鈴宮さんのお部屋 | ナノ

軌跡を追って、あなたの想いを。
A family does not have a boundary line.


その日は、お互いの仕事もなくのんびりと日向ぼっこをしていた。

「犬夜叉のお母さんってどんな人だったの?」

俺はあまりにも唐突に聞かれたから、びっくりして「あ、あぁ」と曖昧な合槌しか打てなかった。今まであまり触れてこなかったことを、なぜ今となって聞いてきたのだろう。

「…だって、犬夜叉のお母さんは私のお母さんでもあるんだよ?
 家族を知りたいのは当然でしょう?」
「おふくろは、…優しかったよ。
 俺はどっちにも行けなかったから…、いつもおふくろは俺のそばにいてくれた」
「そっか、犬夜叉はお母さんにたくさんの愛をもらったんだね」
「あぁ…、 俺は半妖で良かったと思えるようになった。
 かごめにも、弥勒にも珊瑚にも七宝にも…俺が半妖じゃなかったら逢うことはなかった。
 だから、おふくろが人間で、おふくろがあの人で良かった」
「ふふっ、そうね。 
 あのね、…私もね、犬夜叉が犬夜叉で良かった」
「あぁ、…そうだな」


 ―――犬夜叉、これから話す母の話をよく聞いてくださいね

おふくろ、…おふくろは、どんな気持ちで俺を育ててくれたんだ。
俺は、おふくろにとって疎ましい存在じゃなかったのか。
周りからは白い目で見られて、地位だってないようなものだった。
そんな中、俺を生んで、一度でも後悔はしなかったのか…?


「犬夜叉、大丈夫?」
「ん…何がだ」
「何って、…泣いてるのよ犬夜叉」
「えっ?」

頬をぬぐってみると、右目から自然と涙が流れていた。
泣きたいとも、泣こうとも自分では思ってなかったのに。

「なんでだろうな…」

手から涙が伝って、
地面に吸い込まれていくようにポタリと落ちた。






Your son has the strong heart.


『母の腹に、まだ犬夜叉がいた時の話です。』

月の綺麗な夜。
まだ幼い犬夜叉を膝の上に載せて、…少しだけ昔を思い出すように、十六夜はゆっくりと話し出した。

『父は、母の様子をよく見にここに来てくれたんですよ?』
「ちちうえが?」
『えぇ、…とても、心配性でしたからね。
 犬夜叉、お前を生んだときも父は来てくれましたよ。でも…』
「?」
『父は母を…お前を守るために、
 …闘って、死んでしまったのです。
 そのとき、名前を…父と別れるときに、お前の名前を犬夜叉と決めてくれたのです』

一呼吸おいてから、十六夜はまた犬夜叉に語りだした。

『今、犬夜叉…お前が着ている緋鼠の衣は、父に頂いたものです。
 鎧代わりにもなるほど、とても丈夫なものなんですよ?』
「これが?」
『えぇ、まだ…犬夜叉には鎧となる必要はありませんがね。大切にしてくださいね』
「うん」

ふふっと微笑んでから、十六夜は犬夜叉の頭を撫でた。


貴族の娘である私が…半妖を産むというのは、そう簡単なことではなかった。
産むことができただけでも、奇跡にほど近い幸福だったのでしょう。

だからあなたと犬夜叉と一緒に過ごすということを望むのは…
高望みだったのかもしれません。

あの時、あなたの目を見たとき…あの御方と相打ちをなされようとしているのが分かりました。たとえ手負いだったとしても、あなたに敵うものが居るはずがありませんからね。
そうして…あなたは、本気で私達を想ってくれたから…死を選ばれたのですね。

そして、本気で挑んでくるあの御方に敬意を示すために。







Love to the extent that it cannot finish telling


「ははうえ?」

犬夜叉を撫でていた手を止めて、私は月に手を伸ばした。
指の隙間からこぼれる月の光が優しい。

『犬夜叉に、父の姿を見せることができなくて
 …母は、残念でしかたありません。
 父は、とても立派な方でしたよ。』
「へー」
『父も…犬夜叉が産まれると聞いたときとても喜んでくれました。
 一生懸命に犬夜叉の名前を考えていましたよ』
「ほんとに?」
『えぇ、…少し、ふふっ、
 …いつも冷静な父が、犬夜叉の名前を考えるときは眉間にしわまで寄せて考えていましたよ。
 あのお顔は…すこし面白かったです』
「ちちうえは、おもしろいお顔なの?」
『ふふっ…ちょっとそれは違うかしら』

あぁ、犬夜叉に…
私はどれくらいの想いを伝えてあげられることでしょう。

あなたの想いも、私の想いも…
きっと、伝えきれないでしょうね。

「ははうえ?」
『…犬夜叉、これから話す母の話をよく聞いてくださいね』

ふーっと一呼吸ついてから、
私はできる限りこの子に、犬夜叉に伝えなくてはならないのです。

私が、あの方が、
どれほど犬夜叉を想っているのかを。


『犬夜叉、母も父上も…
 あなたが幸せになることを祈っていますからね』
「しあわせ?」
『えぇ、幸せです。』

そして、もうひとつ。
まだ幼いこの子には…、
いや、幼い今から覚悟させる必要があることを。

『そして、…きっと、
 ……犬夜叉はこれから…過酷な、辛いことがあるでしょう』
「…うん」

幼心にもわかる、自分が異端(半妖)であるということ。
犬夜叉、あなたは…一生背負っていくしかないのです。ですが、…。

『犬夜叉』
「?」
『きっと、すべてを受け入れ、包み込んでくれる方がいますよ。
 人間は…、 悲しいことに周りの人は悪意を持っているものが多いですが……、
 ですが、そんなに悪い人ばかりではありません』
「…そうなの?」
『えぇ、…あなたが心から相手を想えば、必ず…必ず、います』
「うん」

けして、泣くまいと思いながらも、何度も声がかすれた。
あぁ、辛いのは犬夜叉であるのに。
これから…、生きていくのはこの子であるのに。
幸せになってほしい、そう想って犬夜叉の頭を優しく撫でた。


『犬夜叉、―――』










Thank you for being born


―――…やしゃ、いぬ…しゃ、犬夜叉

かごめの声が聞こえて、ばっと身を起こせばそこには母がおらず、俺ももうガキの姿ではなかった。

「大丈夫?」

頭がボーっとする。
状況が把握できてない頭を少しばかり整理して、なぜこんな外で寝ていたのか考える。
あぁ、そうか…日向ぼっこしてるうちに寝ちまったんだ。

「俺…変な寝言でもいったか?」
「ははうえって」
「そうか…」

眠る前にかごめと、あんな話したから夢に見たのかもしれない。
…それにしても、おふくろは最後になんて言ったのだろう。

「お母さんの夢でも見た?」
「あぁ…、俺が子供だった頃の夢だった」
「犬夜叉の子供時代かー…、ふふっ、想像できないなぁ」
「かごめはそのまんま単純だったんだろーな」
「失礼ねぇ…子供の時より成長してるんだから」
「そーかぁ?」
「そーよ、そういう犬夜叉も今と変わらず頑固者そうね」

そう言ったかごめの手を引いて、自分の腕の中に閉じ込めた。
「この野郎」なんて冗談言いながら少しだけ強く腕に力を入れて抱きしめる。

「犬夜叉」
「ん?」
「ふふっ、あのね好きだよ」
「…知ってる」

今まで何回か言われたことのある言葉であったとしても、やっぱり照れずにはいられない俺は、右手を口の方に持って行ってかごめが下からのぞけないように顔を隠した。
…まぁ、かごめにはもうバレてたようで、くすくすと笑う声が聞こえているのだけれど。

「それとね…」

今度はかごめが下を向いた。
たぶん、照れてる。



『「生まれてきてくれてありがとう」』



その声はどこかおふくろと重なって聞こえた。
あぁ、そうか。

おふくろが最後に言ったのはこの言葉だったからだ。

「おぉ、ありがとな」

最後のほうはだんだんと声が小さくなっていって、
俺は先ほどよりも強く、つよくかごめを抱きしめ直した。


軌跡を追って、あなたの想いを。
あのね、生まれてきてくれてありがとう

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -