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「ねぇ、今日の新聞もう読んだ?」
「まだ」
「じゃあはい。届きたてほやほやだよ」
「少なくとも届いてから三時間は経ってるだろ」

溜息混じりに新聞を受け取った青年は、大々的に紙面を飾る"名前"を目でなぞる。

「……あぁ、『紅眼の烏』か」
「そ、ほんと紅眼は大人気だよねぇ。殺し屋の中でもやっぱトップレベルの強さに実力なのは現場が物語ってるって感じ」

内容を要約するのなら、裏で根を伸ばしていた人身売買商の組織が一夜にしてメンバー数十人全滅、その現場から見て殺し屋『紅眼の烏』の仕事跡で間違いないだろうといったものだ。殺された全員、心臓を一刺しでその命を狩られており、実に無駄のない完璧な抹殺だとかなんとか。
紅眼の烏は頻繁に名前が挙げられる殺し屋の1人で、その仕事の受注率と実行率、一度に抹殺するターゲットの数はダントツだった。

"世間"に賞賛される殺し屋の中で最も世間的"名誉"を持つと同時に、「どこまでも死を貪り喰らう姿は、まるで烏のようではないか?」と言われてこの名がつけられたともいわれる。
できすぎるというのもいいことばかりじゃないんだろうか、と青年はふと思った。


「こういうの見ちゃうともしかしてやる気っていうか、自信なくしちゃったりする??」
「……別に、元からこんなとこまでいけると思ってないし」
「まーたそういうこと言う。今日も仕事入ってるんでしょ?そんな気持ちでいたら逆に狩られちゃうよ〜」
「そうならないように頑張ってるつもりなんだけど、一応」
「一応じゃ僕が心配なんだよ〜!ほら気合い入れて頑張った頑張った!」
「まだ朝だろ……」
「時間なんてあっという間なんだから!あ、そういえば新商品が入ったんだけどね」
「いやだからなんでレジの横に置いてあるのがチキンとかじゃなくて拳銃なんだよ……」




「えーこんなに親友の僕が大売りに売ってるのに買わないの〜〜〜〜?今なら友情割りで全額サービスなのにぃ」
「その営業トークに昼挟んでぶっ続けられた俺の身になれよ!割引されてもいらねぇ!」
「まぁ確かにいらないか〜その能力便利だもんね〜」
「そういう問題じゃねぇ」

「それじゃー今日も頑張ってきてね、健闘祈ってるよ『黒鷲』くん!」
「……お前はその呼び方しなくていいだろ」









日が沈み始める時刻、それは刃を携えた鳥たちがゆっくりと翼を広げる合図。
日が沈みきったその後、彼らは静かに飛び立つ。


鵙(モズ)にとっては絶好の餌場

語り手(カナリア)にとっては滑稽なお伽噺

復唱者(オウム)にとっては暇つぶしの御遊び

燕(ツバメ)にとっては最高の遊技場

大鷹(オオタカ)にとっては断罪を与える処刑場




そこに落ちるように降り立った黒鷲(クロワシ)は、目の前の獲物に必死に喰らいつく芽の若い雛鳥である。

今日も頼りない足取りで、握りしめきれない刀で、慣れない殺意を中途半端に創って仕事場に立っている。

本意でないとしても、仕方なかったことだとしても、この立場に身を置くと決めた時から、ただ殺し屋として仕事をこなすだけの日々で終わると思っていた。


















窓が派手に砕ける音がする。
そこにいた全員が、反射的に鉄パイプを、ナイフを、拳銃を握りそちらへと向ける。

風で舞い上がった黒髪は、飛びあがる寸前の翼のようで。
そこに見える紅い刃は、舞い落ちる羽根のようで。

それにほんの一瞬だけ目を奪われたターゲット達を、翼の下から覗く紅眼が見据える。


刹那、烏(カラス)の口元が静かに笑う。




「俺に殺されること、ありがたく思え」









それだけだと思っていた彼が、彼女に出会うまでは。






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