つま先立ちの思いはどこへ行く 円撫
待ち合わせに少し遅れていくと、円はすでに付いていた。来る途中歩きながら連絡を、とも思ったけれど携帯を弄りながら歩くのと、少し早歩きをして急いで行く場合とどちらが早いのだろうと考えて、結局は後者に落ち着いた。 「遅れちゃってごめんなさい」 円を見上げ開口一番そう言えば、女性がデートの待ち合わせに多少遅れるのは織り込み済みですから、となにやらスマートな言葉が帰ってきた。てっきり五分三十秒の遅刻です、なんて言葉を予想していたので多少面食らう。円にそれを伝えれば、そこまで性格悪くありませんからと言われた。確かにどっちかって言ったら悪いのは意地よね。それは私も同じだけど、という言葉は飲み込んだ。 ふと円を見れば、やっぱりいつもとは違う。円を見上げるために曲げる角度が少しだけ緩やかだ。 「今日は随分と高い靴を履いているようで」 「ええ。可愛かったし、七センチのヒールは脚を綺麗に見せるんですって」 普段そこまでヒールのある靴を履かないので、どうにも歩くのに手間取ってしまった。何度、転びかけただろうか。七センチ、侮ることなかれ。普段から高いヒールの靴を履いていればそうではないのかもしれないが、案外高い。 「そうですか」 「そうですかって……。良くないかしら」 いえ別にとは言ったが、円のその反応がどうにも気になる。ただ素っ気ないんじゃない、ちょっと苛立っているような気がする。 「……ねえ円。なんであなたそんなに不機嫌なの?」 「不機嫌そう見えますか」 隣を歩く人の周りに不機嫌オーラが出ているのに気がつかない訳がない。円のそれは、意外と分かりやすいから。 「あなた駅からここまで歩いてきたんですよね。だとしたらあなた何人の人をひやひやさせたんでしょうね」 ひやひやさせたとはどういうことだろう。円の言っている意味がよくわからず、もう一度聞こうとして近くに寄ったときだった。 体重のかかる位置が極端に偏ってしまい、ヒール部分の細い面積では支えきれなくなる。 視界が徐々に傾き世界がひっくり返る、と思った瞬間それは止まる。 「ほら、言ったそばから危なっかしいことになってるじゃないですか」 危険を察知した円が咄嗟に手を出して支えてくれていたのだった。ふと円を見上げれば、私の知るいつもの横顔の角度で。ちょっと焦った顔をしていてくれていた。 「ごめんなさい」 「そう思うなら今後はこういうの履かないで下さい。その度にぼくがひやひやする羽目にななります。それに、」 「それに?」 「脚が綺麗に見えるから履いたって言ってましたけど、あなたはそんなことしなくても充分綺麗なんですから。そういう格好して変な男寄せ付けないで下さい。あと脚くじきます。今回はぼくが近くにいたから助けてあげられましたけど、毎回毎回そういう訳にもいかないでしょうから。分かりましたか」 真剣な顔をして言ってくれている円が目の前にいた。ここまで円に言われれば、はいと答える選択肢しか私には残されていない。でも、これに関して一つ言わせてもらえば。 「でもこんなの履いてきたのは円に……少しでも綺麗に見られればいいと思ったからなのよ。円に見せるため以外にはこんなの、絶対履かないわ。何より歩きにくいもの」 「ええ。それで良いです」 その言葉を聞いて安心しましたという円の横顔を眺めた。角度が違うだけで、こんなにも違って見えるものなのか、と思わず感心する。もうきっとこの角度でこの横顔を見ることもきっとないだろうから、しっかりと目に焼き付けておこうと思った。
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「さっき円は凄い不機嫌だったけど……でも不機嫌の原因ってそれだけじゃないわよね?」 「ええ、あなたがそれを履くと妙に大きくて抱き心地が悪いと思ったので。まあ脱いでしまえば関係ないんですけど」 「……」 やっぱり円はどこまでいっても円だ。
120917 ついったにあげたネタをサルページしてちょこっと加えました そしてオチはない
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