瞳の奥に恋が、揺らめく ケン主+イッキ



 今までなら随分とおかしなことを言うものだと一蹴出来たのだろうが、まさか自分がこんな事態に陥るだなんて誰が予想が出来ただろう。正確に言えば予想ではなく経験に基づく確率の話だが、この際そんなことはどうだっていい。
 すまないが、暇な時間ができたら研究室に来てくれないかと連絡をすればすぐに携帯電話がメールの受信を告げる。
『ケンからの連絡なんて珍しいね。研究が行き詰まった? それとも彼女と喧嘩でもしたの? 明日の午後には行けると思うから』
 相変わらず返信が早くて、マメな男だ。イッキュウの言うとおりいっそそのどちらかであれば良かった。それならば前例もあるだけに対処法も分かる。
 普段はただ面白い友人だが、こういうときは本当に頼りになる。文字通り百人力、といったところだろうか。ありがとう、と簡素ともいえるたった五文字の言葉を送ればどういたしましてと返ってきた。 我ながらいい友人を持ったものだと思わずにはいられない。



 どうしたの? と研究室に入ってくるなりイッキュウは尋ねた。私の方からこのようにイッキュウを呼ぶ機会はないから珍しい。いつも問題の出し合いは、そろそろ八割方解き終わるころだろうと見当を付けて新たに問題を作成し、研究室に篭っていればふらりと現れる、というのがいつものパターンであった。毎回どうしようもないやりとりを繰り返すのもお約束だ。それだけに私から連絡を取るシュチエーションが興味深いのだろう。どちらかと言えば面白半分なところもあるだろうけれど。
「で?」
「この前渡した問題集が終わっている時期だろう」
「ああ、そうだね。貰っておく。多分数日で終わると思うから」
「実は今日君を呼び出したのは理由があってだな。非科学的なことは信じないことにしているのだが、経験したことは別だ。にわかには信じられないことなのだが、これを事実だと認めなければならないだろう。恋愛をして、相手に好意を抱いているのなら、感情に伴って身体的にも変化があるのは普通だろう? しかし、これはあまりにも他に例を見たことのない症状なのだ」
「ケン、ちょっと落ち着こう。回りくどいことはよくわからないからもう本題に入ろうよ」
「私は充分落ち着いているぞ、イッキュウ。良く分からなくてなんと言葉にしていいのか分からないのだ」
 そう、いかに多種類の語彙を知っていてもこの感情と症状を言葉に表すことが出来ない。それどころか、知っているからこそなんと言えば良いのか分からなくなる。現に今も多数の言葉が頭の中には浮かんでいるのに、いざ口に出そうとするとそれは本来伝えようと意図していたものとは別の意味をもってしまうような気になってしまう。
「……イッキュウ」
「やっと言いたいことが纏まった?」
「恐らくこれに関してはまとまることがないだろう。今も考えあぐねているのだ」
「良いよ、とりあえず今のケンが出せる言葉は何?」
 あれでもない、これでもない、と浮かんでくる多くの言葉を否定し、最後に残った言葉はなんとも認めたくないものだった。しかし仕方がない、それが一番伝わるのだから。
「イッキュウ、君は魔法の存在を信じるか?」
 目の前にはぎょっとした顔をするイッキュウがいた。それはそうだろう。今まで科学的に証明できること以外は信用しないと常に言っていたし、その言葉の対象者は他の誰でもなくイッキュウだったのだから。
 これだからこの言葉を使うのは嫌だったのだ。しかし笑いながらも詳しく聞かせて、と先を促す。
「この前からなのだが、彼女の顔を見るとえも言われぬような気持ちになるのだ。暖かだと思った次の瞬間には不安な気持ちにされられる。かと思えばあの綺麗な瞳に吸い込まれてしまうような感覚に陥る。彼女の寝顔を見たことがあるわけではないから正確なことは分からないが、恐らくは彼女の瞳を見るとそう思うのだろう。これではまるっきり情緒不安定ではないか」
 いまだくすくすと笑い続けるイッキュウを尻目に、自分の中に存在するひとつの仮定を提唱する。
「これはまだ仮定で、実証はほぼ不可能だと分かっている。それでもほぼ間違いなく彼女の瞳には何らかの不思議な力があると思われるのだ。いや、自分の身体に起こった異変を鑑みればそうとしか考えられない」
 時折イッキュウは相槌を挟む。
「それでだ、イッキュウ。過去、君の体質で不思議な感覚になってしまった女子は、どのようにしてその感覚を元に戻したのだろうか。それを参考にして私にも適用すれば、この感覚も消えると思うのだ」
 これも絶対的な対策ではないだろうが、ひとつのヒントにはなるだろう。イッキュウの話を期待していれば、申し訳なさそうに謝った。
「まず第一に、ケンはその感覚を消したいと思ってるの? もし消したいと考えていても残念だけどケン、君にその解決策が通用するとは思えないよ」
「それはどういうことだ」
 曰く、『僕の目を見て好きになってくれる子は、僕の目が見えなくなった瞬間にその気持ちが変わる。だから僕の目を見なくなれば、元に戻る』から、こうして私が彼女の瞳を見ていないのにそんな風になっているのは分からないそうだ。これはまた困ったことになった。
 と、これから先どうしたものかと思案していれば、楽しそうにイッキュウは笑っていた。
「イッキュウ、どうした」
「ねぇ、ケン。なんで今日に限って、ドアが開いてると思う?」
「ドア……?」
 そういえば、自分のことにいっぱいいっぱいで他のことを気にする余裕なんてなかった。しかしよく考えてみれば可笑しい。いつもここにいるときはドアは当然閉めているし、そこが偶然今回に限ってたまたま開いている、なんてことはないだろう。こうして話を振るのだから。
 真意はなんだ?とはかりかねていれば、『入ってきても良いよ』なんて呑気なイッキュウの声が聞こえる。
「それじゃ、もう僕は必要ないかな。最近ケンが冷たいって彼女に相談受けてたからこれは丁度いいかなって。ま、あとはごゆっくり」
「おい、イッキュウ」
 入れ違いに入ってきたのは今まで話の対象であった彼女。このやり場のない感情をまさか彼女にぶつける訳にもいかない。次に渡す問題の難易度を跳ね上げてやる、と決意しながら私は彼女に向き合った。
 くらりとする。ああ、やはり彼女の瞳には魔法が宿っているのだ。そうとしか、思えない。



title by確かに恋だった様
121020
「私には彼女の目に魔法が宿っているのだと思う」っていうケントが書きたくて



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