その木がいつまでも美しい理由


 卒業、というのは思っていたよりもずっと自分を感傷的にさせた。この学園では、中高とエスカレータ式にあがることができたが、大学ともなるとそうもいかない。仲良くしていた月光のクラスメイトの数人とはここでお別れだ。彼女はこのまま有名大学に進学するらしい。
 別々のところに進んだって、声をかければ同じように集まり、それなりに楽しく遊ぶことができるだろう。けれど、それ以上に別れが怖いのは、今まで当たり前だったものがそうでなくなってしまうことへの恐怖だ。
 不思議な双子の学園長の挨拶があった式も終わり、卒業生は三々五々散ってゆく。住んでいた寮も引き払い、手荷物だけとなった今、自身をここに引き留めている理由は何もない。それなのに、なんとなくここを離れがたいのは何故だろう。きっと、理由がないと、もうここに来ることが出来なくなってしまったからだ。門を抜ければ、もう来られない。「行く」ことはあっても、「戻る」ことはできなくなってしまったのだ。
門の傍に立つ大きな木を眺めていると、不意に声がかかる。
「昨日もこの木がざわついてたね」
 手荷物一つを携えた男子生徒が一人。同じように木を見上げていた。この人は誰なのだろうか、と首を傾げれば、話した言葉の内容に対してだと思ったようで、「俺だけかな?」と言った。
「卒業の方が気にかかって、あんまり気にしてなかったかも」
 ところであなた誰なの、と彼に聞こうと思ったが、それは止めた。きっとここで別れればすぐに忘れてしまうのだろう。無理に聞く必要もないと思った。
「そっか、そうだよな。でもこの木、入学したときから変わらないよな。望月の夜だけは寂しさをまぎらわすようにざわつくし。聞いたところによると、悲痛な声も聞こえるらしい」
 幸いにして自分は聞いたことがないけれど。
「悲痛な声?」
「そう。なんでもここの木の根本には、数年前に在籍していた学園随一の華詠の死体があるらしい」
 思わず木の根元を見たが、特に変わった点は見つからない。ところどころ、土の色が変わっているだけだ。しかし、自身の足元を見れば、そこ一帯だけまとまって土の色が他と違う。
まるで、何かを埋めて、もう一度土を被せたみたいに。思わずそこから飛び退いた。
「どういうことなの?」
「俺も人づてで聞いただけだからどこまで本当の話かは知らないけど、数年前の話で。月蝕の夜に泉姫候補を思って死んだ人がいて、その人の死体が埋まってるって」
「なにそれ…」
「ガセっぽいけどほんとの話らしい。ほら、昔から綺麗な桜の木には死体が埋まってるっていうだろ?」
「それはそうだけど……確かに綺麗だとは思うけれど、これは桜の木じゃないわ」
「ま、その辺りの曖昧さが噂になるんだよ。でも、その華詠は、本当に泉姫候補に情を寄せていたんだって。だから、しんでもなお、忘れられないから泣いているんだって」
「なにそれ、そこまでいくともう呪いね」
 俺もそう思う、と言った彼はにこりと笑って言った。 
「やけにざわつくと思ってたら、そう言えば昨日は満月だったね」
 そう言われて空を仰いだけれど、いつもと変わらない綺麗な蒼だった。

 
木の根元のいろはさんの亡骸が埋まっていたらという話をする卒業生。



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