君のやさしさ サンプル
カーテンの隙間から漏れる光がやけに眩しかった。光はやんわりと網膜を刺激する。妙に目覚めが良いような予感がしたから、撫子は瞼を開いた。 今は何時なのだろう、と時計を確認するが、同時にゆるりと身体を拘束する感覚がした。鷹斗の手が、無意識に撫子の身体を引き寄せる。 綺麗な金糸は、太陽の光を吸った色のようだ、と思う。男の人の髪だから堅そうに見えるけれど、触れれば分かる。案外柔らかで、癖のある猫っ毛なのだ。 「鷹斗」 呼びかければ、鷹斗は睫毛を微かに揺らした。しかし、まだ意識が完全に覚醒した訳ではないないらしく、すぐに瞼を閉じてしまった。 「鷹斗、私このままじゃ起きられないわ」 鷹斗はややあってから、『んー』と、返事ともそうともとれないような声を上げた。まだ身体と意識の接続がきちんとされていないのだろう。 「朝ご飯、食べないの?」 「……たべる」 「それなら放して。放してくれないとそれも出来ないわ」 「でも今はこうしてたい……」 鷹斗がまた意識を沈ませてしまう気配がしたので、撫子は慌てて声を掛ける。 「それはそうだけど……せっかくのお休みなのに、起きないともったいないと思わない?」 「うん、それもそうなんだけどね……」 未だ鷹斗は目を開かない。鷹斗はいつもこれだ、と撫子は思う。けれど、そこに含まれるのはしょうがないなぁという全てを許してしまうもの。鷹斗だから、撫子は許してしまう。 休日の朝。このやりとりも、いつからか鷹斗と同じベッドで眠るようになってからは、恒例のイベントと言っても過言ではなかった。 「まだ眠いんだ」 案外寝起きが悪いらしい鷹斗は、『あと五分』とまでは言わないものの、最後の最後まで抵抗する。こんな姿、とてもではないが、鷹斗の教え子には勿論のこと、他者には見せられない。 始めて知ったとき、撫子自身が一番驚いた。あの優しげで儚そうな笑みを浮かべる鷹斗がまさかこんなにも朝に弱いとは思いもしないだろう。 親御さんにもこうだったの?と撫子は一度鷹斗に聞いてみたことがある。返ってきたのは『ここまで自分の欲望に忠実になった姿を見せるのは撫子だけだよ』という言葉で、喜んでいいのか、呆れればいいのかは微妙な所だ。 絶対私以外の人には見せられない、と思いつつも、こんな姿を見せるということは、偏に撫子に心を許しているからでもあり、ほんの少し嬉しくなってしまう自身もいた。特に鷹斗は弱さと呼べる弱さが、普通の人とは少し違うからなおさらだ。 「そんなに起きないなら……くすぐっちゃうわよ!」 言葉と共に、撫子は鷹斗の身体をまさぐり始める。弱点は、鷹斗よりも知っている、と思うのは、これがもう数回目だからだ。 鷹斗の身体に無遠慮に触れるのは一見あえやかな雰囲気を感じさせるが、実際そこには艶やかな雰囲気の欠片も存在しない。言うなれば、動物がじゃれ合っているようなもの。 「ちょ、ちょっと撫子……! や、やめっ!」 ベッドルームに、鷹斗の笑い声だけが響く。時折、抵抗するときに生じるごそごそとした音。 「鷹斗が起きるまで、私はやめないわよ」 一分もすれば、鷹斗は降参したように、『もう起きるから!』根を上げた。鷹斗は撫子の攻撃の手から逃れ、新鮮な空気をたっぷりと吸い込んだ。
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