ごちゃごちゃな気持ち 斎千




それは、風の強い日だった。

「お、沖田さん!離して下さい……!!」

男だけのはずなのにどこからともなく聞こえて来るやや切羽詰まった娘のような甲高い声。
いや、「ような」ではなく娘そのものの声だった。

またか、と思いつつも声の発信源に行けば、洗濯物を干している千鶴にちょっかいをかけている総司がそこにはいた。
総司と仲良くしている千鶴を見るとほんの少し、不安になる。

「……総司……」

またお前か――と言ってもこの新選組屯所内において千鶴にこのような絡み方をするのは総司しかいない――と一睨みしてみても、千鶴を放す様子は全く無かった。それどころか、更にきつく千鶴を握りしめたようで。

「沖田さん苦しいです……!」

千鶴にじゃれついている総司は大きな猫が千鶴にちょっかいをかけているのによく似ている、と苦笑混じりに左之が呟いていたことがあったが、あれは猫なんて生易しいものではない。それはさながら虎や豹だとぼんやり思う。
猫ならば手なずけることも出来ようが、虎や豹は猫の種族と似ているものの手なずけられないだろう。いくら千鶴をもってしても。

「総司」

放してやれ。抱き着くな。
なんて言うと、総司は不満そうな顔
をすると思いきや、口角を少し持ち上げて何か企む顔をした。
どうしたんだろうか、一体。珍しいを通りすぎてもはや胡散臭い。



近頃、千鶴と戯れている総司をよく見掛けるようになった。
彼女は、頼れる人もほとんどおらず、しかも女の身だ。多くの諸事情故に一般の隊士に近づけさせる訳にもいかない。
だから幹部隊士が彼女に親身に接していれば、困ることは少なくなり、もし仮に困ったことがあっても幹部隊士が手助けすれば色々なことに対応出来るようになるだろう。
それに彼女には繕い物や食事のこと、医術の心得がある。隊士もこれらのことが出来ない訳ではないが、彼女が行ったものの方が遥かに出来が良い。
更にこれらは新選組の日常生活を構成するのに必要不可欠なことばかりである。自然とこれらのことは彼女の「仕事」になり、ついこの前副長からも正式にこの仕事を頼むと言われたばかりである。

つまるところ何が言いたいのかと言えば、彼女がこちらに心を開いて接してくれれば、こちらも彼女にそう接することが出来るし、困ったときにお互い頼み易くなるのだ。
だから、総司が千鶴と仲良くするのには何の問題も無いし、寧ろ良いことばかりである。

――なのに。
そわそわして落ち着かない。不安になる。胸の奥が痛い。痛い、と言っても微かに、である。それは薬を飲むほどではない、些細なものだ。
しかしその痛みは無くなることはなく、胸の奥にしこりとなって居座り続けている。
そんな症状が一月程前から続いていた。

現に、今も。
理由の分からない傷の痛み程怖いものは無い。原因が分からないから、対処のしようが無いのだ。


前に、胸の奥がほんの少し痛むのだが、そのような流行り病はあるだろうかと千鶴に尋ねたことがあった。
しかし、特に思い当たる病は無かったようで千鶴の眉は寄ったままだった。

それが、数日前のことで、今に至る訳だが。
どうも病は進行しているらしい。少しいたんだ胸は、今確実な痛みを伴った。

陽光に当たっている洗濯物が時折風によってはためく。気分の良い天気なのに、自分の気持ちは晴れない。それもこれも胸の痛みのせいだった。
千鶴に抱き着きながら総司は言う。

「斎藤君てさ、前々から思ってたけど正義の味方みたいだよね。まぁそれだと僕が悪者ってなっちゃうんだけど」
「……どういうことだ」

とうとう総司の頭が沸いたか。なんて思う。
自分としては、全くもって正義の味方たる
理由が思い当たらなかった。
正義も悪なく、ただ己の思うままに、己の心の羅針盤が指す方に進んでいるだけなのだから。

「なんかねー、僕が千鶴ちゃんと遊んでる時に狙いすましたように邪魔しに来るから」
「あんたは遊んでいるつもりかもしれないが、彼女は仕事をしている」
「本当に仕事を邪魔してるだけだから?」

総司の目にはいつものちゃらけた色はなく、隊務のときの真剣なそれだった。

「当たり前だろう」
「本当に?」
「くどい。何度も言わせるな。分かったのなら千鶴から手を離せ」

しぶしぶ、と言った表情で総司はがっちりと囲っていた手を千鶴から離した。安心したような千鶴。そして自分。
そう、自分も確かに安堵したのだ。
この気持ちに説明がつかなくて落ち着かない。理由を考えても明確に形にすることが出来ず、自分のなかでもやもやしたまま煙のように残った。

「斎藤君、浮かない顔してるね。まぁ、僕も巡察だからもう行くし、斎藤君に免じて千鶴ちゃんを離してあげるけどさ」

総司は何が面白いのか分からないが、くすりと一つ笑った。心の迷いを見透かしたように。それを嘲笑うかのように。
総司は更に続けた。

「それはそうと斎藤君は千鶴ちゃんのことをどう思ってるの?
新選組で預かってる綱道さんの娘?それとも恋愛感情を抱く相手?
僕には組長の斎藤一としてではなくてただの斎藤一と言う青年の接しかたに見えるよ。
彼女は綱道さんを探すためだけにここにいるんだよ。いいかい、綱道さんを探し終えたら彼女はここを出て行かなくちゃならない」

総司は不敵な笑みを浮かべている。それは自分の反応を面白がっているように見えた。

「それから、胸の痛みに石田散薬は効かないと思うよ」

言いたいことは言い終えたとばかりに視界の中から消える。
だがもう総司のことなど目にはいらない程どうでもよかった。

組長の斎藤一としてではなくただの斎藤一と言う青年の接しかたに見える。

総司が言ったこの言葉はじわりじわりと自分の中に入って来た。まるで砂に水が染み込むかのように、じわりじわりと。
それは、どういうことだろうか。なんて聞かずとも分かる。

保護するのに必要以上の感情を抱いている。しかもその感情は仲間に対して抱くものではない。異性に対する恋愛感情のそれだと、総司は暗にそう言ったのだ。

「あの、斎藤さん。ありがとうございました」

控え目に礼を言う千鶴の姿が、いつもならば別段気になることなど何もないのに、無性に気に障る。

「あぁ」
「あの、斎藤さん……」
「用が無いのならば俺はもう行く」

何かもの言いたげな千鶴を横目で見ながらも目を逸らし、それに気がつかないふりをしてその場を立ち去った。
自分の持っている感情に整理がつかなかった。どうすればいいのか、分からなかった。
色々な感情があったのに、総司にぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたようだ。

「くそ……」

いき場の無い気持ち。
それを吹き飛ばすかのように風が吹く。しかし吹き飛んだのはごちゃごちゃになっている気持ちではなく首巻きだった。

あとにはどうしようもなく苛ついている自分がそこに残った。








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第一声は、遅くなってすみませんでした!!!
大分時間がたってしまい……本当にすみません。

さくらさまのお家で斎藤さんの首巻きが風で吹き飛んでしまうという素敵絵で妄想をした結果がこれです。とても楽しかったですよ(^ω^)
これってコラボ……になるんでしょうか……(・・?)

そして相変わらずうちの総司は美味しいところを持っていく奴です。で、逆に割を食っているのは間違いなく副長ですね、はい。

全体的に尻切れ蜻蛉な感じが……。

さくらさまに捧げます。




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