とある、屯所での




私ははぁ、と吐いて白くなった息の痕跡を見て手の平を擦り合わせ、またこの季節が巡って来たのか、と嘆息した。


この新選組の頓所にも冬がやって来た。
勿論当然と言えば当然のことなのだが、毎日馬車馬の如く働いている隊士らに囲まれて、自分も微力ながら動いていると、ついつい四季の移ろいすらも忘れてしまいそうになる。
と言っても彼らの場合は生きることに一生懸命なのだから気にしてなんかいられない、と言うことなのだろうが。


しかし、近頃はとりたてて大きな事件は無く、京そのものが静かであり、落ち着いていた。
嵐の前の静けさでは無いといいのだが、と土方は苦笑しながらも少しだけ嬉しそうに漏らしていた。

働きづめの彼らにしてみればどんな事情であろうとも京が落ち着いていれば微弱ながらだが休めるらしい。
つまるところここ暫く屯所は平和で、まったりとした穏やかな日々が続いていたのだ。




最近めっきり冷え込むようになった。京の冬は予想以上に寒いのだ。
私が京を訪れたのが十二月なのだから身をもって知っている。
いくら鬼の体とて寒いものは寒いし、暑いものは暑い。
その辺は鬼でも上手くいかないらしい。不便なものだ。


こうも寒いと暖かな場所から離れたくなくなる。それは明らかに皆さん――と言っても主に土方のだが――の手足となって動くことに対して良くない。
だから外套でも買って着込もうか。それともたんぽが良いだろうか。そうすれば少しでも動こうという気持ちが現れるに違いないと思っていた訳だった。

そんなことを考えていたのも少し前の話であり、もう関係無くなっていたが。




三番隊組長である斎藤と市中の巡察を終え、屯所に戻ってみると一番大きな畳の敷いてある客間に大きな文机のようなものがでん、と鎮座していた。
布が掛かっているのだ。この文机に。更にその上に板を一枚乗せている。見たことが無かった。


えと…斎藤さん、これはどういうことなのでしょうか…」

遠慮しがちに聞けば、斎藤も何が起こっているのかさっぱり、というような顔をして答えた。

「一体何があったのかは俺にも分からぬ」

一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの無表情な顔に戻る。



文机の周りには自分の秘密を知る数少ない新選組の幹部の方々の多くが集合している。
と、私と斎藤さんの帰りに気がついたのか、平助くんに声をかけられた。

「あれ、千鶴と一君じゃん、巡察おわったんだ。お帰り」
「ねぇ平助君、このここにおいてある文机みたいなものどうしたの?」
「あーこれな、近藤さんが持ち込んだみたいだよ」

ほら、と平助は近藤に目をやる。


隊士達に嬉しそうに説明する近藤の横では近藤が持ち込んだ為に辞めてくれと注意出来ずに微妙な顔をしている土方、少し離れた所にいつもと変わらず原田、そして楽しそうに笑っている沖田がいた。


「近藤さん、」

と声をかければ一体これは何ですかと尋ねるよりも前に説明し始めた。

「おお雪村君か。これは炬燵と呼ばれる暖房器具なんだよ」
「炬燵…ですか」
「そう。この中に足を入れる。暖かいから、いごごちが良いはずだよ。
そうだ雪村君。一回入ってご覧」
「いえ、遠慮しておきます。皆さんより先に入るのは申し訳無いですし」

柔らかく断ったはずなのにみなの視線が痛いほどに突き刺さる。

「良いんじゃない?入ってみれば。せっかく近藤さんが勧めてるんだよ?」

にこにことしながらも隙の無い笑みをしている沖田が喋る。
言葉に棘があるというのか、ちくちく刺すように言われる。

「わ、分かりました。入ってみます」

と言って炬燵なるものに入ってみれば確かに近藤が勧めるだけあって非常に温かい。

「とても…温かくて居心地が良いです」
「千鶴ちゃん、特に変な感じはしないかい」
「はい、特には無いですよ沖田さん」
「そう、じゃあ千鶴ちゃんが身をもってこの炬燵の安全性を教えてくれたから僕も入ろうかな」

笑みを崩さず沖田さんは言い、私の隣に座ってきた。

「確かに暖かくていいねー」なんて横から声がする。
が、原田を筆頭においおい、そりゃないんじゃねーの、呆れという顔をしている。
どうもいくら敬愛している近藤が勧めたものであっても、沖田は得体の知れないものは嫌だったらしい。

「私で試したんですね。
沖田さんの…意地悪」

そう言い、炬燵を出ようとすれば哀れだと思ったのだろう、斎藤が止めた。

「まぁ待て」

私の目がどことなく潤っているような気がした。

「そんな!!だって今のは沖田さんが!!」
と、言いかけた瞬間である。

「この馬鹿!!!」

という怒声が屯所に響く。誰であろう。
勿論土方であった。

「総司、何でお前はそう大人気ないんだ!!
相手はお前より年下なんだぞ!!ちったぁ考えやがれ!!」

土方さんの怒声に圧倒され、沖田さんへの怒りが空気のぬけゆく風船玉のようにが萎む。

がしかし、沖田は土方の怒声程度で引くような男ではない。
ああいえばこう言う奴だ。

「土方さんは五月蝿いなぁ。…年寄り」

ぼそりと呟く。顔面には満面の笑みを張り付けたままに。

向こうでの喧嘩をよそに、すかさず原田が「心配しなくても大丈夫だ」と声をかける。

「総司も羨ましかったんだろ。千鶴ばっかり近藤さんに相手してもらって」
「本当ですか…?」
「あぁ、土方さんもそれを分かってるからああいう怒り方をする。まぁ確かに総司も大人気ないけどな」

と原田さんが私の頭に手を乗せくしゃくしゃっと髪が乱れるのも気にせずに撫でる。なんだか少し嬉しくなる。

「総司は近藤さんが絡むと幼くなる」
と斎藤。
「本当だよな。総司らしいっちゃ総司らしいけど」
と平助。



見れば確かに喧嘩と言っても猫同士がじゃれあっているような感じだ。
もっとも猫なんて生易しいものではなく、壬生狼の名の如く狼だが。


彼らをとめなくて良いのだろうかと思いつつも、斎藤さんがとめに入らないから大丈夫だろうな、と無視を決め込む。
私があの中に入って止めにいった所で逆効果だろうから。


「てめえ…今日という今日は覚悟しやがれ!!」
「土方さんそれ毎回毎回言ってるよね」
「総司ぃ!!!」



どうやら今日も屯所は平和であるようだ。







とある、屯所での








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初めての薄桜鬼でした。
ぐだぐだで酷いなー。

再筆、6/20




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