バレンタイン聖戦



2月14日はバレンタインデーだ。
2月に入れば女子生徒達の話題は自然とチョコだの誰に渡すだの、何を作るだの、ラッピングはどうするだの、いくらかけるだのと、浮足立つ。
まぁ男子は男子でやはり相当そわそわしているが。



千鶴は2月になってからずっとなやんでいる。今回千鶴が渡そうとしている人――古典担当の教師土方――はあまり甘いものが好きでないような気がしたからだ。
お揃いのネックレスやブレスレットを買ったりとプレゼントを渡すことも考えたのだが、千鶴は学生だ。
財布に大きな額の余裕がある訳ではない。



実は土方と千鶴はもう恋人と言う関係だ。
この御時世、携帯電話を持っているから電話やメールをする手段もあったのだが、千鶴はあえてしなかった。普段の友達とのやりとりならばそうでもないのだが、この大事なときには使いたくなかったからだ。
そういう心意気も含めて土方は千鶴を認め、クリスマスの夜、千鶴が土方を誘い、駅前の時計の前でお互い気持ちを伝えあった。
だが学生と教師であるから、関係がバレたらまずい。
学校の敷地内では触れることはおろか、声をかけることもままならない。
メールもお互い好んで使っているわけではないので、やりとりは自然と少なくなった。
また、学校外で会おうにも時間が遅くなったり、空いている日程が合わなくて月に二、三回会うのが限界だった。
勿論、普段会えない分会えたときにはたっぷりと甘やかしてもらうが。


とまあ、普段はほとんど会えない。変な噂をたてられてもお互い困るのがそれぞれ分かっているだけに、学校では意識して近づかないようにしている。
とは頭では分かっていながらもやはり淋しい。
相手に面と向かっては言えないが、触れたくて、触れられたい気持ちはいつでも己が内に燻っているから。


千鶴は土方にみっともないとか、はしたないなどと思われたくなかったし、土方は土方で教師と生徒との禁断の恋の罪の重さは十分に承知していた。相手のことを思うからこそ軽々しく触れて問題を起こす訳にはいかなかった。
と言っても、土方はいざとなったらいくらでも触れる手段を持っている。
授業前の手伝いだったり、資料室に教材を運ぶのをやってもらったり。
また、成績に問題があれば補習として教室で二人っきりになることも可能だ。千鶴に限っては成績が悪いなんて無いけれど。

そんな土方は千鶴の自分を求める気持ちに気付いていた。校内ですれ違う度に顔を赤らめる。授業で偶然を装って当てればわざとらしく視線を逸らす。
土方はそれが面白くてならなかった。自分を意識しているのが手をとるように分かるから。
知った上で土方は千鶴を見ていて、なおかつ状況を楽しんでもいた。
土方だって伊達に歳をくっていない。まぁ、大人の経験値の差と言う奴だ。

幸い、この涙ぐましい努力のおかげかどうかは分からないが、今だに噂にならずにすんでいる。
二人の関係を知る人――千鶴の先輩で土方をからかう沖田や体育教師の原田、友達のお千、どういうルートで漏れたか知れないが風紀委員の斎藤、はたまた幼なじみの平助――に言わせれば、いつまでたっても進展が見えず、まどろっこしいらしい。
と言いつつも、彼らも二人を笑顔で見ていて面白いと評しているのだから微笑ましいと言うべきなのだろうか。



と、そう考えるとバレンタインと言うイベントは、あまり人の目を気にせずに公的に土方に近づける絶好の機会なのだ。
千鶴的にはあわよくばそこで約束を取り付けて夜にもう一度会いたい。


だから、何を土方に渡すか。いわば掴みの部分で悩んでいるわけだ。
あの人はきっと甘いものが好きな訳じゃないし、ウイスキーを入れようにもお酒は見た目に反して意外と弱い。
量も沢山貰っても困るだろう。ラッピングも思いっきりやるよりかはあまりしないほうが良いだろうか。
友達や知り合い、親戚に何かを渡すときはこんなに悩まないのに、何故彼に渡すときはこんなに悩み困るのか。
しかし、辛いわけではなくどこか嬉しくて幸せなことに千鶴は気がついた。
何故幸せなのかは分からなかったが。



暫くの間、何を渡せば良いのかと考えた結果、結局シンプルにチョコにすることにした。ただし甘さは控え目で。大きさもそんなに大きくなく、一口サイズのものを幾つか。
ちゃんと受けとってくれるだろうかと土方に思いを馳せながら、千鶴はチョコ作りを始めた。



来たる2月14日。
乙女の聖戦の火蓋は切って落とされる。
生徒の多くは朝早くから登校し、その日の終わりを想像する。
女子はきちんと渡すことが出来るのか。男子は幾つ貰えるのかと言うことを。

千鶴も例外ではなかった。
朝から同じクラスの友人と連れだって土方を探しているがどこにもいないのだ。

「いないね…」
「普段授業のために早くから来ているから今日も校内のどこかにいるはずなのにね」

教員室に行っても、校内唯一の喫煙所にも、国語の資料室にもどこにもいないのだ。
結果、校内にはなにかしらのプレゼントを手にした女子が教員室と喫煙所と資料室を行ったり来たりしている。
気付けば始業数分前となり、粘るのもここまでかと千鶴が諦めてクラスに戻ろうとしたとき。遠くの方で女子の悲鳴混じりの歓声が聞こえる。
振り返ればプレゼントを無理矢理渡されて困った顔をした土方がいた。両手はプレゼントだけで埋まっている。
千鶴が見ている間にもプレゼントを渡す女子がいる。

「土方先生、一生懸命作りました。あの、受け取ってもらえるだけでいいので」
「すまねぇが、俺は受けとらねぇと決めている」

もの凄く不機嫌そうに、同じ言葉を言うのにもう飽き飽きという顔で土方は女生徒に告げた。それでも引き下がらない女生徒は、土方にプレゼントを押し付けて走ってクラス棟に帰って行った。
土方は手にしたプレゼントの数々を見ながら、深い溜め息をついた。
土方が顔を上げたときに、偶然千鶴と目が合う。
校内で堂々と見ていられると前から喜んでいた千鶴だが、ほんの一瞬だけ合った目は、土方ではなく千鶴が逸らしてしまった。

「ねぇ、一回戻ろう?そろそろ時間も危ないし」
「いいけど…。千鶴せっかく待ってたのに渡さなくて良いの?」
「うん。先生今大変そうだし」

千鶴はまた後で渡しに行くし、と早歩きで教室に戻った。
目元には若干の涙を浮かべていた。



*




一日がとにかく長く感じられる。気がつけば授業も、休み時間も土方のことを考えている。
土方がチョコを受け取らないと言う話は昔から有名で、千鶴は知っていた。けれど、一応恋人だから受け取ってもらえるだろうと信じていた。
しかし、実際受け取らない場面を目の当たりにしてショックを受けた。

思えば自分は恋人である前に生徒でもあるのだ。考えれば考えるほど受け取ってもらえないような気がしてしまう。
また、後で渡しに行くとは言ったものの、なかなかタイミングを掴めず、クラスの子から聞いたが、昼休みもどこかへ隠れてしまい見つからなかったらしい。
時間は徐々に減っていっている。残りのチャンスは放課後だけだ。

机に突っ伏していると、不意に声がかかる。

「千鶴、大丈夫か?朝から元気無いみたいだけど…」
「あ、平助君。うん、大丈夫」
「土方先生か」
「……」

この場では沈黙はすなわち肯定である。

「オレ、この件に関しては何もしてやれないけどさ、千鶴はもっと自分に自信持てよな」
「…ありがとう」
「それにきっと千鶴が考えてるほど悪いようにはならないと思うよ」
「…そうかな?」
「うん。保障する」
「保障って…さっきと言ってること違くない?」

自然と笑みがこぼれる。

「そうかもな。でも千鶴は今みたいに笑っている方が可愛いよ」

正面きって平助に言われ、顔に熱が集まるのが分かる。だが、言い終わってから自分の言った言葉に気が付き千鶴よりもさらに顔を赤くしている。
あ、いや、別にそういう訳じゃなくてさ、あのさ、と赤面しながら言い訳している。
何が面白いのか特には分からなかったが、なんだか面白くて。

「平助君ありがとう。私、行ってくるから」

先程までの鬱々とした気持ちが晴れた。




「土方先生!」

放課後、国語資料室にいて書類を整理していた土方を千鶴は見つけた。
冬で暖房も付いていないのに暑いのだろう。袖捲りをしている。
教師の土方歳三の顔だった。
千鶴を見た土方は直ぐに手元の資料に目を落とす。

「あぁ、雪村か。ちょうど良い。明日の授業用の資料が必要だから探すの手伝ってくれるか」
「いや、あの、そうじゃなくて土方先生お話が!!」
「いいから早く来いよ。ほらよ、」

ここ、と土方は狭い資料室の隣の席を指差す。ここに座れということだろう。
千鶴しぶしぶ資料室の扉を閉め、土方の隣に腰掛けた。

「そろそろ来る頃かなと思ってたんだがどんぴしゃだな」
「私が来るの分かってたんですか?」
「ああ」

明日の授業の資料を探すというのに土方は資料を探すそぶりを見せない。並んで座った為、肩が触れ合う。
不意に土方は千鶴を見つめる。資料室は思ったよりも狭く、土方との距離が近い。
土方のゆったりとした息遣いが克明に分かり、緊張なのか恥ずかしいのか分からないが途端に心拍数が高くなった。今自分の顔は赤くなっているだろうと千鶴は自覚する。
千鶴は今更ながらやっぱり土方のことが好きだなぁと思った。

「で?お前は話があるからここに来たんだろ?」
「そうなんです。
あの…これ、一生懸命作ったので受け取って頂けると嬉しいんですけど…」

おずおずとチョコの入った袋を土方に渡す。
受け取ってもらないかも知れないという不安がふつふつと込み上げてくる。それに受け取ってもらえても食べてくれるかは分からない。

返事は早く聞きたいようで、悪い返事は聞きたくもなくて、土方が返事を返すまでは時間が嫌に長く感じられた。

「あぁ、ありがとな。ありがたく貰うぞ。今食べても良いか?」
「はい、どうぞ。一応甘さは控え目に作っておいたので食べやすいと思います」

受け取ってもらえた瞬間、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、平生に戻ると思われた鼓動は先程よりも早くなっている。そして今もなお上がり続けている。どうしてだろう。
ところで、と千鶴は朝からずっと疑問に思っていたことを土方に尋ねる。千鶴の作ったチョコを咀嚼しながら答えた。

「何で朝の子達のは受け取らなかったんですか?
私のもてっきり受け取ってもらえないんじゃないかって、ずっと考えてたんです」
「そりゃあお前、俺は千鶴のが欲しかったからだ。他の奴のを貰うのは失礼だろうが。俺は、千鶴のだけが欲しい」

にしても上手いな。これなら何個でも食べられる。と続けた。
資料室は少し暗くてよく分からないが、言い終わった土方の顔が赤いような気がした。
顔を赤くするなんて自分だけでなく土方も同じように感じているのが単純に嬉しかった。

「でも先生、私別になにかこれと言った特別なことはしてませんよ?」

すかさず土方は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「ならあれか。愛が入ってるからか」
「ちょっ……」

そんなこと無いですよ先生、と言いかけた声は千鶴の口のなかで消えて届かなかった。

「なあ、ならこのあと空いてるか?久々にお前と一緒に歩きたい。それにチョコのお礼もしたい」
「お礼なんてほどのものじゃないですけど私も凄く行きたいです。
それに今この後先生に同じこと聞こうとしました。今日の夜空いてますかって」

千鶴は考え方が一緒なんですねとくすりと笑った。
土方は無意識だと思うが少し目を細めた。

「おい千鶴。ちょっとこっち来い」

土方にふわりと抱きしめられる。そのうちぎゅっときつく抱きしめるものに変わり、苦しかったがどこか安心出来るものだった。
微かに土方の香りがし、恥ずかしかったから目を閉じた。
いつまでこうだったのか分からない。長い間だったかも知れないし、もしかしたらそんなに長くない間だったかも知れない。
けれども終わりは唐突に訪れ、土方の体温がまだ恋しいうちに離された。多分その気持ちが顔に出ていたのだろう。

「学校内じゃここまでだよ」

土方は苦笑いしながら言った。

「じゃあ20分後に駅でな。好きなところに行こう。何か食べるのでもいいしな」

どこが良いと問われたけれど内心あなたと一緒ならどこでも良いですと千鶴は思ったが言わなかった。
20分。たった20分なのに千鶴の中では長く、土方にとっても長い20分の始まりだった。






バレンタイン聖戦








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バレンタインの企画用です。
初のSSLでした。

土方はやっぱり難しい。

気が向いたらホワイトデーのも書きたいなぁと言ってみたり。
お粗末さまでした。





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