人をも身をも 恨みざらまし いろは


 華詠にとって水妹は能力を発揮するために必要なだけだ。それをパートナーだとか、所有物だとか、記号としての名前をつけているけれど、自分にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。どこまでいっても華詠と水妹だ。
 それなのに、それ以上のことが必要だと彼女は言う。何故かと問うても、明確な言葉にならないのだから、自分にも分かる訳がない。
 感情とは何だろうか。
 言葉にならない気持ちが胸を渦巻く。それを吐き出すようにひとつ、息を付いた。
 不確かで、汚れている世界でほんの一刹那逢うだけで良かったのに。いつからこう思うようになってしまったのだろう。
 口に含んでいたマシュマロを咀嚼。ブドウ糖の塊であるから甘い、はずなのに。どうしてこんなにも、彼女のことを考えながら食べると甘くないのだろう。彼女の身体から匂い立つそれはあんなにも芳しいのに。
 嗅覚と味覚のちぐはぐ具合にいっそ笑いすらこみ上げてくる。貪欲に彼女を求めたいと願う部分と、出来ることなら彼女に関わるべきでないと感じる部分があって、こちらも一つに擦り合わさることことがない。

 きっと、彼女に逢わなければ、この愛おしさも恨めしさも知らないままでいられた。不必要なことを必要とせずにいられた。
 乾きにも似たそれは酷く苦しい。水が循環せずに澱めば、やがては腐るように。水妹の言う枯渇とは、これに似た感覚なのだろうか、と分からない感覚に思いを巡らせる。少しでも彼女に近くありたいと意味もないことをする。
 苦しいとは思うけれど、捨て去りたいとは思わない。それすらも彼女を形成するものの一つであるのなら。

 いっそ彼女と一つになるためであるのならば、この身体など朽ちてしまえばいい。
 こんなにも狂おしく求めているのに、彼女は自身がこう思っていることなど欠片も知らないのだろう。
 みこと。
 一体どこで違えてしまったのだろう。あのときした強引な行動だろうか。出会ったところからだろうか。それとも、一緒に生まれることができなかったところからだろうか。
 最初からひとつの存在として生まれていられれば、こんなにも。

「逢うことの 絶えてしなくば なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし」

 苦しいよ、みこと。この苦しさを救えるのは君だけなのに。




121218
現代語訳としては、「もし逢うことが絶対にないのであれば、かえってあの人のつれなさも、我が身の辛い運命も恨むことはしないのに」が正しいものですが、ちょこっといじってあんな感じにしてみました。作者は中納言朝忠です。



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