赤い靴 ひめみこ



「みことちゃん、綺麗な靴を履いているんだね」
 いつもと違う靴を履いているようだ、と気がついた姫空木はなんの気なしに口にした。
「本当ですか? この前ショッピングをしていたら見つけて。普段あまり身に付けない色なので……そう言ってもらえて嬉しいです」
 姫空木のセンスの良さは、学園の者ならば知らぬ者はいないという程である。その事実を知っているからか、みことは破顔する。
 月光の水妹は皆、姫空木がこのようなことを口にすると、蚊の鳴くような音量で「ありがとうございます」と返す。月光の体質というべきか、雰囲気というべきか。それはそのクラスを率いる五光の気質によるものが大きいが、同じような反応をされるということならばどちらも同じようなことである。そのため、花の咲いたかのようなみことの反応は新鮮であった。
「みことちゃんは可愛いんだから、もっと明るい色を身に付けても似合うと思うよ?」
 コツは、一見して分かるところではなく、しっかりと見なければ分からないところを褒めることだ。そう、例えば先ほどの靴のように。
「でも、姫空木さんもきっと明るい色が似合うと思いますよ? いつも自分に似合う、って周りが思うものを着ているような気がします」
 いつもは悩ましげな表情を浮かべる少女の晴れた笑みを見たこと。「本当の自分」を見る少女に、姫空木が惹かれたのはごくごく当然のことだった。

 そんな会話をしたのはどれほど前だっただろうか。
 思い出は、鮮明であればあるほど時間を超越する。こんなにもみことのことを想っている今となっては、どれ程前のことであろうが、姫空木にとっては関係のないことだ。大切なのは、確かにみこととそのような会話をしたということだった。
 ひょんなことからみことは姫空木のテリトリーに入ってきた。それはあちらが手放したのと、こちらが引き寄せたのが丁度合致するタイミングで。姫空木は喜んで迎え入れた。欲しかったものが、一瞬でも、条件付きでも、僕のものになったのだと。
 蛟を差し置いて自分の方が彼女には相応しいのではないかと、姫空木は思う。しかし同時に彼女は蛟のものなのだから自分といるべきではないのだ、とも思う。
 隠さなければならない想いは加速した。彼女を選んではいけないのに、彼女でなければ駄目だなんて。
 矛盾もいいところだった。 
「心を改めても、僕は救われないんだよ。僕は罪を犯したのだから」
 纏う姫空木の空気の重さに、みことは沈黙を保ったままだった。みこととて、この想いに気がつかないはずがない。友愛で始まったものが、変化していることに。それでも、受け入れない。姫空木とは臨時でパートナーを組んでいるだけであり、その判断は正しい。
 それだから、困るのだ。ここでみことが蛟を諦めてくれるのならば、姫空木は全てをなげうってでもみことのことを選ぶのに。先が茨の生い茂る道でどんなに傷ついても、どんなにいけないことでも、その全てを背負って、墓場までダンスを踊る覚悟はあるのに、みことは姫空木を選ばない。
 困ったような顔をして、姫空木は言った。そこには諦めも見てとれる、見ている方が切なくなるような表情だった。
「改心しても、罪を見つめて罰を受けても駄目なのですか?」
 みことには姫空木が間違えたことをしたとは思えなかった。姫空木は自分よりも立派で、綺麗で、困ったときには助けてくれる優しい先輩で。みことの知る姫空木は、誰よりも白い。
 そんな姫空木が犯した罪が、みことには分からない。
「だって、君を選んでしまったことが、僕にとっては赦されないことなのだから」
 姫空木が赦される時はくるのだろうか。それは、みことを手放したときだというのは自明だった。
 どうかあわれな僕に、足を切り落とさないままこの靴を手に入れる方法を。



 みことが履いているのが赤い靴なのではなく、姫空木にとってみことの存在自体が「赤い靴」なのでした、という。ついったで見た五光で童話パロから、イメージは赤い靴。



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