのを好んで食う奴もいるんだよ」

「そいつ、変わってる奴だな…」


下手物や珍奇な物ばかりを好んで食べる奴か。
自分には分からん。


「お前、その気持ちは分からないって顔してるけど、お前だって社会一般から見れば十分変わってる部類だぞ。
黙ってればそれなりに可愛い女の子なのにわざわざ男物ばっかりを好んで着て」

「まぁ…そうかもしれんが。いいだろこれだって立派な個性だ」

「お前の言い方だと下手物、珍奇好きだってそれも個性だ。違わないか?」

「おい、それ屁理屈だろ」

「良いよ。屁理屈も理屈のうち」


じゃあ何でもありになるだろ。
屁理屈も理屈のうちなら偽善も善のうちだ。


「取り合えず分かったのはさ、料理も小説も香辛料のかけすぎ注意ってことか」

「そうだな。かけすぎは万人にうけるわけでも無いからな」

「あぁ。違いない」









料理人と物書きの


(部屋には何か書かれている音。)

(ページをめくる音が響く。)

(そして窓は開かれ、一陣の風が吹いた。)




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