さよならの置き場所【はるりん】


 逃げ出した先が良いものだと信じるには少し冷たすぎた。楽園は昔から暖かなものだと信じきっていたし、今でもそう思っている。世界にはたった二人しかいなくて、誘惑する果実も、邪魔をする存在もなく。いつだって触れれば暖かなはずなのだ。
 翌日からは現実に戻るのだと知りながら、部屋の扉を締める。同室の似鳥は、どこかへ行っているようで、『夜には戻る』と言う書置きを残した。心苦しい、と不思議と思わないのは、自分の行動を間違っていると思っていないからだ。
 
 寮から海までは電車を乗り継いで数十分かかるところを毎回毎回飽きもせずに選ぶのは、こうして行くまでにかかる時間を愛おしいと思うからなのだろうか。そう何度も会えないから、会ったときが輝くのだと、だから会うまでの時間も距離も慈しめるのだとテレビで言っている女性がいた。俺にとって時間は愚か、距離でさえ慈しめない。どちらも、意思を妨げるという意味においては変わらない。
 世間の高校生が異性への特別な感情を持て余す中、俺が落ちたのは我侭にも似た、結末が決まっている愚かしい執着だった。俺とハルとの終着点はきっと真っ白だ。白、と言われて思い出すのは雪だったけれど、残念ながら雪程に美しくも、時間をかければなかったことにできるものでもない。ただ一つ、似ている点があるとするのならば、それは音を吸収して外界と隔絶させる気分にさせることだ。いっそのことそうであったならばどれだけ良かっただろうか。振り返ることも、思い返すことをしないこの関係は、生産性がなく不毛過ぎる。それを分かっていてやめないのだから、尚更だ。

 冬の海は、厳しい。ここに来る人物を選んでいるのかとさえ思うけれど、そんなことはないのだろう。運も自然も、俺らはただ享受する術しか持たない。抗うことも、なかったことにすることさえもできないのだ。電車がカーブに差し掛かったようで、全てが右側に傾いた。目的地までは数駅。
 目を瞑る。血潮の赤と、黒しか浮かんでこない。
 いつか冬は嫌いだ、と前にハルに言ったことを唐突に思い出した。何を意図して言ったのかを覚えていないけれど、過去の自分が言ったのだから、どうせしょうもないことなのだろう。今だったら、きっと寒いのが嫌いだ、と言うに違いない。ハルの手は冬でも暖かかい、多分。俺はそれに触れることをしないから、本当に暖かいのかは知る由もないけれど、俺とよりは暖かいだろうと思うのだ。
 ハルは俺の真意を掴む事は出来ないだろうし、それでも良いと思った。
 思えば、俺はハルとまともに言葉を交わしたことがそうはない。いつも昔は真琴がいて、あいつはハルの感情の機微に触れることが上手いから、自然、俺とハルは言葉を交わす必要がなくなってしまったのだ。
 言葉がなくたって分かることがあると思っていた。実際にそういう関係にある人もいるだろうし、俺とハルがそれであると思ったこともあった。何か一つ言葉にすれば、ハルが十分かってくれるのだと。けれど、零のものをどうやったって一にすることは出来ないのだ。
 多分、俺達は諦めてしまっていたのだ。この関係を続けることではなく、終わりを見ないことを。
 そうだ、確かに、諦めてしまえばどうすることもできない。
 揺れる電車が止まる。目的の駅だった。潮の香りが白に混じった。
「さようなら」
 言葉だけが空間に投げ出される。どうしたって、その言葉をハルの前では言えやしないのは、いつかの終わりを恐れているからだろうか。そうやって終わりを見据えながら、今日も俺はハルに遭いにゆく。行く先は、知らない。漂流地は分かるけれど。さよならの置き場所は見つからない。



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