ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
馬鹿みてーに真っ直ぐなお前とクソみてーに屈折した俺(前編)
土方ん家集まって夕方のうちから浴びるように飲んで、とっくに理性も失った俺は見たこともねぇ公園でついにぶっ倒れた。もう足上がんねぇ、頭もガンガンあほみてぇに痛む。こういうときは寝ちまうのが一番だ−…というそのとき、現れたのがその女だった。

「山崎くん。だよね…?」
「…アァ?」
「大丈夫?具合悪いの?」
「んだよ誰だよテメェはよ、俺はここで寝んだよッ」
「だめだよ今何月だと思ってるの?うち近いから、ね」
そうしてその女に無理矢理肩担がれて、女の家とやらに向かう道中も俺はずっと暴言ばっか吐いてたはずで。なのにその女は文句一つ言わずそれどころか「もう少しだから」「がんばって」などと俺を励ますようなことばっか言ってて。
そういえば誰だっけこいつ、とこのクソ寒い時期に必死に汗かきながら俺を支える横顔を見て、思い出した。

「みょうじ、なまえ…?」
「はい」
「うぉっ!?」
気づくとそこは見知らぬ部屋。俺はなんかやたらいい匂いのするベッドに寝かされていて、それを見下ろす形で女、いやみょうじなまえは椅子に座っていた。ただの寝言だよ返事してんじゃねーよ。

「具合どう?お水飲む?」
「いや…平気、だけど。腹は減った」
「何か食べたいものある?」
心配そうに眉を寄せてそういうみょうじなまえがマジで意味わからねぇ。
というのもこの女、学校一の美人として有名でもちろん俺も存在は知っていたが、この三年間同じクラスになることもなかったので特に接点はなかった。だからこいつがあの暗がりでしかも私服の俺を見て一瞬で名前が出てきたのもちょっとした驚きだったし、ましてやこのように甲斐甲斐しく世話をされる覚えもねぇ。

「…なぁ、なんで?」
「えっ」
「なんでこんな必死に世話してくれんだよ」
「なんでって。…彼女だから?」
みょうじなまえはそう言うとぽっと顔なんか赤らめて照れくさそうにそっぽを向いて。俺の方は開いた口が塞がらなかった。

「…適当でいいよね。作ってくる」
「え、あっちょっと」
俺の方を振り向きもせず、みょうじなまえは部屋を出ていってしまった。いや…え、はぁ?彼女ってどういうことだ。意味がわからねぇ。

実はまだ少し痛みの残った頭をフル回転させ、昨夜のことを必死に思い返す。すると案外あっさりと、俺はその場面を思い出すことができた。

『いんだよもう俺なんかよ、その辺捨ててけばいいだろうがァ』
『だめだよ雪積もってるし、死んじゃうよ』
『死ねばいーわ』
『…なんでそんなこというの?』
『土方でさえ、彼女の一人もいるっつーのによォ、俺なんかクリスマスも、そうだ誕生日だ。誕生日も一人でェ』
『そっか。山崎くん、寂しかったんだ』
『そうだ、あんた親切ついでにさ。なれよ俺の彼女』
『えっ』
『いーじゃんかよ〜実は俺に気があったりすんじゃねぇの?じゃなきゃしゃべったこともねぇ男家に連れ帰んねぇだろ』
『…わかった、よ。いいよ』
『よっしゃ初カノゲット〜!俺、明日誕生日だから。その前に逃げんなよォ?』
『しないよ、そんなこと』

全てを思い出した今、多分昨日なんかよりずっとずっと死にてぇ。
なにやってんだ俺、俺不良界隈では一応「鬼をも震えさせるジミー山崎」って呼ばれてんだぞ。何初対面の女に泣き落としで付き合ってもらってんだよ!馬鹿か!恥ずかしいどころの話じゃねーよ!!

自己嫌悪と羞恥でなんかほんともう、泣きそうになった。オンドゥル語で言うとオデノゴゴロハボドボドダ。
だがそんなの全くお構い無しというふうに、部屋にノックの音が響き渡る。

「できたけど持ってくる?それともこっち来れるかな」
「あ、あぁ、今行っから」
「わかった」
でも待て、それでもやっぱおかしくねぇか?
酔ってる上にあの態度、断りづらいのはまぁわかるが、だからってその先も関係を継続する理由がねぇだろ俺にもあの女にも。それがなんで自分のベッド貸して看病して、飯まで作ってくれてついでに顔なんて赤らめて。…まさか、マジで?
一瞬昨夜の「俺に気があったり」の部分を思い出しそう考えたが、うん、やっぱそれはない。いつだったか噂話で聞いたことがあるが、あいつはあの容姿だし校内はもちろん他校の男共からもかなりモテてるそうだがその全員が見事に玉砕しているらしい。きっぱりすっぱりその場でお断り、そこでついたあだ名が。

「あんたよ、高嶺の花って呼ばれてんの知ってっか?」
「え…そうなの?」
その高嶺の花がなんだって俺の分の味噌汁を目の前でよそってんだか。人生って何があるかわかんねぇもんだよなぁなどと思えるほど俺は楽観的ではなかった。
なのに俺でいいのかよ、って聞いたらこの女はどんな顔するんだろう。またさっきみたいに赤くなんだろうか。…その理由はやっぱ、考えても考えてもわかることじゃねェ。

「そんなことより、今日これからどうする?」
「あ?どうするってそりゃ…いや、まぁ何も考えてねぇけど」
「じゃあ一緒に出かけない?」
唯一思いついたもう一つの可能性が粉々になってぶっ飛んでいった瞬間だった。もしかしたらみょうじなまえは俺が怖くて断れず、今も仕方なく俺に付き合ってくれてんじゃねぇかっていうのが一番有り得そうだと思ったのだが。なのに当の本人が嬉しそうに外出しようなどと言うもんだからその考えも吹き飛んだ。

「あー…別に。いいけどよ」
「良かった。誕生日のお祝いさせてね」
そう言われればそう、日付変わって今日は俺の誕生日だった。これはこれで(昨夜のあれもそうだし)集ったみたいでなんだか落ち着かない、それも女相手に。なのに。

「何か欲しいものとかある?」
何が楽しいのかにこにこ笑って朝飯食ってるみょうじなまえが、なんだか可愛く見えてきて困る。




「それじゃどこ行こっか。予備校の合間縫ってだけど一応バイトはしてるから好きなもの言ってね」
「ん〜…ま、適当に見てまわんべ」
「そうだね」
「や、その前に昼飯か?」
あの後風呂借りて服まで洗って乾かしてもらって、みょうじなまえの家を出る頃にはもう午後一時を回っていた。
こうして数時間でも一緒に過ごしてみると案外普通に話せるようになり、思ったより馴染んでるかも、なんて。特に意外だったのはみょうじなまえが結構しゃべってくれるところだ。廊下ですれ違ったりで何度か見かけたみょうじなまえはなんつーか鉄仮面って感じで、そういえば友達とつるんで歩いてるのなんか見たことがない。高嶺の花って呼ばれてんのもわかる気がすんな、なんてその頃の俺は思っていた。
それがいざこうなってみるとしゃべるわしゃべるわ。ついでに鉄仮面だなんてとんでもなかった。普通に笑うし風呂上がって声かけたらめちゃくちゃびびってるし。なんだ意外と普通に女子なんだなと、こいつの見方が今日一日で百八十度変わった。…だが。

「何?じっと見て…なんかついてる?」
「あっいや。別になんでも」
不安そうに眉を寄せるみょうじなまえ、変な山崎くんとまた笑顔に戻るみょうじなまえ。普通に女子だろうが意外とやかましかろうが、やっぱ近くで見るとすげー美人でビビる。陶器のように白く滑らかな肌、大きな瞳に長い睫毛、形のいい唇。人形みてぇって多分こんな顔のことをいうんだろうなと思えば思うほど、何でこれが俺の彼女なのかが疑問だった。朝飯のときも思ったが食べ方も奇麗で育ちの良さが伺える。

「そういえばお前、みょうじの親って何してんの?昨日帰ってきてねーよな」
「昨日はたまたま夜勤だったの。…それと、あの」
「アァ?」
「もし山崎くんが良ければ、だけど…。みょうじじゃなくて、下の名前。なまえでいいよ」
マジで、なんでこれが俺の彼女?もしかすると俺は昨夜一生分の運を使い切ったのではないだろうか。そんで十何年後とかの未来はデブでブッサイクな嫁さんもらって子供ももれなく不細工で、こいつの写真見せて「父ちゃんもこんな美人と付き合ってたことがあんだぞ〜」なんて言ってたり言ってなかったり。んで「父ちゃんが?うっそで〜」って笑われんだ、不細工なガキ共に。
そんなことを考えていたらみょうじ、いやなまえに「山崎くん?」と声をかけられ、俺の思考が現実に戻ってくる。やべートリップしてたわ今。

「じゃあ、俺も…下の名前、退っていうから」
「えっ!?いや、それはちょっと!ハードル高い!」
「ハードル…?」
「も、もうちょっと慣れてからかな、って。…だめ?」
「別にいいけどよ」
「ん、ごめんね」
なんとなくもやもやしたまま昼食を食べ終え、自分が出すといって聞かないなまえをなんとか宥め割り勘ということで落ち着いた。
そっからはまぁ、適当に街中をぶらつく。よく行く服屋やらCDショップやらを巡ってみたがなかなかこれというものがなく、というか狙ってたものがことごとく売り切れていてやっぱ俺ってついてねー。

「あのよォ、なんつーの?やっぱこういうのってよ、縁っつーか」
「うん?」
「昨日の今日でプレゼント、っつーのがまずおかしいんだよ。第一俺なまえの誕生日も知らねーし」
「あ…えっと、割と終わったばっかりかも」
「ほら、やっぱ悪ィって。今日はもうこれで、」
「でも私、元々山崎くんの誕生日知ってたし」
「…は?」
「一年のときたまたま聞いたんだ」
なまえの話によると、こいつは去年までテニス部に在籍しており同じ部活の友達が俺と同じクラスだったらしい(名前を聞いたがピンとこなかった)。そんでその友達を訪ねてきたところ、ちょうど聞いた俺と多分土方の会話が。

『テメェこの俺様の誕生日にアンパン一個ってどういうことだよアァン?』
『あーごめんね〜実はさっき誕生日だってこと知ってさぁ』
『はぁ?ざっけんなよテメェ!来年忘れてやがったら承知しねェからなアァン!?唯一無(6)二(2)のジミーの日ってちゃんと覚えとけよ!?』
『そ、それじゃあ六月二日になっちゃうんじゃ…』
『っせーよ揚げ足とんじゃねぇ土方の癖によ!ちったぁ柔軟に生きろや!!』
どうして俺はこう変なとこばっかこいつに見られちまってるんだろう。聞いてるうちにそう言えばそんなこともあったなと思い出した。

「ということで唯一無二の日、ちゃんと覚えてるよ」
「…そりゃどうも」
「それからなんとなく、とは言っても去年だけだけど私その日のお昼はアンパン食べてたんだ」
あわよくば本人に渡してみようかなって思ってたんだけどね。
そう言って笑うなまえはやっぱ可愛くて、これが俺の彼女だなんて本当に信じられない。ただ男として嬉しくないかと言われればそれは嬉しいに決まっていた。
まぁ切っ掛けはあんなだったけど、こいつが嫌じゃないんなら、別にもうこのままでいいんじゃねぇかって。顔もいいし性格もいい、その上料理までできるんだ。付き合っているうちに好きになることもあるって聞くし、このまま、ずるずる…。

そんなふうに都合良く考えていた俺だった、のだが。

「じゃあ誕生日プレゼントはそのうち、山崎くんが欲しいものできたらそのときでってことでいいんじゃない?確かに急だったし。その代わり最後に文房具屋さん寄ってもいいかな」
「おー」
そこから多分歩いて五分くらい、俺みてぇのは普段なかなか寄り付かない大手文具店まで他愛もない話をしながら進んでいく。昨日土方が寝ゲロして大変だったとか、けどよく考えたらあいつん家だしまぁどうでもいいかってことになってそのまま帰った話とか。なまえは「ひどーい」なんて言って笑ってて、俺は何も気づけなかった。

「すぐ終わるから待ってて」
そう言って文具店コーナーのある二階まで、エスカレーターで向かっていくなまえに短い返事だけ返して、俺は適当に雑誌を読みあさっていた。ぱっと目についた音楽雑誌の表紙が今日まさにタイミング悪く売り切れてしまっていたアルバムのバンドで舌打ちすると近くにいた中学生がびくりと肩を揺らして、お前じゃねーしと心の中で毒づいて。そんなことをしているうちになまえは本当にすぐ戻ってきた。

「これ、山崎くんに。ごめん」
「あ?んだよいきなり」
「あ、プレゼントじゃないよ、多分山崎くん覚えてないと思うんだけど…。ごめんね、ずっと返そうと思ってたんだけど。私できなくて」
なまえから渡された小さな紙袋、訳も分からず開けてみると中には何の変哲もない消しゴムが一つ入っていた。覚えていない?ずっと?中身を確認したところで意味が分からないのに変わりなくて、俺は何も言えずただなまえの顔を見返していた。なまえはなまえで困ったように笑って、少しの沈黙の後意を決したように口を開く。

「入試のときにね、私消しゴム忘れちゃって。隣の席の子が同中で、どうしようどうしようって言い合ってて」
それを聞いて、すぐに思い出した。とは言ってもあの日は前の日殆ど寝ていなかったし、しかもうちのババァに「私立に行かせる金はねぇよ」っつわれててめちゃくちゃ緊張してて。あの日何があったかは覚えていたのだが、その相手が、まさか。

「無言で、『ん』って。山崎くん自分の半分に割って私に渡してくれたの」
「…俺あの日、帰ってから…なんだよ『ん』って、もう少しなんかあんだろトトロのカンタかよーって。思ってたの思い出したわ」
「あはは、私もすごく恥ずかしかった。多分うるさかったんだろうなって、皆受験でぴりぴりしてるのに大声でさ、だから山崎くんも機嫌悪くしたかなって」
「ちっげーよ!ただあれはほら、緊張してて。…けど、困ってたみてー、だから」
「そういうとこ、好きになったんだ。だって同じ学校受験するんだから言わばライバルなのに」
その言葉を聞いた瞬間、俺は硬直した。え、ちょっと待て、お前何を言い出して?
だが俺の気持ちとは裏腹に、なまえは本当に嬉しそうに笑って。

「ずっと見てたの。あ、もちろん消しゴム返さなきゃって意味でね?…最初はね、ごめん、先に言っとくけど山崎くん…見た目が怖そうだったから。それで、ちょっと話しかけにくいなぁって。私、思っちゃって」
「…うん」
「返さなきゃ、でも後にしといた方がいいかな、ってずっと、その繰り返しで…。けどずっと目では追ってて。そしたらさ、あれ?なんか山崎くんって、って」
自分では好き放題土方くんのこと殴るくせに、他の誰かにやられたって聞いた瞬間殴り込みにいったり。意外と動物好きで寄ってきた鳩にアンパンあげてたり。それから、それから―…。
少し恥ずかしそうに、けれど心から嬉しそうに、なまえが見た俺の話を上げ連ねていくの聞きながら、俺はやっぱり何も言えなかった。なんだよ、マジかよ、マジで俺に気があったのかよ。…嘘だろ。

「だからね、昨日山崎くんにとってはたまたまあのタイミングで私に出会って、本当に…たまたま、だったんだろうけど。私泣きそうなくらい嬉しかったの。だって」
ずっと好きだったから。そう言ってぽろりと一筋の涙を流し、笑うなまえを直視できなかった。
もしこれが俺じゃなく、別の男だったら手放しに喜べるのだろうか。気紛れで助けてやって、その結果誰もが羨むような美女の視線を独り占めして。わらしべ長者どんだけはしょってんだよってくらいの幸運だなって、…駄目だ、俺はこういうの、駄目だ。

「ということなので。…もし思ってたのと違ったなとか、やっぱ嫌だなーって思ったら別れてもいいよ。けど」
「…ん、」
「私は私で頑張るから。山崎くんが嫌になるまで彼女でいていいですか?」
なのにお前が、なまえが。またそんな顔で笑うから、言えなかった。…いや、違う。

「嫌…なんかじゃ、ねぇよ」
お前の好意につけ込んで、一心に想われているというのがこんなに心地いいもんだって、俺は初めて知ったから。
結局のところ俺は甘えていたんだ。なまえみたいないい奴を、これから傷つけることもあるかもしれない、泣かせるかもしれない、そんな可能性その辺にごろごろ転がっているのに。俺みてぇな奴なら尚更だ。なのに。

「彼女でいろよ。…ただしお前が嫌んなったら、そのときもちゃんと言えよ」
「あはは、多分それはないかも」
告られて好きじゃねーけど付き合ってみて、なんてよくある話だと思ってた。それがこんなに罪悪感、そしてよくわからない痛みを伴うものなんだって、俺はこの日初めて知ったんだ。

To be concluded.20170205
(文:くらげ お題:Umi様)
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