心が覚えてる 土千(一万打)



咲き誇っていた桜は既に散り、葉桜となった。
木を覆う薄桃色が少しずつ減り、代わりに若草色が増えはじめる。桜の花びらの代わりに新芽となり新しい命がまた生まれているのに、どことなく淋しくなるのは自分だけであろうか。

別れの季節の春。
だがそれは同時に出会いの季節でもある。だから、出会うのならきっと春。
もう何年も春が終わる度に今年も違ったのかと肩を落としてきた。

顔も、名前もどこに住んでいるのかも何も知らない人。目印なんて、何も無い。
多分その人を見つけるのは至難の業に違いない。
人口も沢山いる、この都市では。それになにもこの都市にいるとは限らない。

そんな誰だか分からない人をずっとずっと探しているが、今年こそは出会えるだろうか。
それとももう諦めた方が良いのか。
けれど、高校生になれば行動範囲は中学生だったときよりも格段に上がる。それは、探せる範囲が広がると言うことだ。

ほんの小さな希望と若干の諦めを胸に秘め、千鶴は今日も家の扉を開く。



*



「千鶴ちゃん、入学式って本当に退屈じゃない?きっと先生方の話も長いんだし。そんなの聞くんだったらずっとここにいた方が良いわよ」
「まぁまぁお千ちゃん……」

そう言ったって私達のためにやってくれてるんだよ?と少女は隣にいるやや不満げな少女に説明する。

体育館の外にある幾本もの桜の木。半月程前には満開だったであろう桜も今となっては花を落とし、葉である。
その木の下に少女達はいたのだった。

「ほら、お千ちゃん時間。もう体育館に行った方が良いよ」
「本当に面倒だわ……」

お千と呼ばれた少女は軽い溜め息一つつき、入口へと向かった。




先程は千にあのように説明したものの、やはり入学式はあまり面白いと言えるものでは無かった。
隣にいるお千は早くも聞く意思をなくし目をつぶっている。
千鶴も早く終わらないかなぁと言う思いが募っているのだろう。自然と目線が下がる。

――あ、でももう少しで終わりそうな雰囲気。
千鶴は内心ガッツポーズをしかける。お千もその雰囲気を察したのか、ぱちりと目を開ける。
やっと終わったのね。彼女が言わんとせんことはこんな感じだろう。
しかし。

「それでは最後に、指導部主任の土方先生からお話です」

教頭の説明により、また一人舞台袖から男が出てくる。
喜んだのもつかの間で、ガッツポーズをした手はいき場を失い、空を漂ってなにも無かったかのように下がる。
千鶴の心の中での話である。

まだ後一人。千鶴がお千と同じように目を閉じようとしかけたときだ。

「皆さん。私立薄桜学園にご入学おめでとうございます」

まるで頭に直接話し掛けて脳みそを揺さ振っているかのように、変な感じ。
他の生徒の雑音も聞こえないし、あの先生以外目に入らない。
閉じかけていた瞼も自然と開く。

千鶴はこの声、どこかで聞いたことある、と瞬時に思った。
いや、どこかで聞いたことがあるなんてレベルではなく絶対に聞いたことがあった。

でも、誰の声か覚えていない。
だが、絶対に聞いたことのある声だった。
誰?誰?誰なの?この声は?
絶対に知っているのに思い出せなくて気持ち悪い。

不思議な感覚で、嬉しいような淋しいような辛いような気持ちが全部混ざって気持ち悪いくらいだった。

土方と呼ばれた男の話は続いているが、そろそろ終わりそうな雰囲気。
まだ、駄目。終わってしまっては駄目。誰だか分からないから。

「千鶴ちゃん、何があったの……?」

眉根を寄せたお千におそるおそる声をかけられ、千鶴は驚いたようにびくっと肩を震わす。
まるで意識していなかったところから声をかけられたとでも言うように、お千の存在を意識していなかったのだ。
いや、意識することが出来なかったと言うべきか。
それ程に千鶴は土方のことを意識していた。凝視していた。

「あの先生が出て来たときからなんだけど」
「何があったのって何が?」
「千鶴ちゃん、泣いているわ」

私が、泣いて、いる…?
そう言われて始めて気が付いた。
頬に手を当てれば確かに水分が指先についている。

「う、うん大丈夫。目にゴミが入っちゃっただけだから」
「本当にそうなの……?」
「大丈夫だから」

悲しいと言う思いが無い訳でもないけれど、こんなにも涙する程でもない。そもそも何に悲しいのか分からない。
訳が分からないことが沢山ありすぎる。けれど、あの土方と言う先生。
あの先生はきっとなにかある。
だって悲しいし淋しいけれど、あの先生を見た途端に足りなかった何かが埋まったような、探していた何かが見つかったようなそんな暖かな気持ちになったから。


私立薄桜学園の教師、土方先生。探していた人はこの人だった。
これだけ分かれば充分だろう。今までは名前も顔も分からなかった。だが、三年もある。


心配そうに見ているお千を知ってか知らずか、今もまだ頬を伝う涙は止まってくれなった。













一応補足しておくと、千鶴は記憶がありません。でも誰か(土方)を探していた。土方の方は記憶があると思われます。



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