ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
ある雪の日、君を見る目が変わった日[1/1]
「こんな日に門番なんてついてないよね」
「そうですね、さすがに寒いです」
「今日もよく降るねぇ」
「降りますね」
「もう二月だっていうのにね」
俺がそういうや否やなんだか不貞腐れたような顔になる彼女、みょうじなまえは真選組唯一の女隊士であり、ここに来てもうすぐ二年になる。
彼女の反応を見るに何か失言でもあったかと口に出したことを頭の中で反芻する。そしてすぐに思い至った。

「嫌いなの?」
「?何がです」
「二月」
「あー…嫌いというか、出費がかさむなぁって」
「そっちか」
苦笑いを浮かべる俺を彼女は不思議そうに眺めていて、その視線がなんだかこそばゆい。なまえちゃんは確か雪国の生まれだったはずなのでてっきりホームシックにでもなっているのかと思ったのだがどうやら見当違いだったらしい。

「女の子一人だもんね。今年も全員に配るの?」
「じゃないと角が立ちますし」
「買い出し手伝おうか」
「それは助かります」
その日は吹雪というほどではないが、江戸ではあまり見られない大雪だった。屯所を訪ねる人間どころか滅多に人の行き来すらない。突っ立っているうちに死んじまうのではないだろうか。なんてまたサボリの口実を見つけた俺は手持ち無沙汰だったのもあってなんとなく雪玉を作ってみたのだが、予想外なことに彼女もそれに乗ってきて。

「私の故郷」
「うん?」
「二月の初めにお祭りがあるんですよ。雪像や氷像なんかたくさん作って」
「へぇ…」
「私も参加してたんですよ」
なまえちゃんはそう言うと何やら俺の顔から爪先まで随分と長い時間をかけて観察し、雪の塊をあれこれ弄くり回しまた俺に視線を戻しを繰り返す。

「もしかして俺、作られてる?」
「だめですか?私結構うまいですよ」
「…うん、それは見てわかる。器用なもんだね道具も使わず。祭りも俺が想像してるよりずっとすごいんだろうな」
「なかなか結構、すごいです。夜にはライトアップもされて」
「いいね、そういうの」
「じゃあいつか一緒に行きます?」
「えっ」
器用に指先を動かしながらなまえちゃんは驚く俺を可笑しそうに笑って。なんだ冗談か、とほっとしたような残念なような。

「まぁそんな事情があるのであっちではバレンタインなんて無縁だったんですよ、その頃には疲れきってますし」
「後片付けだってあるだろうしそうだろうねぇ。本命にもあげてなかった?」
「そういう子もいましたけど…私はさっぱり」
「じゃあ今は?」
寒いし指は冷たいし耳は痛いし、おしゃべりでも続けていなければ本気で死んじまいそうだった、というのもあるけど。さすがに根掘り葉掘り聞きすぎてしまった。そう気づいたときには、もう遅い。

「なんで山崎さんがそんなこと聞くんです」
これでもかってくらい眉間に皺を寄せたなまえちゃんの手の中で小さな山崎がぐしゃりと潰れる。それは「次はお前の番だぞ」という脅しにも見えた。

「ごめん、ごめんなさい。調子乗りました」
「いやっ、べ…別に。そんなに謝ることでもないです」
ちょっと驚いただけです、とまた雪像作りのやり直しを始めるなまえちゃんは表情だけ見ると確かに仏頂面だがよく見ると先程までに比べ心なしか顔が赤くて。…もしかしたら、また俺は勘違いをしていた?
なまえちゃんは同じ年頃の娘に比べ表情が乏しい子だ。監察方として入隊して二年、コンビを組むことも多かったが未だに読み取るのが難しい。けどそんなの関係なく、俺にとってはやっぱり可愛い後輩だから。

「…もしかして、うちの誰か?」
「!?や、やだ何言ってんですか」
そしてまたも砕け散る白い山崎。図星みたいだ。
思わぬところで明らかになった彼女の弱味に対しての好奇心、それから相手の男が碌でもない奴だったら堪らんという先輩としての愛が俺を更なるお節介者にさせた。

「誰さ、言ってみなよ」
「なんっ…で山崎さんに」
「言えないような奴なの?なら止めときなよ」
「…そういうことじゃ、ないですけど〜」
真っ赤な顔で下唇を噛みながら、なまえちゃんはなぜか周囲の雪をありったけ掻き集め始めて。みるみる間に大きな雪玉が出来上がる。それを眺めながらなにこれ照れ隠しなのなんか可愛いんですけど…なんて馬鹿な俺は思った。

「なんでそんな、山崎さんがそんなこと気にするんですか」
「いいじゃん可愛い後輩の恋路を応援したって。じゃあヒントは?どんなタイプが好きなのさ」
多分このときの俺は相当無神経な顔をしていたと思う。にやにやと無遠慮に笑って、野次馬根性丸出しで。
だからなまえちゃんが怒るのも無理はない…のだけど。

「あの、えっ何してんのそれ」
「ごまです」
「いや、えっ、ちょっまっ」
大きな丸い雪玉の上に、見たことのない恐ろしい形相で「ごま」とやらを次々乗せていくなまえちゃん。その間俺は唖然とするしかなかった。
やがて満足いく仕上がりになった(?)のか、ふうっと一息ついてからなまえちゃんが俺に向き直る。

「そんなに私の好きなタイプが知りたいですか先輩として。そうですかああそうですか」
「なまえ…ちゃん?」
「じゃあ言いますけど全然格好よくないしどちらかというとチビの部類だし馬鹿だし惚けてるし、ついでに今知ったけどめちゃくちゃ性格も悪いです」
鬼の形相でなまえが持ち上げる雪玉…否、あれはアンパンだ。それもマジでやばいくらいにでかいアンパン。

「普段地味な癖に趣味だけ変わってて。本当もう全然よくわかんないし」
「……え、っと」
「極限状態になるとこんなおかしなことまでする、頭のおかしいおっさんが好きですけど何か!?」
そしてそのアンパンを。俺に向かってスパーキーン!
なんて阿呆なことを言っている場合ではない。あれだけ大きな雪の塊を顔面に投げつけられたにも関わらず痛みは愚か冷たさも何も感じなかった。
地味で趣味が変わってて、馬鹿で、性格の悪いおっさん。そんでもってついでに真選組の人間の誰か…そこから導かれる答えは俺が思いつく限り一つだ。

正直なまえちゃんとどうこうなんて考えたこともなかった。彼女の言う通り年齢も離れているし本当に可愛い後輩、それか妹みたいにしか見たことがなかった。

「はい、知ってます」
「、えっ!?」
気づくとそこには、俺たちの他に隊士が二人。いつの間にか交代の時間だったようだ。
俺が一人で考え込んでいる間に引継ぎ作業を終えていたらしいなまえちゃんが、また普段通りの、感情の読めない表情でこちらを真っ直ぐに見据えていた。

「だからこそ言わないつもりでした。でも山崎さんが無理矢理言わせるから…。仕方ないじゃないですか。だから」
「……だか、ら?」
「……。とりあえず買い出し行きましょうか。付き合ってくれるんでしょう?」
これだからヘタレは、となまえちゃんがぼそりと、けど雪だけがしんしんと降り続けるその日にはよく響いてしまうような低い声でそう言うと、引き継ぎの隊士が不思議そうに首を傾げている。俺もまた何も言えず何度も首を縦に振ることしかできなかった。


「ついでに大好きな人の誕生日プレゼントも買わなくちゃだなー、あ〜出費がかさむわ二月〜」
「ちょ、なまえちゃん!?」
「本当のことですしー」
私服に着替え待ち合わせ、それから一度も振り向かず耳まで真っ赤にして足早に先を行くなまえちゃん。追いかけている俺も多分同じような感じ。道中でたまたますれ違った主婦たちが「あらいいわねぇ」なんて笑っていたから、多分なまえちゃんにとって好都合な展開に違いない。けど不思議と悔しいとは思わなかった。


fin.20170201
(文:くらげ お題:なな様)
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