ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
追伸ふるさとのあなたへ[1/1]
幼馴染だかなんだか知らねーけどやること成すことケチつけられてうぜーことこの上なくてついでに口も悪くて、こんな奴と家が隣とかマジでついてねーよって何百回何千回と思ってきた。

あるときはこう。

「緑って…あんた一体何を目指してんの?人類史上初のビタミン生成?」
「な訳ねェだろうがブロッコリーリスペクトとかしてねェからなァ!?」
「えーでもー」
「っせー!散れブス」

そのまたあるときは。

「あ、そこのかっこいいお兄さーん」
「あぁ!?またおかしなこといいやがったらぶっ飛ば、」
「ノリ弁の海苔頭についてますよ〜」
「だからるっせーんだよぶっ殺すぞ!!」
とまあ最近だと大体こんな感じ。一日一回俺を小馬鹿にしないと死ぬ病気でも患ってんのかよクソが。とにかく俺にとっては迷惑極まりなくて、うざくて腹立って仮に目の前で死にかけててもぜってー手なんか貸さねぇ。そんな女。

「あーあーちっちゃいときは可愛かったのになー。なまえちゃん助けてーなまえちゃん苛められたよーって鼻垂らして」
「…だからテメェは何度その話したら気ィ済むんだよくそババァ。あー頭痛くなってきた」
「なんでこう育っちゃったかなー戻ってこないかなあの可愛い退〜。……大丈夫?ミントンする?」
「しねぇよ!っつーかどんな理屈だそりゃ!!」
同じ話を平気で何回も、どこで覚えてきたのやら煙草なんて燻らせながら楽しそうにくっちゃべるクソ女。事実だけに聞くに耐えなかった。

んで直近の、いや俺の予定では最後になるはずのバカ女との会話がこう。俺なりに精一杯考えた上での決断にも、またあの女は飽きもせずちゃちゃをいれてきやがる。

「マジで侍になるとかいっちゃってんのそろそろ身の程知れよ山崎のくせに」
「だからマウンテン殺鬼だっつーの!!テメェその名前で呼ぶなっつってんだろうがぶっ殺すぞ!!?」
何かを成し遂げようとか大義の為だとか、あるいはお国の為にだとかそういうことは一切考えちゃいなかった。地元ではまぁまぁ腕も立つほうだしまぁやってみても損はねぇかみたいな、その程度の理由。けどその割に、半端者にありがちな「やるからにはトップはってなんぼだろ」なんて野心のようなものもあったりなかったり。つまり甘く見てたって訳だ、現実というものを。

だから見送りなんてされても照れ臭ぇだけだし周りの視線もうざってーし。こんなこと言えばなまえは多分「せっかくきてやったのに」とかなんとか言うんだろうが、それなら俺も「お前が勝手に来たんだろうが」なんて返したはずだ。

「まぁがんばってこいよ。チビナス」
「……言っとっけどな、俺ぜってぇ『クソお世話になりました』とか言わねェからな」
「んだよつまんな。山崎マジつまんな。だからモテねェんだよ」
「っるせーよテメェのほうこそいっつもいっつも!!アバズレが!」
言葉選びを間違えた、と気づいたときには時既に遅し。ニヤニヤと胸糞悪い面をしたなまえがじわじわと距離を詰めて。

「なんだ、退ったら大好きなお姉さんに男が出来て寂しかったんだーそれで反抗的だったのかーよしよし」
「っな、違ーし!つーかお姉さんって年じゃねーだろうがババァ!」
「てめぇこそ遅すぎる反抗期こじらせてんじゃねぇぞあと夜遅くにばっか出歩くのもやめろ光合成できなくて死ぬぞ」
「お前それいつまで引っ張る気ィ!?」
全力でツッコむ隙をついたその一瞬、なまえがぐいっと懐に入ってきて。襟の中に何かを思いっきり突っ込んだ。

「…やだ…意外と胸板…厚い…」
「んだよ!気持ち悪ィよ!!マジで最後までなんなんだよテメェはよ!!」
女みてぇな顔してくねくねして、本当に本当にあのときのなまえは気味が悪いったらなかった。
でももっと気持ち悪いのは、真に受けてなんかないのに照れて赤くなってしまう自分だった。

「最後だから、だよ」
「あぁ?」
「それ私から、あんたへの最後の手紙。…覚えてる?昔交換日記なんて書いてたよね」
「あー…あったかもな、そんなことも」
「結局言い出しっぺのあんたが止めちゃったんだよね」
「…悪かったよ」
「え?」
最後の最後、こういうときくらい素直謝ってやるのも男の務めかもしれねぇなんて。そう思って口に出したはいいが聞き返されるとやっぱり照れ臭くて、再び憎まれ口を叩いてやろうとしたそのとき。汽笛が鳴り響いた。


「じゃーねー。誰かに苛められて辛くなったら手紙を開けるんだよー」
「誰が苛められっかバァカ!!」
なまえは汽車が走り出すまでずっと窓越しのすぐ側で微笑んでいて、たまに手なんか降ってきやがって。その言葉を最後に別れた。走り出してからは小走りで汽車を追いかけ、追いつけなくなってからもずっと手を降り続けていたと取り巻きの一人が言ってきたが俺は振り返りもしなかった。

「……クソお世話になりました、ってか」
「えっ?殺鬼さん今なんて」
「るせー何も言ってねェよ!」


ここで少しだけ、素直じゃない上に可愛げのないこの馬鹿野郎の裏話をしようと思う。
なまえ…なまえちゃんは、本当は彼女の言う通り「俺の大好きお隣のお姉さん」だった。ババァなんてとんでもなくて、年の差はたったの二つしかない。

「今は俺、っひ、なまえちゃんに守ってもらってばっ、ひぐっ、だけどぉ」
「んー?」
「おっきくなったらぁ、俺が、なまえちゃんを、守るっ、から」
「本当?それで?」
「俺の…お嫁さんに、なってくれる?」
「……ふふ、」
「なまえ、ちゃん…?」
「うふ、なるー!退のお嫁さん!幸せにしてよ〜」
「ほんと!?」
こんな約束もするくらい、本当に大好きだった。けどなまえちゃんの知らない、俺だけが知る真実も一つだけあった。それは―…。

少し時間を早送りしよう。プロポーズの真似事なんかとっくに卒業した頃、確かあれは江戸に上る二年程前のことだ。

「ちゃーす。ババァー回覧板。おーいババァ!いねぇの?」
悪ぶってた癖に変に律儀だった俺はそんな理由でなまえちゃんの家に上がり込んで、何度も入った勝手知ったる第二の我が家のような感覚で適当に進んでいって。そこで見つけたのが。

「おまっ…どうしたんだよこれ!!」
「…あ…?さが、る?」
なまえちゃんの男は碌でもない男で、身体に痣を作って帰ってくることも何度かあった。だが俺がいくら問いただしてもなまえちゃんはそいつがやったとは言わなかった。その結果がこれだ。

「んで別れねェ!?あんな男と!テメェの女こんな面にして、」
「止めて」
まん丸の青タンに覆われた目、大きな瘡蓋の出来た唇。目にした瞬間涙が出そうになった。
そう、俺の想いは幼い頃だけの淡い初恋なんてもんではなかった。どれだけ年を重ねても背丈が伸びても、他の女なんて目に入らなかった。だからなまえちゃんに付き合ってる男がいると知ったときにはかなりのショックを受けたし、手を上げられているらしいと聞いたときには臓が煮えくり返りそうになって。

「私のせい、らしいから」
「…は?」
「女に手を上げるような男じゃなかった。お前のせいでこうなった。…だって」
「っ、それでも…そんなにその男がいいのかよ!!」
じゃあ俺がこんなんなったのもお前のせいだっつったらお前は俺と一緒になんのかよ。似合わねェ髭なんか生やして頭は緑で手癖も素行も悪いこの俺と付き合えんのかよ。ぜってぇ嘘だろうけどおしめまで変えてやったことがある俺とセックスできんのかよ。…これはさすがに飲み込んだ。

「…わかんない〜」
「……。そうか」
痛々しい笑顔でそう言うなまえちゃんを目にした瞬間、俺の中の何かが弾けた。けどやっぱり変なとこ律儀な俺だけあって、一旦居間に戻り救急箱だけなまえちゃんに向かって放り投げて、そしてこう言う。

「じゃ、行ってくっわ」
「……え?」
後から聞いた話、血走った目で隣村へと歩んでいく俺に村民は皆怯え普段つるんでる連中ですら声もかけられなかったらしい。恐る恐る着いていく連中にも気づかぬまま俺は刀片手に隣村へと向かっていった。
着いてからは目に付いた奴から片っ端に襟首掴んでタナカとかいう男を探して回って、そのうち話を聞きつけた本人がのこのこやってきた。

「お前か〜?俺のこと探してるって奴ァ」
「テメェ、みょうじなまえって名前に聞き覚えは?」
「あァ?そりゃ俺の女だ、」
ここでも律儀に確認した上で、これでもかというくらいぶん殴った。本当は斬ってやりたかったが丸腰相手なら素手だろうと、本当に俺はなんだかんだで悪くなりきれない男だった。
たまにタナカの子分みたいのに殴り返されたが痛みなんて感じなかった。俺の後を追いかけてきた仲間もすぐに俺の意図を察して乱闘になった。俺は最後まで、タナカだけをひたすらに殴り続けた。


「…ありがとう、ね」
「お前の為じゃねーし」
「……。じゃあ何の為?」
「ムカつく奴がいっからぶっ殺してやった。それだけー」
「ふふ、そっか。かっこいー」
なまえちゃんの数倍傷を作って帰ってきた俺が格好いいだなんて、やっぱりこいつ馬鹿じゃねーのって俺は内心毒づいて。けど本当はその数段達成感みたいなものが勝っていたんだ。

強くなりたい。
この女のために、もっともっと強くなりたい。
そう思い始めたのがいつからだったか、今はもう思い出せない。

そうして俺は遠き江戸を目指し、浪士組に身を置くこととなる。



「ってェ…」
あのくそガキが、加減てもんを知らねーのかよ。その日もまた痣だらけの身体で一人部屋で毒づいていた。
地元じゃ一番だったはずの腕はトップをはるどころか全く立たずプライドをズタボロにされ、けどどうしても諦めきれなかった。いつの間にかそんな男になっていた。必死にしがみついて、食らいついて。一緒に地元を出た仲間は一人として残らず、だが俺は絶対に音を上げなかった。
何でそこまで江戸に、浪士組に執着したのか。意地もあったが、…ぼろぼろになって帰ってきたのをなまえに笑われたくなかった。ただそれだけだったのかもしれない。

「…んだよ、今日俺誕生日じゃん」
日にちの感覚なんてとうになくなる位には稽古に励んでいた。けどいつまで経っても武州の連中から一本取ることすら敵わない。
誕生日ということもあり、久しぶりになまえのことを思い出した。毎年毎年いらねーっつってんのに豪勢な飯作って、二十歳過ぎてまでケーキに蝋燭なんて刺してあの馬鹿。…嘘だ、すごく、嬉しかった。
お互い戦争で家族を無くし、けど俺が寂しくないようにそうしてくれてたんだって今ならわかる。あいつがどれだけ俺に愛情を注いでくれていたか、あいつのいたあの村がどれだけ温かかったか。どれだけ救いだったか。

もういいや、することもねぇし開けちまえ。
誰にとも無く、まるで言い訳のようにそう呟いて。どこまでも律儀な俺は一人きりの部屋なのに関わらずなるべく音を出さないよう、そっと封を切る。
手紙はこんな書き出しから始まっていた。

『なんだよ。結局開けてんじゃん寂しん坊さんめ。』
「うるせーな…」
読んだ瞬間あの人を小馬鹿にした、腹立つ笑顔を思い出し俺も少し笑った。次の行に目を走らせる。

『どうしたんだ。怪我でもしたか。嫌な上司に絡まれてしんどいか。女にフラれたか。それかクビにでもなったか?』
半分当たりで半分ハズレ。十四も下の恐らくこれから俺の上司になるであろうくそガキにぼこぼこにされたよ。

『まぁなんでもいいや。なんでもいいけどさ。』
んだよ。

『辛くなったらいつでも帰っておいで。ふるさとはお前がどんな馬鹿でも屑でも、ブロッコリーでも拒みゃしないよ。』
…そっか。けどうるせー、俺はブロッコリーじゃねェ。どっちかっつーとニラとかじゃね。

『でもこれ読んで、もうちょっと頑張ろうかなって、まだ踏ん張れるなって退が思うんなら。私は応援する。
退の将来のお嫁さんより』
「将来の嫁って…いつの話してんだよ。あいつ本当馬鹿じゃねーの」
気づくといつの間にか手紙にはいくつもの沁みがついていて、慌てて目尻を拭った。何度も何度も拭って、けどなんだよ、全く止まんねぇよ畜生クソがあの馬鹿女マジでふざけんな。これ以上濡れちまったらどうしてくれんだよ。もういいよこんな手紙、さっさと封に戻してどっか、押し入れの奥の奥にでも突っ込んどいてやる。

「どうせなら今の近況、知らせてこいっつーんだよ。お前今何してんだよ」
届くことのない手紙が室内に木霊する。涙なんて拭っても拭ってもキリがねぇし垂れ流しだ。

「幸せにやってんだろうな、じゃねーとぶっ殺すぞ。ざけんな」

そんな夜を過ごした後、俺はまた翌日から稽古に励んだ。泣き腫らした瞼のせいでいつも以上に地味な顔立ちになるわ濃いくまのせいで近藤の野郎にマジで心配されて碌なことが無かった。けど稽古だけはしっかりやった。沖田に「なんだよ急にやる気だして気持ち悪ィ」と言われようがどうでも良かった、土方に「なかなか様になってきたじゃねェか」と言われても今度は驕らなかった。ただただひたすら剣を降り続けた。


そうして四年後、そんな思い出を胸にまた俺は一つ年をとる。監察方筆頭山崎退として。


「ったくなんでぎりぎりで押し付けるかな、副長」
誕生日だというのにやっぱり仕事に追われる、いつも通りの俺。まぁどうせ予定もないですけどねと自嘲気味に笑って、今現在の俺は剣ではなく筆を握って仕事をしていた。

「山崎ー、お客だぞ」
「えっ!?もしかしてたまさ」
「いや違う。けど女だぜ」
お前も隅に置けないじゃねーか、なんて原田はなんだか楽しそうだが、俺のほうは全くもって楽しくない。
女…女…?残念ながら俺に、それも誕生日に訪ねてくるような女性はいないはずだ。この前の探し物の件?それとも食い逃げを捕まえた屯所近くの小料理屋の女店主が謝礼にでも来たか。そんなことをぼんやり考えながら、門へと向かって。
その人の顔を見た瞬間、声が出なかった。

「先に言っとく。あのときは許したけど今はシャレになんないから。ババァつった瞬間ぶっ殺すから」
「…なまえ、ちゃ…」
「誕生日おめでとう。全然変わんないね退は」
懐かしい笑顔で、今も変わらず煙草の紫煙を燻らせながら本物のなまえちゃんが言う。俺はというと声も出せない体たらくのくせして目はしっかりと彼女の左手薬指を盗み見ていた。

fin.20170203 くらげ
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