アンダンテ サンプル



 世界は壊れてしまっていた。
一切合切の含みは無く、文字通りの意味である。

 少女、九楼撫子にとっての世界は、昔から随分と小さいものだった。生まれてから小学生に至るまでは母親と父親、それから家政婦さんが全てで、小学校の高学年になってからは課題メンバーという要素が世界に加わった。もっともそれも期間にすれば短いものであり、そこから大して拡張することもなく今に至る。

 窓から漏れる光に目蓋を刺激されて、撫子は微かに睫毛を震わせる。微睡んでいるこの瞬間が心地よいにも関わらず、少しだけ怖くなる。ずっとこの微睡みに囚われるのではないか、という不思議な感覚がする。みんなの分の朝ごはんを作らなければ、と目を開いた。
 起き抜け独特の雰囲気を纏ったままに部屋を出て、キッチンに向かう。てっきり部屋にいるだろうと思っていた白衣を纏った青年は既に覚醒しているようで、ぼんやりとしている撫子を見て苦笑した。
 随分と眠たそうですね、と言った青年をちらりと見やれば手元には機械を持ち、何やら打ち込んでいる。
「そんなに夜更しはしてないはずなんだけれど」
 軽く零した言葉に、顔を上げて考え込んでから言った。
「うーん。まあ誰にでもそういう時期はありますからね。ずっとそれが続くならちょっと問題ですけど」
「その時にはまたレインに相談するわ」
 部屋を出るときに眠気は十分振り払ったつもりであったが、まだ足りなかったようだ。しかし、青年と話をしていると、徐々に脳が活性するのが分かった。髪をひとつに括って、椅子の背もたれに掛けてあったエプロンを身に付けてキッチンに立てば、いよいよ目が覚めた。
 包丁片手に食材を刻みながら「何をしているの」と問いかければ、返ってきたのは「随分と前にやって、時間が無かったのでやめちゃった中途半端なプログラムを見つけまして。今なら時間があるんで、暇潰しだと思ってこの際にやっちゃおうかなーと」。
 青年は根っからの研究者であるらしかった。




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