君に触れたがる手 央撫
幸福は、何で計るものなんだろうか。まずお金の有無に関わるものじゃないだろうなーとは思う。あと多分時間も。 というかその人と過ごした時間の長さが幸福度に関係するのであれば幼馴染みには勝てっこない。もしそうなのであれば、僕は生まれるところからやり直さなきゃいけなくる。そりゃないよ神様。 幸いにもそういうことはなかったけれど、そうなるといったい何になるのだろうか。 「ねえ、撫子ちゃん」 「ん、どうしたの?」 「幸せってなんだと思う?」 「……央、あなたどうしたの?」 読みかけの専門書から顔を外して、撫子ちゃんは少し驚いたように固まって僕を見ているけれど、それも無理はないなぁと思う。こんな不明確で不明瞭なこと、普段の僕は絶対に言わないから。 「今僕凄い幸せだなーっ感じてたんだけど、どうしてなんだろうって思ったから」 ああ納得、とでも言うような顔。 「突然何を言い出すのかと思ったわ。あなた、昔から過程をすっ飛ばして結論だけ言うものだから訳が分からないって色んな人に誤解されるのよ」 幼い頃のことはあまり覚えていないけれど、うん。そうかも知れない。っていうか、彼女がそう言うんだからきっとそうなんだろう。それに色んな人に誤解されたとしても、僕は大切な人達――両親と円、それから撫子ちゃんにきちんと理解されればそれでいいのだ。 あっ、今なんか僕わりと良いこと言ったよね!? 「まあでも幸せ、ね。こればっかりは言葉にするのが難しいんじゃない?」 「うん、やっぱりそうだよね。だから困ってるんだけど」 確か幸福指数なんてものがあったような気がするけれど。あれってどうやって数値を出してるんだろう。複雑な計算をしているんだっけ? うん、駄目だ。良くわかんないから。幸せって事実は変わらないからいいや。 僕は読みかけの料理本に目をおとした。
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今日の夜はこのレシピを参考にして作ってみよう。デザートは、前に作ったチーズケーキが好評だったから、それをちょっとアレンジして出す。 出来上がりの時間を頭の中で計算。そこから逆算して、何時頃から作り始めなくちゃいけないのかを割り出す。ちょっと時間はあるけど、本も読み終わってしまったことだしもう動いても良いかも知れない。 おもむろに席をたてば、あっという小さな声が部屋に響いた。僕が発したんじゃない。ということは、撫子ちゃんだ。 「どうし、たの……?」 「なんでもないわ」 そう言えば、お互い夢中になっていて気がつかなかったけれど、随分と前から撫子ちゃんに構ってなかったかも知れない。ってか、今更だけど、彼氏の部屋に来てひたすら本を読んでるってどうなの。 「……そんなこと言ったって、寂しそうな顔してるよ?」 「……」 こういうときの彼女は、自分の意思を曲げない。もうちょっと素直になれば良いのに、って思わなくもないんだけど、どうしようかって迷っていておろおろしているところが可愛いよね。なんて、勿論本人には言えないけど。 「はい」 おいで、といっぱいに腕を伸ばす。撫子ちゃんはちょっとだけ悩んだような素振りを見せて、ぱたんと本を閉じた。それからおずおずと僕の手に自分の手を乗せた。 恥ずかしそうにする顔が堪らなく可愛くて、こりゃもう抱きしめるしかないよね。手に乗った撫子ちゃんの手を引くとそれを予想していなかったようで、バランスと崩して僕の腕の中へ。更に逃げられないように力を込めれば、撫子ちゃんの温もりがリアルに感じられる。幸せだなって、感じる瞬間。 「……ほんと、央って、私が欲しいと思ったときに欲しいものをくれるわね」 「まぁ、伊達に撫子ちゃんのこと見てませんから」 両手をいっぱいに広げたら撫子ちゃんの手が届く距離。きっとこれくらいが僕らにとって丁度良い距離なのだ。
title by確かに恋だった様 幸せって距離で測るものなんだよ、っていう。随分と前に書いてものをサルページ 130227
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