不機嫌な理由は教えられない 寅撫
もう随分と前から楽しみにしていたのに、天気の方はどうにも空気を読んでくれなかった。 前日の天気予報を見て、嫌な予感はしていた。画面の中央に居座っていたのは傘マークで、太陽や雲には変わらない。もう少し自分が幼かったらてるてる坊主でも作っていただろうか。いや、それでも作りはしていないだろう。 こんなところでつまらない意地を張って、我ながら面倒な性分だと思うが、こればっかりは仕方ない。
せっかく浴衣を着付けてもらったのに、なんとなく寂しい。ふと思い当たる雨男は理一郎だった。 考えてみれば昔からそうだ。記憶の引き出しを引っ掻き回しても、どこかに遊びに行こうと理一郎を誘えばそれは雨だったような気がする。彼は根っからの雨男らしい。今度からどうしても晴れてほしいときには理一郎を誘わない方が良いのかしら、なんて思ったけれど、そんなことをすれば拗ねてしまって面倒なことになるだろうという予想がつく。 雨が降らなければならないのは、分かる。けれど、今日に限って降らずともいいのにと思う自分もいるのだ。 楽しみにしていた分、ショックも大きい。 雲は厚く、雨が止んだとしても晴れはしないだろう。それでも唯一救いと言えるのは、小雨であることだろうか。とは言っても、勿論傘は必要なレベルではあるけど。
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きちんとした待ち合わせ場所を決めておかなかったのは失態だった。行ってみて目印になるような場所にいる、そうすれば見つかるだろうと思っていたのだ。こんなんじゃ見つかる訳がない。恐らく、この狛犬を待ち合わせにしている人が多いから、人が集まりすぎて逆に目立たない。 どこを見ても知らない人ばかりで少し不安になる。これでちゃんと会えるのだろうか。 「おい!」 雨粒が傘を叩く音に混じって、知った声がどこかから聞こえてきた気がした。けれど周りにいるのは知らない人ばかり。見たことのある顔は見つけられなかった。 「おい……!」 激しく鼓膜に触れるこの声は。きっとトラだ。 目立つ赤毛、目立つ赤毛、とまるでトラを探す呪文のように何度も唱えて辺りを見回すけれど、探している当の本人は見当たらない。 このまま誰にも会えなかったらどうしよう。無性に不安になる。 いっそのこと境内に行ってしまおうか。あっちもそれなりに目立つところではあるはずだ。 それなら早く移動しよう、と足早に歩を進めたときだった。 「おい、お嬢」 この声、と思って振り向けば、そこには赤毛の彼がいた。 探していた相手を見つけたのに、口から出たのはなんでここにいるの、といういっそ間抜けな言葉だった。 「いちゃ悪いかよ」 「別に悪くはないわよ。トラがここにいるのがなんかちょっと……意外だっただけ。ってそれより、なんでさっき見つけたのに呼んでくれなかったの」 集合の連絡はしたけど、課題に出なかったトラがまさかきちんと来てるなんて予想外だったから。来てないんじゃないか、とどこかで思っていたけど、でも、どこかでトラはくるんじゃないかって思ってた。 「さっきちらっと姿が見えたような気がしたんだけど別の奴かと思って」 「……そのときに声かけてくれれば良かったじゃない」 「呼んだんだよ。それなのにお前もオレに気がつかねーし。それに気のせいかと思ったんだよ」 それに、とトラは俯いた。 「何? 聞こえないわ」 「気がつかなかったんだよ。……普段のお前と今のお前が違いすぎるから」 確かに、今日は浴衣を着ている。いつもはクラシカルでかっちりとした服を着ているから、気がつかれないのも無理はないかも知れない。 「そうね、普段とはちょっと違うかも。でもこういう格好、たまにしかしないのよ。せっかくのお祭りだから、って着たのに生憎の雨だし。だけどこの浴衣、可愛いわよね」 「オレが言ってるのは浴衣じゃねえよ」 何を言っているのだろう。どういうことなのかと聞き返してみてもそれ以上トラは答えてくれなかった。 それからふらりふらりと神社の敷地を巡る。相変わらずの雨音と、それに混じって流れてくる祭囃子の音がやけに合う。下駄を履いているからそろそろ脚が疲れたかも、というタイミングでトラが立ち止まって、近場にあった岩におもむろに座った。 これは私も座れ、ということなのかしら。とりあえず勝手にそう解釈してトラの隣に座るとぽつりと零した。 「昔お袋と……しぐれと祭りに来たんだけど芳宗のせいではぐれてよ」 あまりの脈絡のなさに、一瞬なんのことだろうと思ったけれどよく考えればそんなのいつものことだった。 「芳宗……?」 「あーお前には言ってなかったっけ。オレのオヤジ」 「ええ、トラからあまりご家族の話は聞いたことがないから」 「……確かにあんまりしねえな。まぁそんなのはどうでもいい良くて。しぐれとはぐれたんだけど、しぐれの髪はオレと同じ色なんだ。だから、それを目印にして探しててしぐれだ!って思った女の手を握ったんだよ。もうはぐれないようにって。そうしたらそれがしぐれでもない全然違う奴でよ」 人が多いとそういうこともあるわよね、と私も同意する。確か私も似たようなことをしていた気がする。そのときは……そう、確か理一郎が一緒だった。 「私も前に理一郎とお祭りに来てはぐれちゃったことがあってね。そのときの話、今だから笑えるんだけど、可笑しいのよ」 「なあ」 「なに?」 「あんまし他の奴の話すんなよ」 なんでトラがいきなりこんなことを言い出すんだろう。あんまりにも不機嫌そうに言うものだから、問いかける。 「……お祭り、楽しくないの?」 私はとても楽しいのに。なんで?とトラの顔をのぞきこめば、あっさり顔を反らされる。 なんでそらすのよ。 それが少し気にくわないので、トラの顔を追いかけ続ければ、先ほどとはうって変わって弱々しい音で、やめろよと言ったのが聞こえた。そしてトラの顔が赤かったことにようやく気がついた。 「トラ……?」 「……あんましその格好でのぞきこむなよ」 トラがそんな態度をするものだから、こちらまで何だか気恥しくなってしまう。慌てて顔をそらすと、なんというタイミングであろうか、聞きなれた声が割り込んでくる。 「あー!トラ君と撫子ちゃん見つけたー!」 「央……?」 ということはつまり、近くには円がいるはずで、さらに央と円は目立つのだから見つけやすく、周りには当然理一郎に鷹斗、恐らく終夜もいることだろう。見られてはいけないものを見られたような気がした。 ちっ、というトラの舌打ちが聞こえる。一貫性のない態度は一体なんなの、もう。それでもトラだからまあ仕方ないことだと思える自分がいる。 「雨は止んでるのにまだ傘さしてるのかよ」 「ほんと、だ」 理一郎に言われて気がつく。雨はいつのまにかやんでいたようだ。 雨音は聞こえない。スピーカーから流れてくる祭囃子と、それから喧騒と。 「撫子、置いていかれちゃうよ?」 「あ、うん。行くわ」 声をかけてくれた鷹斗と共に、先を歩くみんなの背を追いかけた。
title by確かに恋だった様 ラブコメで20題、07 不機嫌な理由は教えられない
120822
トラ誕生日おめでとう!
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