ワールドエンドエンゲージ サンプル



 翌日、央と撫子は朝食もそこそこに探索に出かけた。村と、周辺の土地の調査のためだ。
 珍しいことにうっすらと青空が見える天気で、自然と心持ちも晴れやかになる。柔らかな風が吹き、撫子の頬をくすぐっていく。絶好の探索日和だと言えた。
「何か見つかった?」
 少し離れたところにいる央に聞こえるように、撫子は声を張り上げる。
「こっちの岡を越えたとこに建物があったよ」
 同じように張り上げられた声が聞こえてきて、撫子は央の元へ向かった。央のいる先に、その建物があるようだ。
「うん。それなりに大きそうな建物だから調査のしがいがありそうだよ。でもなんで村から離れたところに建てられてるんだろうね? 何か理由でもあるのかな」
 央の疑問は、建物を間近で見ることで解決した。
 一見只の大きな一軒家にも見えたが塔のような部分が併設されており、塔の先端には十字のモニュメントが設置されている。裏手に回るとステンドグラスと見られるものがところどころに残っていた。撫子は、この形状の建物を知っている。
「これって、もしかしなくても」
「多分教会、だよね」
 これなら大きな建物で、村から離れたところにあるのにも納得出来る。今は地肌が見えるただの岡だが、世界が壊れる前は草花が育てられ木々も自生して、教会を形作る立派なロケーションだったに違いない。ステンドグラスは神々の黄昏が起きた影響で落ち、建物自体にもひび割れが見受けられたりと、今となっては見る影もないけれど。
「やーごめんね、僕で」
 突然何を言い出したのかと、思わず聞き返さずにはいられなかった。『ほんとは円と来たかったんじゃない?』
「央はここが教会だって分かって言ってるのよね?」
「そりゃ、まあ」
 央には申し訳ないが、きっと自身と円は央が望むような関係にはならない。なれない。
それはここが壊れた世界だからだ。もしこの壊れた世界でなければ、この関係性の終着点は他にあったのかも知れないが。
『央ったら』と息を付けば、笑いながら『ごめんね』と返してくる。純粋に円と撫子のしあわせを願ってくれる。そこに何か意図がある訳ではないから、央は憎めないのだ。
撫子は周囲を探索するという央に断ってから、教会に足を踏み入れた。かつんと教会内を踏みしめる音が聞こえる中、先程の央の言葉が思い浮かぶ。
『円と来たかったんじゃないの?』
 その言葉を否定できなかったのは、気のせいではない。
 こんな先が見えない世界で何を期待しているのだ。明日とも知れぬ未来で、苦しんでいる人もいるのに、私が確かなしあわせを掴もうだなんて。撫子は不在の相手を思った。

 礼拝堂の重たい扉を開くと、目に飛び込んできたのは光を受ける像だった。石膏は触れるだけで窪み、中身も随分と痛んでいることが分かった。壊れかけの像は不自然に欠け、不気味なはずなのに美しい。
 床には影を落とし、埃と、外から吹き込んできた砂が礼拝堂内に降り積もっていた。指先で床をなぞると、そこだけ埃と砂が拭き取られて元の色が露出する。丁寧にコーティングがしてある上等な色。しばらく人の立ち入りはなかったようだ。
 ステンドグラスの越しにうっすらと見える青空は酷く穏やかで、様々な色を見せるそれは万華鏡を思わせる。七色の空は、通すステンドグラスで更に色を変える。落ちていたステンドグラスのガラスを踏み砕く音は、氷を噛み砕く音にも似る。どこか清らかに聞こえるような気がした。
「……教会ってじっくり見たことがあまりないけど、こんな風になってるのね」
 そう撫子が感じるのも無理はない。壊れた世界では教会の数自体が少ないのか、教会を目にしたのは数度で、それもじっくりと見るほど余裕があった訳ではない。元の世界にいたときだって小学生のときだったので、それほど感慨深く教会を見たことはなかった。けれど、今は違う。
 壊れかけのマリア像を前にした撫子は何かに導かれるように跪き、手を合わせた。
祈ることは、ただ一つ。この世界の未来。
 先の見えない世界が少しでも光あるものになりますように、と。撫子は形ないものに願う。
 それは全ての人を救いたいから、というところから来るものではない。もっともっと汚くて、どろどろしたもの。偏に罪の意識から逃れるためだ。この世界を直接的に壊した訳ではないけれど、自身が壊れる原因の一つにはなっているから。
「どうか、」
 この世界に未来がありますように。未来のために、この平穏が少しでも続きますように、と。
撫子は、祈る。



 どの位そうしていただろう。木が軋んだ音が礼拝堂に響く。撫子は近くに気配を感じて目を開いた。扉の付近には央が佇み、バレたかとばかりに肩を竦めた。
「……央」
 撫子の声が礼拝堂内を満たす。その柔らかなソプラノは、まるで像のものかのように央は錯覚する。それほどまでに、マリア像の元で祈りを捧げる撫子はひとではない、別の存在に見えたのだ。
「央?」
 微動だにしない央に、撫子は再び名前を呼ぶ。
私を見つめてどうしたのだろう。弾かれたように動く央に、撫子は言う。
「いたのなら声をかけてくれれば良かったのに。いつからいたの?」
「ちょっと前からかな。そうしてる撫子ちゃんがあんまりにも絵になってたから、ちょっと声をかけるのが躊躇われてね」
「もう、恥ずかしいこと言わないでよ」
 事実だから言ったまで、と央は口にしたけれど、恐らく自身がどれだけのことを口にしているのか分かっていないのだと撫子は思う。自身の性格も勿論あるだろうが、とてもではないけれど口にはできない。この場にはいない、似た者同士だと称される『彼』もそうだ。
「で、央がここに居るってことは周りの探索は終わったってことなのよね?」
「うん、一応は。でもそろそろ円と合流できる頃だと思ってさ。それで呼びに来たってわけ」
 スカートに付いた埃と砂を払い、立ち上がった。撫子と央は円に会うために、礼拝堂を後にする。とても綺麗で落ち着く場所だった。あの隠れ家に住むのなら、ここにはまた来られるに違いない。撫子自身、さほど方向感覚が悪い訳ではないが、この場所をきちんと覚えておこうと頭の中で地図を作った。
 央の言っていたのとはまた違った意味で、円と来ることができると良いな、と思いながら。

円と の合流地点は、元の隠れ家から新しい隠れ家までにあった岡だという。そう時間もかからないが、自然と歩調が早まる。円と合流しないことには、遠くの調査も出来ないからだ。そこに他意はない。……恐らく。
「あの教会の周りには何かあった?」
「すこし歩いたところに隠れ家になりそうなところがもう一ヶ所あったかな。もう一つ村みたいなところがあったんだよ」
 こうして移動した隠れ家だが、いつかはまた捨てて、別の場所に移動するときが来る。そう考えると新たな隠れ家候補が見つかったことは大きな収穫だ。
「まだきちんと調べた訳じゃないから絶対に、とは言えないけどね」
 教会の存在に次の隠れ家候補と、円に伝えることがまた増えた。有益な土産話がいくらかできて、内心晴れやかな心持ちのまま、岡へと歩き続ける。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -