ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
優しさの陰にひっそりと[1/1]

結果から言うと、告白は大失敗だった。
 だから言ったじゃん、となぜか申し訳なさそうな顔をする山崎を睨み付けて私は空になったグラスをテーブルに打ち付ける。

「うるさいぃぃぃぃ!!そりゃね突然だったよまだ数回しか話したことなかったよ成功するなんてこれっぽっちも思ってなかったわ!でもねこれをきっかけにこれからお互いを知っていきましょうみたいな!一回ぐらいデートしようかみたいな!それぐらい期待したっていいんじゃない?いいよね?うん、いい!!!!」

 黙って相づちを打ちながら山崎は私のグラスに二つ氷を追加して、焼酎を注ぎ込みカラカラと音を立ててそれを混ぜる。その上にさりげなくお冷の追加の注文まで。本当に細かく、気の回る男だ。

「それがさぁ、まさかのだよ!まさか!!くだらねェことにうつつを抜かしてんじゃねぇ。クビにすんぞって!!ひどい!!ひどいよう!!!!」

 思い出したらまた涙が浮かんできた。心底呆れた様子の土方さんの端正に整った顔。美しさというのは凶器なのだ。あらゆる意味において。

「ほらなまえちゃん落ち着いて。ちょっとペース速いよ。お水飲んで」

 店員さんから受け取ったばかりのお冷が私の目の前に差し出される。水滴に覆われたガラスの表面からその冷たさが予測できる。

「いらない」
「こら」

 口を尖らせる私に、まるで赤ん坊に手を焼くみたいに困った顔で山崎が笑う。こういう時はよく見ると、こいつも可愛いんだよなあなんて思いながらその顔をまじまじと見つめていたら今度は、あたふたと顔を真っ赤に染め上げる。

「もう、ちょっとで良いから、飲んで。落ち着くまでお酒はお預けだよ」
「なんだよー山崎のくせに私に指図しやがって。うるせー」
「はいはいごめんね」

 唇にグラスを押し当てられて、私は仕方なくその水を二口、ごくりごくりと飲み込んだ。喉の奥にさっぱりと冷たさが染み込んでゆく。

「ねー山崎ぃ私さあ、このまま土方さんを狙い続けたとしてちょっとでも可能性あんのかなあ」
「うーん……難しいんじゃないかなあ」
「はっきり言うな馬鹿」

 焼酎のグラスに手を伸ばしたら、ダメだよ、と諫められた。なんだこいつ、私のお母さんか。
 悔しいけど山崎の言うことはいつも、正しい。今回だって山崎には、まだ告白には早いと思うよ、なんて忠告されていたのだ。それを無視して先走ったら、はいこのザマでした、なんて。

「まあでもさ、副長だって鬼だけど、一応人間なんだから、根気よくアピールし続けたら、万が一ってこともあるかもよ」
「根気よくアピールし続けて万が一なのかよ」
「うーん、仕方ないよ。相手が相手なんだもん」

 また、困ったとでも言いたそうに山崎は笑う。あーあ、私も大変な人を好きになったものだ。
 ちょっと厠行ってくる、と言って席を立った山崎の姿を見送りながら私は、遠くに押しやられた焼酎グラスに手を伸ばした。氷の溶け込んだ焼酎の表面はほとんど水になっていて、二層に分かれたそれを私は一気に飲み込んだ。









 がんがんと痛む頭と、ゆらゆらと体に伝わる震動が気持ち悪くて、ゆっくりと瞼を押し上げた私の視界に入ったのは見慣れない景色だった。

「!?」
「あ、なまえちゃん起きた?て、ちょっ、暴れないで!落としちゃうから」

 私の顔のすぐ横にあるのはこれは、山崎の顔。両腕で掴んでいるのは山崎の肩。胸に触れるのは山崎の背中。私の両脚をがっちりとホールドしているのは山崎の腕。
 私は今、山崎におぶられている!!

「ほんとびっくりしたよ。俺が厠から戻ったらなまえちゃんはぶっつぶれてるし焼酎の瓶は空になってるし。だから無理しちゃダメって言ったのに」

 本当に世話の焼ける子だな、と山崎は笑う。よく見るとここは私の家に向かう道だ。酔い潰れた私を背負って、ここまで歩いてきてくれたらしい。本当に、本当に優しい男。
 けれどそんな感慨に浸っている暇など私にはなかった。

「ちょ、降ろして。山崎降ろして。無理、吐く……」
「え!?待って待って待って!今エチケット袋出すから!なまえちゃんがんばって!ちょっとだけ我慢!!」
「う……無理……うぷ……」

 間一髪。地面に下ろされた私の吐瀉物は山崎の出したエチケット袋の中へと着地した。寸でのところで私は道端にゲロを吐き散らかした女という汚名を被らずにすんだわけだ。

「なんでエチケット袋なんか常備してんの……準備良すぎて気持ち悪い」
「もう、下らないこと言ってないで。そこの自販機で水買ってくるからちょっと待ってて」

 丁度二十メートルほど先にぼんやりと、自販機らしき明かりが灯っていた。私をその場に置き去りして山崎がそこへと走ってゆく。小銭を投入してペットボトルを取り出したかと思うと、今度はまた私の元へ。

「なんで山崎はそんなに優しいの」

 頭の中に浮かんだ言葉は、そのまま口から飛び出していた。

「いいからほら、これでうがいして」

 差し出されたペットボトルの水を少し口に含んで、少し濯ぐと吐き出した。喉から鼻に、つんと響いていた胃酸の臭いが少し和らいだ。

「自分で歩ける?またおぶろうか?」
「ん〜〜〜大丈夫〜」

 山崎の腕を掴んで立ち上がる。地味な顔してなんだかんだ逞しい、男の腕。
 一度吐いた分いくらかましにはなった気もするが、相変わらず胸の奥がむかむかと気持ち悪い。頭の奥もがんがんと痛みを訴えている。夜風が肌を冷やして、少し気持ちいい。

「ホント、なまえちゃんは無茶するんだから」

 ふらついた私の肩を支えて山崎は笑う。

「早く実るといいね。なまえちゃんの気持ち」
「山崎はなんでそんなに優しいの?」

 また、思ったことがそのまま口から零れ出していた。優しい。山崎は、本当に。
 少し面食らったように目を丸めると視線をそらして、山崎は恥ずかしそうに鼻の頭を押さえた。

「うーん、ほら、俺なまえちゃん好きだからさあ、なまえちゃんが嬉しそうにしてたら俺も、嬉しいよ」
「ふーん」

 そっか。友達だから、幸せになってほしいと思うのかな。
 友達だから毎日めんどくさがらずに話聞いてくれて、やけ酒に付き合ってくれて、潰れたらおぶってくれて、挙げ句の果てにはゲロの処理まで?……そんな馬鹿な!
 唐突に私の頭からは、酔いがさっと醒めていった。

「え、待っ……山崎、好きって、それ、好きって……え、友達として、じゃ………ないの?まさか」

 何言ってんの、俺達親友でしょなんて間の抜けた返事をそれでも私は心のどこかで1%くらい、期待してたのだと思う。だって、そうでもなければ余りにもそれは……
 けれど目の前で真っ赤に染まった山崎の顔はもう、何も言わなくても答えをはっきりと表していた。

「馬っっっっ鹿じゃないの!?!?!?」

 大声をあげた途端に忘れていた頭痛ががんがんと襲い来て、私は思わずその場にうずくまる。慌てて山崎もしゃがみこんで心配そうに私の顔を覗き込んだ。
 ダメだ。恥ずかしくて顔から火が出そう。私は私に惚れている男の前でありとあらゆる恥態を晒し、ゲロまで吐きました?そんな馬鹿女どこにいるっていうのだ。そしてそんな馬鹿女に惚れているくせに他の男の話を延々と聞いて、その恋路を応援する?そんなのもう、絵に描いたような馬鹿と馬鹿じゃないか!!

「山崎、私……帰る」
「うん、帰って早く寝た方がいいよ」

 どうしてこのまま部屋でもう少し話そうとか、強引に何かしようとか、そういう空気が出せないんだろうこの男は。そんな山崎に心のどこかで少し溜め息を吐いて、そしてどこかではまたそんな山崎のらしさに安心しているのも事実だった。
 そういえば山崎といるとドキドキはしないけど安心するなとか、もう少し家が遠ければいいのにとか、いややっぱり今日は早く帰りたいとかいろんなことを考えながら私は一歩一歩、自宅へ向かう道を歩み続けた。


(さくらもち様より20170201ご寄稿いただきました。ありがとうございました!)
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