彼と私は電車に乗る駅が一緒だ。
降りる駅は違うけど、乗る駅が同じ。
ただそれだけなんだけどね。
──電車が参ります。ご注意下さい。
機械を通した声がホームに流れる。
彼は読んでいた本を閉じ、学生バックの中にしまう。
そして、すっとベンチから立つと電車が来る方を見た。
私は彼の姿を今日も見る。
黒い髪。銀縁の眼鏡。高い身長。真面目そうな雰囲気。
彼の黒の学ランは近くの進学校の制服だ。勉強もできるのだろう。
私が彼のことを始めて知ったのはちょうど去年。今日と同じように初夏の香りがする季節。高校に入学して暫くたった頃だった。
不安や期待をいっぱいいにして入ったはずなのに、2週間もたつと私は何の変化もない毎日に飽きはじめていた。
別に新しい環境に慣れなかったというわけではない。
慣れすぎてしまったのだ。
新しい友達もできた。優しい人達のばかりでほっとした。部活には入らなかったから、放課後遊びにいったりもした。
もともと飽きぽい性格だったからかもしれない。たった2週間だけど、充実すぎる毎日を過ごした結果がこれだ。
その日も私は学校に行こうと駅のホームで電車を待っていた。
いつも私は同じ所に立っている。近くにいるサラリーマンの人も昨日もそこに立っていた。
同じ人達。同じ景色。同じ時間。
だが、一つだけいつもと違った。
銀縁の眼鏡。黒い学ラン。彼は本を開きベンチに座っていた。
ぱっと私は目の前が明るくなっていくように感じた。
強く光と共に風が吹きこんでくるように。闇に輝く太陽のように。
いつもと違う時間をくれた彼は心なしか輝いて見えた。
私は彼を毎日見るようになって、直ぐに色々なことを知った。
例えば、近くにある進学校で、私の降りる駅の4つ前の駅で降りること。
朝から自転車で駅に来ること。
私と同じ学年で、1組だということ(これは学年証から分かった)。彼は周りの人と違うのか、何故か私は彼を見てても飽きないのだ。
逆に1日でも彼が駅のホームにいないと焦ってしまう。
いつもと違う毎日で喜ばしことなのに何故なのだろう。
次の日、彼はいつもと同じようにベンチに座っていた。
目に焼き付いたその姿のままだった。
(あ、とまらない)
「あの、昨日どうして居なかったんですか」
私は走って彼のもとへ行き声をかけた。息があがる。
え?と急のことにびっくりしたのだろう。本から顔を上げた彼は何が起きているのかというような顔をして、寝坊したんだと照れたように笑った。
ああ、いつもと違う彼を見れた。
初め声を聞いたからか、私は胸がどくどくと波打つのを感じた。
これはなに?
いつもと違うことに対しての期待?
それとも──。
初夏の香りと電車到着を知らせる音が二人を包んだ。
(091231)