バカみたいだよな。
俺はここで何してんだろう。
雨が強く打ち付ける。拓真は駅のオブジェの前で一人立っていた。回りを通る人は傘をさし、拓真に気づく間もなく足早に去って行く。
昨日、前から思いを寄せていた相手に告白した。
一目惚れだった。きっかけはコンビニのバイト。初めてのバイトで緊張している俺がお釣りを渡すと彼女はふんわりと「ありがとう」と笑った。その笑顔が忘れられない。
彼女は近くに住んでいるのか、よく顔を見た。もちろん口下手でへたれな俺だけどその時は頑張った。いや、普段から頑張ってはいるが。
話すようになったのはバイトを初めてから2ヶ月がたった頃だった。
確か天気の話題だったと思う。そうだ、今日のような天気だった。
「私雨好きなんですよね」
「えっ?」
急に話かけてきた彼女に驚いた。レジに立った俺は手に持ったチョコをぽろりと落とす。状況を理解する前に上手い返事をできなかった自分をうらめしく思う。あーもう、俺彼女に見とれすぎてたか。
彼女は目が点になっている俺を見てふふっと笑った。
「今日雨酷いですよね。でも何か雨音とか好きなんですよ私」
「へぇー。変わってますね。俺はやっぱり晴れている方が好きだな」
言ったとたんにハっと気がついた。あ、俺ここは同意しとくべきだっただろう。
「晴れですか。晴れてても良いですよね。散歩とか気持ち良さそうです」
ああ、良かった。彼女も同意してくれた。そう思って安心した俺はバイト中(店長居なくて良かった)にも関わらず彼女との話に花を咲かせた。
暫くしてもう帰らないとと彼女が言ったのでせめてアドレスだけでも教えてくれと言い、半ば無理やりだったが教えてもらった。あんなナンパ紛いなことをしたのは初めてだったと思う。顔が焼けるように熱くなったのを覚えている。
「いらっしゃいませー」
「拓真さんこんにちは」
「あ、春香さん」
深夜前。自動ドアをくぐって来たのは彼女だった。
彼女は、急にアイスが食べたくなったんですと言い今アイスコーナーで頭をひねっている。来たのは良いけど、どれを買おうか迷っているのだろうか。うーんと小さく唸る姿も可愛らしい。
よしっ、と一つのアイスを掴んだ彼女はレジへ向かってきた。チョコのアイス。定番の選択。彼女なら一風変わった物を選ぶと思っていたがハズレた。例えば「中身は何かはヒ・ミ・ツ(はぁと)開けてビックリまさかの地球外生物も(中略)アイス」とか。あり得なくはない。
「お願いしまーす」
「あ、はい」
受け取ったアイスのバーコードを読み取る。
「お会計105円です」
「はい、どうぞ」
心臓が、跳ねた。
手渡しで小銭を彼女が渡した瞬間少し指が触れた。本当触れたのかは分からないのだけども、顔が真っ赤になっていくのが分かった。
真っ赤になった俺を見て、彼女は心配そうに「大丈夫ですか?」と聞く。
ちょ、やめて。反則ですそれ。
別に、女性に触れられたからといってこんな風になるようなやつじゃない。自分でも驚いた。彼女だからこうなったのだ。今まで恋人と呼べる存在は何人かいた。だが、これは全部はじめてだ。俺って、けっこう純情なのか?
大丈夫です、と答えたが彼女は退こうとしない。本当に心配しているのだろう。
「拓真さん、風邪じゃないんですか?」服の袖を掴んで言う。「今日はバイト休んで帰りましょう、ね?」
どうしてこんなにも可愛いのだろう。俺のことを真剣に心配してくれている。
ごめん、これは風邪じゃないんだ。違うんだ、そう言いたい。
――とまらない。
「春香さん」
「は、はいっ」
急に真剣な表情になった俺に驚いたのだろう。慌てて返事をする。
ドクンドクンと波打つ心臓。ちょっと待て、俺。だめだとまってくれ。
「風邪じゃないんです。春香さんに触れられるとこうなるみたいです俺」
ぽと思ったけど、俺は震える親指で送信ボタンを押した。
メールの内容は明日正午駅の前に来れないかというもの。飾り気のない、精一杯考えた内容だった。彼女はこのメールを見て本当に来てくれるだろうか。来てくれなかったときは―― 店長の言ったとおりそういう事なのだろう。
俺は深い深い溜め息を一つつき、布団へと入った。
雨は未だ拓真の身体を強く打ち付ける。
はびっしょりと濡れた服と共に拓真の気持ちもどんどんと落ちていった。雨粒が地面に落ちると言うよりは、深海に沈む財宝のように。深く重く。
14時45分彼女は、まだ来ない。
俺は結局振られたんだろう。
そうだよな、ただの家の近くのコンビニでバイトしている人ってだけだ。彼女にとってはそれだけだ。以上も以下もないのだ。そのくらい分かってるよ、自分で。
もう帰ろうと思った。
彼女は来ない。そうすっぱりと諦めてしまおう。そう最後に呟いたその時。
「た、くまさんっ!」
視界に入ってきたのは彼女。息が上がり胸を上下させ、髪に滴を光らせるている。
「ごめんなさい! どうしても外せない用事が入って」
俺の前まで来て見上げる。瞬間、彼女は真っ青になった。
「なんで、なんで、待っててくれたんですか。なんでこんなに濡れてまで……。っ」
ごめんなさい。そう言った彼女は視線をずらして肩を震わせた。時々嗚咽が聞こえてくる。
「春香さん、大丈夫、大丈夫だから。ほら、少し濡れただけだよ。それより、来てくれたってことは」俺期待してもいいのかな。
最後まで言いきる前に彼女は強く頷いた。
「私も、拓真さんのこと」真っ赤に頬が染まる。言葉を続けようとしていたが、恥ずかしいのかなんなのか噛んで上手く言えないみたいだ。どんどんと赤く染まっていく。
思わず笑みが漏れてしまった。
なんでこんなにも可愛いのだろう。俺はぎゅっと彼女を抱きしめた。
「わ、た、拓真さん!」
「ゆっくりで良いですよ。俺勝手に期待しときますから」
そう言うと、真っ赤な彼女は俺の腕の中で小さく深呼吸し小さい声で好きですと呟いた。
嬉しい。いとおしい。
ぎゅっと先ほどよりも強く抱きしめると彼女は慌てたように手を動かした。
「あ、すいません! 服濡れますよね」バッと彼女から腕を離す。
「服はもう濡れてるから大丈夫なんですけど……拓真さん風邪ひいちゃう」
ああ、心配してくれているのか。やばい、やっぱり嬉しい。
タオル持ってきましたからと言って拭いてくれる。
雨はいつの間にか上がっていた。綺麗な青空。彼女が来てくれたくらいからなのか、どうなのか。雨は彼女を連れてきて、彼女は晴れを連れてきた。
「春香さん」
「はい?」
「俺、雨も好きになれそうです」
そう言うと彼女はふふっと笑った。
「私は晴れのほうが好きになれそうかも。散歩、行きませんか?」
服を着替えてからとつきたし、俺の大好きな笑顔でまた笑った。
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