ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
世界一素敵な私の旦那様[1/1]
裏ではないですが少しそういった描写、単語も出てきますので苦手な方はご注意ください


「考えてみたら学生時代って選び放題だったのにな、なにやってたんだろ私勿体無い」という先輩の言葉に、それまで会話の殆どを聞き流していた私は内心驚いていた。え、いや、なんの話?だが聞き流していた手前もちろん聞き返す訳にもいかず、ただ目をぱちくりさせながらその彼女を凝視していたら喫茶店のテーブルを囲む別の先輩がまるで状況説明係よろしく言ってくれた一言のおかげでやっと合点がいった。

「まあなまえはまだ新婚さんだもんね、トキメキは旦那で十分でしょ」
「あーあ、私も昔は旦那にときめけてたのにな。いつからあんなビール腹になったんだろう、私の飯がいかんのか」
「いやいやあんたの場合それがなくても遅かれ早かれ他の男求めてたって、私の友達紹介しようか?」
「え、マジで?」
え、ええ、えええ。浮気ってこういうふうに始まるもんなの?こんなにあっさり始まるもんなのかよ、それでいいのか?
などとはまあ、先輩と後輩という関係である以上口には出せないけれど。ましてや私はまだ入って二ヶ月目のド新人だ。旦那の転勤に合わせて前の会社を退職し、新天地での再就職がなかなか決まらなかったため今の会社にはパートで在籍している。
開けっぴろげでさばさばしていて、ざっくばらんな彼女らに少なからず好意を抱いていたので、初めて食事に誘われたときは嬉しかったんだけどなあ。始めに「今日は仕事の話はなしね!」と言われたときはこうなるとは思わなかったのだ。既婚者二十代の女性が三人揃って旦那の愚痴や子供の話、ここまではいい。けどセフレがどうとかこの前逆ナンした高校生がどうのとか、うん、正直言うとついていけないマジで。
早い話、私はこの場に今いることをとても後悔している。

「なまえ は旦那で満足してるの?」
「満足…というと?」
「決まってんじゃん。セックスだよ」
「付き合って長いんだっけ」
これ、これこれこういうの。マジむ〜りぃ〜。最近はまっている某音ゲーのとあるキャラクターの口癖を心の中で思わず真似てしまうほどむ〜りぃ〜。
そもそも私は仲の良い友人にでさえこの手の話ができない。下ネタが苦手という訳ではないのだが、自分のこととなるとどうも苦手だ。自分自身はもちろん相手のことも無闇に曝しているようでなんだか申し訳ない気分になる。

「そうですね〜、中学の頃からの付き合いで、大学卒業してすぐ結婚したので」
「あのさ、まさかとは思うけど」
「はい」
「旦那が初めての男とかじゃないよね」
その言葉を聞いた瞬間、私は口に含んだばかりのグラスワインを盛大に吹き出した。
「まさかとは」って、まさかってなんだよ悪いのかそれが。初めての男と結婚したらいかんのか。多分そんな思いが顔に出ていたのだろう、先程からなんとなく助け舟を出してくれているらしいもう一人の先輩がまぁまぁと口を挟む。

「いいねー純愛じゃん。良い旦那さんなんだね」
「ふ〜〜ん。だから愚痴るネタもないってか」
「え…いやー、そりゃたまには腹の立つこともありますけど。些細なことで」
そういうと興味を失ったのか、彼女は唇を尖らせながら追加の酒を注文すべくやや大きすぎる声量で店員を呼び始めた。するとその隙をつくように助け舟を出してくれたほう、ミヤタ先輩が顔の前で手を合わせて、口パクで「ごめんね」と言って。…どうやら彼女、酔うといつもこうなるみたいだ。

「うちのなんてさぁ。浮気相手とSMだよ」
「うわぁ…それは引くわ」
「でしょ?まぁこっちも同じようなことしてるから文句言えないけど。でもさ〜SMはないでしょ」
「それってなんでわかったんですか?携帯見たとか?」
「そそ、LINEで『妻とはこういうの絶対できないからノノちゃんと会えて幸せだよ』とかもう気持ち悪いのなんの。そしたらデータフォルダにさぁ…」
「えっマジ?あったの?」
「あったどころかフォルダ分けまでされてたよ!縛りやら蝋燭やら!つーかノーマルでも私はもうテメェなんかとしたくねぇっつーの!」
一応相槌くらいはと思っての発言だったが、うん、これは他の男の人を紹介してほしいと思っても無理はないかもしれない…。さっき迄はドン引きもドン引き、ついには聞き流してしまっていたが、先輩も色々大変なんだなぁとつまりは引く対象が彼女のご主人に変わったのだ。
が、ここでまさか私に矛先が向くとは思わなかった。

「なまえはセックスしてますか」
「えっ…あ、はぁ。まぁまぁ?」
「頻度は」
「えーっと。そのときどきですねぇ。レスではないかと」
「最後にしたのは?」
「……いつかなー、先週末?ですかね〜」
「ノーマル?」
「どこまで聞く気ですか…」
ついに耐えられなくなり出た一言だった。一瞬あっ今のやばかったかも?とも思ったが、これは多分素だろう、ミヤタさんが大笑いしてくれて救われた。

「ほんとよ!あんたどんだけ探るんだっつーの」
「あっそっか、ごめんごめん。うちはこんなだけど他はどうなのかなーと思って」
「あはは、大丈夫ですよ」
「…でもねぇ、気をつけたほうがいいよ?」
酔いの勢いでグラスをぐらんぐらん揺らしながら、彼女は今日一番真剣な表情でそう言った。よく見るとグラスを回す仕草も決して強すぎず弱すぎず、多分酔ってはいるが理性はきちんと残っているのだろう。彼女は彼女で、これが「本当の素顔」なのかもしれない。

「私さぁ。確かにさっき言った、もっと良い男いたんじゃないかとかこいつじゃなくても良かったんじゃないのかなとか。そう思う部分も本当にあるんだけど、どっかで情っつーの?やっぱわいちゃってるんだよね」
「愛着みたいなね」
「そそ。ただそれとセックスは結びつかないってだけで。でもこうならない未来もあったかもしれないなって思うのよ」
「お互い、浮気なんかせず?ですか」
「うん。…だからなまえも、私みたいになりたくなかったらちゃんと旦那を縛り付けておくんだよー」
アブノーマルはせいぜいAVまで!
彼女のその言葉を最後に、今日はお開きとなった。



「うん、もうすぐ着く。帰りコンビニ寄る?」
『いや大丈夫。明日は土曜だしビール買ってあるよ』
「じゃあ一緒に飲もっか」
『そのつもりで今つまみ制作中ー』
「おーさすが!」
お互い遅くなる日は電話しながら帰宅するのがいつの間にか恒例になっていて、だから今日もこれで普通のはずなんだけど。先輩たちの言葉一つ一つが重くのしかかって、なぜか早足になった。

私は今日まで二ヶ月、彼女らも普通に旦那とだけセックスして旦那だけを愛しているものだと思っていた。不倫する人ってもっとこう、違う人種なんだと思っていた。けど違った。
なら、退は―…?
私の知らないところで退が何かしてるかもなんて考えたことがなかった。退に限って浮気なんてあり得ないと思い込んでいた。今日までは。

「ただいま」
「お帰り!ちょうど今ジャーマンポテトがいい感じにできたよー」
ほら、と得意げにフライパンを見せつける退はやっぱり普段通りで、いつもと変わらない笑顔で。おかしなのはむしろ私のほうだ。

「…退ぅ」
「えっ…っちょ、どうしたの」
「ん、ぎゅっとしたかっただけ」
なんだろう、なんだか罪悪感。勝手に不安になって勝手に疑って、ひどい奥さんだと思う。退にとったら理不尽なことこの上ないだろう。
けど、どうしても確かめたかった。

「もしかして酔ってる?」
「んーん。むしろ飲み足りない」
「ふっ、はいはい。ビール冷えてますよ、ついでにさっきのジャーマンポテトに、なまえの好きなエビアボカドサラダとアヒージョもあります」
「ん、苦しゅうない。近う寄れ」
「ああ、お代官様〜」
あれ今のちょっと違う?なんて言って笑う退、おかしなノリにもいつだって乗ってくれる、私の大事な旦那様。年のわりに幼い笑顔で「俺最近更に料理上達したと思わない?」って、やばい、なんか直視できない。打って変わってお前の心は醜いな、って突きつけられてる気分だった。
どうしようもないこの気持ちを爆発させてしまいたい、けど上手くできる気がしない。結局私は何も言えず、少し猫っ毛気味の退の頭をがしがしがしがし、しつこいくらいに撫でくり回して。すると退は。

「どしたの。なんか嫌なことでもあった?」
「……う〜〜…」
「そういうときなまえいっつもこれするでしょ。いいよ、言葉にしづらいならゆっくりで。ちゃんと聞くから」
今度はさっきまでと反対で、退の肩に私が頭を埋める形になる。そして私の髪をゆっくり撫で付けて、ついでに「ほら食べてみて?」なんてサラダまで口に運んできて。涙が出そうになった。

「今日ね、先輩らと初めてご飯行って。けど飲んでるうちに、…私が思ってたのと違ったっていうか」
「どんなふうに?」
「…。不倫とか」
「…マジか」
「うんそう、マジかーって感じ。そういうことする感じに見えなかったから」
「夫婦仲あんまよくないんだ」
「みたいだね。でも、なんだろう。そういうのもっと遠い世界の話だと思ってた私」
「意外といるもんだね」
「うん…」
退はいつだって、私の欲しい言葉で相槌を打ってくれる。すごく聞き上手だ。私はあまり会話というものが得意じゃなくて、すぐに言葉に詰まってしまって、言いたいことの半分も言えないのが常で。そんな私から上手に言葉を引き出してくれる、退との会話はいつだって心地よかった。

「それでね。私が先輩をそういう人だと思ってなかったように。退もって」
「…俺?……え!?」
「ごめん、別に疑ってる訳じゃない。けど本当青天の霹靂って感じでさ、誰だって実はそういう可能性あるんだなって気づいて、なんか」
「ちょっと待って落ち着いて!泣かない!俺神に誓って浮気なんてしてないからただの一度も!未遂もない全くない。だから安心して?」
「…本当?」
「本当。そういうなまえはどうなの?」
「私?私がある訳ないじゃん」
「でしょ?俺も同じ。けどそのなまえが言う、『誰にでもその可能性がある』だっけ。それでいうならなまえだってそうでしょ」
「…たしかに」
そう言われてみると確かにその通りで、本当どの口が言ってんだって感じだけど疑われるなんて気持ちよくない。だって私は付き合い始めたあの頃から、いやその前からずっと変わらず退だけを愛しているんだから。そう考えるとなんか、今まで「退に限って有り得ない」と思っていたのもなんだか、愛を感じるというか。
そんなこと感じさせないくらい私に愛情を注いでくれていたんだなって、今更気がついた私は本当に馬鹿だ。

「じゃあ本当に本当ね?私も退も、他の人とどうなんて一切ないんだよね」
「ないよー残念ながら。なまえは可愛いからそういう相手も作ろうと思えば出来るのかもしれないけど」
「退だってよく見るとかっこいいし。仕事もできるから心配。大丈夫?新しい会社に可愛い子とか」
「いても興味ないけどね」
なんだか申し訳なくて、それと照れくさいのもあって。嬉しさはなるたけ顔に出さないよう気をつけながら、そして可愛くないことばっか言いながら何度も何度もキスをした。たくさん抱きしめて、全身を使ってごめんなさいを伝えた、つもりだ。そんなのにまで乗ってくれるなんてやっぱ退ってほんと、

「…勃ってるね」
「…そりゃあ、ねぇ?」
「退もAVとか見る?」
「っ、…えーと。うん?ここで聞く?」
「へー見るんだ。どんなの?」
「どんなのって…別にそんなそんな見ないよ!?たまにほら、お互い時間合わないときとか、辛いというか」
「じゃあ普通のやつ?それともアブノーマル?」
「アブノーマルって…具体的になに?むしろアブノーマルってどっからアブノーマルなの」
「…SMとか?」
「あっそれはない俺全然興味ない」
「そっか」
最高の旦那様だな、なんて思った矢先に気づいた、退の下半身、大きくなってしまったそれ。どうしたらいいかわからなくてつい出た一言だったが、退がびっくりするのも無理はない。けど私は私で(主に先輩のせいで)どうしても気になってしまって。

「じゃあね、もしも、もしもだよ?そういうアブノーマルなのに興味持ったらさ。私としてね」
「…うん?…えっと、なまえ今自分が何言ってるかわかってる?」
「いいもん私は退がしてみたいなら。…今日ね、先輩が」
ごめん先輩、勝手にバラして。でもこの際全部言わせて下さい。退にだけはやっぱり何でも言いたいし、退だけには聞いて欲しい。そうして私は旦那さんのデータフォルダのくだりまで全て退に話してしまった。

「そういうことなら安心して。俺もう完全になまえ以外とそういうことする気一切ないから。…もししてみたくなったら、ちゃんと言う」
「ん、約束ね」
「だからなまえも言ってね」
「…?私も?」
「こういうふうにしてほしいとか、なまえ全然言わないでしょこの十年間何も」
ずっと俺の好きにしてるから。いつもより低い声で、退が耳元で囁く。相変わらず硬く大きなままのそれが私の下腹部のあたりにぐいぐい食い込んできて、おかしな気分になりそうになった。

「わかんない、そんなの…」
「…どうして?」
「んっ、退の…そのままですっごく、気持ちいいから。不満なんて本当にない」
さっきまであんな理不尽に疑って、少し泣きそうになって、しかもせっかく退が作ってくれた料理までほとんど箸をつけられず可哀想に冷めてしまったのに。なんで本当に、退はこんなに優しいのだろう。なんでこんな私を愛してくれるのだろう。私の方がずっとずっと、きっと退のことを好きだろうけど。…けどこれからも、何があってもそうありたいとも思う。

「ねぇ退。もうすぐ誕生日だね」
「あー…そっか、もう、明後日か」
「なんか欲しいもの、ある?」
退は私の上で少し考えて、やがてまたいつものあの優しげに目を細めた笑顔で言った。

「今も十年前も、なまえかな」
そんなこと言われたって私が喜ぶだけだってわかってるのかな、それとも本当にそうなのかな、そうならやっぱり嬉しい。なんて。こいつ多分確信犯だな。

そのうち考えるのも億劫になって、ただ退を抱きしめる腕に力を込める。どうか今年も最高の誕生日をあなたに迎えさせてあげられますように、そう何度も願いながら。

fin.20170204
countdown 2

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