ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
シールを集めてお皿を貰おう[1/1]
そろそろ半年の付き合いになるだろうその人は人一倍冴えない。そう言うとまるで私が性悪女みたいだがそんなつもりは微塵もない。ただ地味で存在感もない、漫画でいうならその辺にいるモブAかBだろう…って私ほんとに最低だな。

そんな風に存在をディスりながらも実はその人のことがほんの少し気になってるだなんて、死んでも口に出来そうにない。



「あ、なまえちゃんおはよう。今日もお疲れさま」
「おはようございます…山崎さんもお疲れさまです」

コンビニの裏口から自分の原チャリまで、へとへとになりながら向かう私に声がかかる。同じように目の下に隈を作り、疲れきった顔をした男の人。彼の名前は山崎退。噂によると結構年がいってるようなのだが実際聞いたことはない。

「今日も朝方までお仕事だったんですか?…大変ですね毎日毎日」
「…あ、ああ、うんまあね。そういうなまえちゃんこそ夜勤だったんだろ?よくやるよ。今日は?本職はお休み?」
「いえ…今日は本職も夜勤で」
「そ、そうなの…本当よく頑張るね。無理だけはしちゃダメだよ」
「はい…山崎さんも」

自分だってキツいだろうに、こうして毎回夜勤明けで出会うと優しい声をかけてくれる彼との共通点は割とある。コンビニはただのアルバイト、本職がある、夜勤(っぽいの)もしてる、(何故かマ●ジンばっか買って帰るけど実は)ジ●ンプ派、それから昔けっこうヤンチャしてた…とかまあそんな感じ。

今では見る影もないし、むしろその逆なんじゃないかと思うくらい地味で存在感が薄い。けれど時々、本当に時々だけど刺すような目をしてる時がある。それに気付いた時、もしかしたら私は山崎さんのことを見くびっていただけかもしれないと思わされるのだけど。バイト中の失敗談を他の子から聞いたり、同じシフトで入った時に半年経っても毎回店長に怒られている姿を見るとただの思い過ごしだったと考えざるを得ないのである。



本職が休みのある日、朝からシフトが入っていたため歩いてバイト先に向かっていた私は目の前からやって来た黒い集団とすれ違った。あれがこの辺じゃ有名な真選組という警察組織であることは知っていたけれど別に興味もなかったので特に気にすることもせず足を進める。

…だけどこの時、もう少し彼らに対して興味を持っていれば。というか、足を止めていれば…私の未来は違っていたのかなあ、なんて随分なことを考えた。



下品な笑い声が響く、汚い倉庫のような場所で目が覚めた。どうしてこうなったのか…紐で縛られているらしい身体が痛む。つい身動ぎをしそうになって、咄嗟に我慢して正解だった。すぐ近くで聞こえる二人分の会話。その内の一つは聞き覚えのある声だった。

「つーかお前いつからコンビニの店長なんてやってたんだァ?よく逃げ切れたよなァ、後の二人はすぐ捕まったみてーだけど」
「ああ…まあな。あれから必死こいてバイトから始めてよォ。ま、あの時の金があったおかげで店始められたんだけど。それよりお前こそよく無事だったな、今まで何してたんだ」

店長?なんで店長が…いや、そんなことよりこの状況は一体?

ずきりと痛む頭。…ああ、そうだ。バイト先に着いて、スタッフ用入り口のドアを開けたら目の前に店長がいて。挨拶しながら中に入ろうと思ったら後頭部に強い衝撃を受けて、それからの記憶がない。最後に見えたのは、驚いたように瞠目して私の背後を見る店長の顔だったっけ。

「俺か?俺ァ今攘夷党っつーとこにいんだけどよ。こんな馬鹿げた世の中変えようって奴らとつるんでる。あの時の金もそこに全部ぶっこんでよォ!ま、それなりに楽しいぜ!お前も来るか?」
「…いや、俺は遠慮しとく。コンビニの店長やるのも板についてきたとこでよ」
「はあ?マジかよ!お前なら絶対来ると思ったのによォ!」

どうやらもう一人の男は店長の昔ながらの知り合いらしい。それもちょっと、なんていうか…かなり怪しいニオイのする男だ。攘夷がどうやらというのもそうだけど、逃げたとか捕まったとか…何より"あの時の金"という言葉に妙に心臓がうるさくなる。一体なんの話をしてるのか…そして私はそれを知ったらダメな気がする。

「じゃあいーわ。お前金貸してくんね?とりあえず100万」
「え…?」
「稼いでんだろォ?それくらい余裕だろ?いいじゃねーか、俺最近ピンチでさ」
「…すまねえ、無理だ。従業員に給料も払わなきゃなんねーし、俺も生活はそんなに豊かじゃねーんだよ」
「ハァァ?なーに今更良い子ぶってんだよ!忘れた訳じゃねーよな?お前も俺も、銀行強盗やった上に仲間を見捨てて金だけ持ち逃げした犯罪者だって…あの時の犯人がテメーだって警察にタレこむことも出来るんだぜ俺ァ」
「…お前、」
「それが無理ならテメーんとこの従業員の女、あいつ売りに出すか。その手の収集家に言い値で売れるぜェ。…で、どうする?自分と従業員、どっちを選ぶつもりだァ?」

知りたくなくても耳には次々といろんな情報が入ってくる。まさか店長が犯罪者だなんて…恐ろしいことを聞いてしまった。しかも今、そのことを元仲間に揺すられてるらしい。そして私はどうも人質に取られた上に、店長の答え次第では売り飛ばされる予定だそうだ。

…ていうか、"その手の"ってどういうこと。

「…俺に、100万なんて大金出せるわけないだろ」
「ハッ…そうだろうなァ、テメーはそういう男だよなァ」

…あの、店長、それってつまり。

「…すまん、みょうじ。今までありがとう」

売ったァァァ!!!あっさり従業員売りやがったァァァ!!!ありがとうとかそんなのいらないから私のために100万払って店長ォォォ!!!

「さァて、売っぱらっちまうまえに一回楽しんじまうかな」

すぐ側で聞こえた男のその言葉に、ぞっとした。やばい。やられる。ただ売り飛ばされるだけじゃなく、未だ誰にも捧げたことのない貞操を奪われる。

背中を伝う冷や汗。待ってよ。私まだ、まだ30年も生きてないんだよ。限りなく30に近いけどまだ…そして人生半分も生きてない。やりたいことなんて沢山あって、いずれは誰かと結婚して子供だって欲しかった。それなのに、こんな顔も見てないような犯罪者にやられた上に売られるなんてあんまりだ。そもそも私に拒否権は?ありませんよね気付いてました。

覚醒してからたった数分、さっきまで冷静でいられたのが嘘みたいに私の頭はパニックになる。このまま寝たふりを続けていたとしてもきっと誰にも助けてなんてもらえない。誰にも知られないまま、ここで私の人生は終わってしまうのだ。

嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。

「あん?いつまでそこにいんだよ。テメーにゃもう用はねーよ、帰れば?」
「…ああ」

あっさりと短い返事を残して遠ざかる店長の足音と、男が縛られたままの私の身体を転がして着物の衿を無理矢理広げようと力を込めたのはほぼ同時だった。

「っ」
「あん?なんだ起きてんのか、なら話ははえーよな?」

人間、本当に怖い時ってのは声が出ないらしい。悲鳴も、拒絶も、言葉にならずにただ空気として出ていった。その間にも男は私の首筋に顔を近付け、片方の手を裾の中へと忍ばせる。っやだやだ!気持ち悪いよ誰か助けて…!!!

ぎゅっと身を小さくしたその時、もぞもぞと太股をまさぐっていた手がピタリと止んだ。次いで、どさりという音と共に覆い被さっていた男の身体が横に転がる。

「へ…」
「なまえちゃん!!大丈夫!?まだ何もされてないよね!?怪我は!?…来るのが遅くなってごめんよ、怖かったろ?」
「や、まざき…さん?」

その男の両腕にかちりと手錠を嵌めて、その人は私の隣に膝をつく。バイト仲間で、優しい人で、だけど人一倍冴えなくて地味で存在感もなくて。だけど真っ黒い、あの時すれ違った真選組の服を纏って、ちょっぴり困ったように…いやかなり険しい顔をして私を見下ろす、山崎退、その人が。

「どうして、ここに…」

ていうか、山崎さんの本職ってまさか…

「ちょっ…ごめん詳しい説明は後でちゃんとするから!とりあえず後ろ向いて、紐ほどくよ。あとこれ前隠してお願い」
「あ、はい…」

言われるがままにくるりと後ろを向かされて、ぐるぐると何重にも巻かれていた紐を何ともあっさりほどかれた。それからふわりと、まるで前掛けをかける要領で首から黒い制服を被せられる。…これは、かなり不恰好であることが予想されるが山崎さんは満足らしい。ふうと一息吐いて、それからガラリと空気が変わる。肌が粟立つような冷たい空気。あの時見た、刺すような目を転がる男に向けていた。

咄嗟に名前を読んだ。いつものふわふわした空気を持つ山崎さんじゃあない。

「なまえちゃん、本当に何もされてない?」
「あ、はい大丈夫で…」
「ほんとうに?」
「え、いや、あの…胸と足、触られたくらいでまだ未遂で…」
「そっか…分かった。じゃああっち向いててくれる?こいつとりあえずぶっ殺してから…」
「いやそれ全ッ然大丈夫じゃないから!!」

何考えてるんですか犯罪ですよ警察でしょ!?つい口を出たその言葉にハッとしたらしい山崎さんは慌てて「ごめんそうだよね、つい…」なんて言ってしゅんとする。うん…やっぱり元ヤン説は本当なんだ。別に疑ってた訳じゃないけど、なんていうか再認識したっていうか。

普段大人しい奴がキレるとヤバイって噂本当だったんだ…。

「…すぐに助けてあげられなくてごめん」

じゃり、山崎さんの頭が地に擦れる音がした。私の目を見ないように、ただただ頭を下げながら彼は言う。これじゃ土下座だ。

「いやそんな…やめてください、頭上げて」
「自分が生業としてる職もこなせないで何が監察だ…何が潜入捜査だよ…俺は真選組失格だ」

監察だとか潜入だとか、私には何がなんだか分からない。ただ、それが山崎さんの本当の仕事で、居場所で、信念とプライドがあって。

「ねえ山崎さん、やめて」
「怖い思いさせたね。嫁入り前の大事な身体に傷までつけて…本当にごめ、」
「それじゃあ山崎さん、責任取ってくれるんですね?」
「えっ!あ、お、俺に出来ることなら何でも…」

ここにいる彼が、紛れもない…本物の山崎退の姿なら。

「じゃあ本当の山崎さんのこと、ゆっくりでいいので教えてください。どこ出身で、何が好きで、どうやって過ごしてきたか。あと年齢、実は結構気になってたんです私」
「えっそれってどういう…」
「だって、"バイトの同僚"の山崎退はもういないでしょ」

そう言って笑えば、呆然と私を見返していた山崎さんも苦笑する。「困ったなあ…」なんて頭を掻きながら照れ臭そうに。

「こんなおじさん相手にしたって面白くもなんともないだろうに」
「人間ギャップも大切でしょ」
「んー…まあそりゃそうかもしれんけどさ」
「ちなみに私、サバ読んでたんで思ってるより年いってますよ」
「えっ嘘!?なんで!?サバ読む必要あったの!?」
「いや私が面接受けた時、年齢制限が18〜25だったんで」

実際はアラサーです。そう言えば心底驚いたという顔のまま私をじっと見つめる山崎さん。「何かついてます?」いじわるで聞いたその言葉にハッと我に返ったらしい。いつになく取り乱し始めた彼の姿を見てくすりと笑う私と「そっか…そっかあ」なんて何かを妙に噛み締め始めた山崎さん。

「で、まずは何から始めましょうか?」

とりあえず飲みにでも行きますか?なんて珍しく積極的に攻める私に気付いたのか。すっと細めた目と片方だけ上がった口角、まさに挑戦的な笑顔を覗かせて彼は言う。

「 あー…じゃあとりあえず、屯所で俺がバイトを始めた理由でも聞く?」
「なあにその誘い文句…なんてね、はーいお巡りさんについていきまーす」

はは、全く…なまえちゃんも物好きだなあ、なんて。言い出しっぺのくせにどの口が言うんだか。

伸びている男の手錠を柱に括りつけ、後処理は山崎さんの連絡を受けてやって来たスキンヘッドのいかつい方にお任せした。倉庫の出入口付近で同じく伸びている店長がパトカーに回収されていたけれど何の感情も湧かなかった。むしろ、ざまーみやがれ!!!なんて思う。

ちらりと窺うと山崎さんも同じような顔をしていたので顔を見合わせて思い切り笑ってやった。



そんなこんなで事件は終息を迎え、誰かさんの潜入のお陰で店長の余罪は私が喋らずとも既に真選組の耳に入っていたらしい。どうやら半年にも及ぶ潜入捜査は店長は勿論、あの攘夷党がどうたらの男もその仲間も芋づる式に検挙するためのものだったようだ。

つまり私は、意図せず囮になっていたということだろうか。…何それ辛すぎる。



当然、店長逮捕後コンビニは潰れた。つまり、私はバイトではあるものの一つ職を失ったわけだ。けれど暫くの間は貯金を切り崩しながらで何とかなっていたものの最近ちょっと…いや、かなり、生活が厳しくなってきた。

「じゃあうち来る?」

事件後、頻繁に会うようになった彼…山崎さんこと退くんはまるで"飲み行く?"くらいのテンションでそう言った。まさに今、居酒屋で飲んでいるというのにだ。えーと、それはつまり?

「うちで働けばいいじゃん。確か今女中の募集してたと思うんだ。仕事はちょっとキツいかもだけど給料はいいと思うよ、時給高いし。そしたら毎日でも会えるし…あっ違!違うからね!?」

一体何が違うというのか。珍しく顔を赤らめる彼はとても今日32歳になったとは思えないピュアぶりだ。いい加減にしてほしい。

「…じゃあ退くんの誕生日プレゼントはそれにしよ」
「えっ!?いや、それはそれで嬉しいんだけどさ…えっ!?嘘だよね?さすがにそれは冗談でしょ?」
「さあどうだろ」
「え〜〜なまえ〜〜!」
「プレゼント、欲しい?」
「欲しい!!!」

じゃーん、プレゼントは目の前にあります、なんて言ったら…さすがに図々しいかなあ。リボンはかかってないけれど愛だけはたっぷり…いや、さすがにそれは恥ずかしい。まだ酔ってないもの素面じゃ無理。

物としてもちゃんと用意していたプレゼントを渡し、退くんの誕生日をお祝いした後の出来事だ。上司の愚痴が自分を卑下する言葉に変わった午前2時。ハイペースで飲んでおり泣き上戸と化した退くんに向かって私は、結局ベロンベロンになりながらあの恥ずかしすぎる台詞を吐いたのだった。

(Umi様より20170210ご寄稿いただきました。ありがとうございました!)
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