ぼくの考えた秘密基地 そのさん
土の匂いと共に、柔らかな風が頬を撫でている。
その感覚を噛みしめながら俺はゆっくりと目を開くと、そこは暗闇でも、会社でも無くなっていて、ただ心地よい木漏れ日が落ちているだけの森林に存在していた。
見渡す限り青々とした緑のなかで、俺はこれまでのことを静かに思い出した。
そうだ、俺は坂から落ち続けているうちに、その状態に俺は慣れてしまい、いつの間にか眠ってしまったのだ。
過去を思い出せることはできたものの、一体どうやったらこんなところに行き着くのか理解できず、時間がたつにつれてどうしようもない怖さがこみ上げてきた。
「折原!」
恐怖心を和らげようと咄嗟に部下の名前が口から出たが、肝心の折原は闇と共に跡形もなく消え去っていた。
緊迫した心とは裏腹に、穏やかな小鳥のさえずりが耳を満たしている。
動機は未だに収まっていなかったが、ここでじっとしていることも出来ないので俺は立ち上がった。
このままじっとしていても、不安が消えることは無いだろう。
どの方向に行けばよいのかもわからないので、俺はまっすぐ歩いていくことを決めた。
コンクリートの固い感触ではなく、柔らかい土の感触があることが新鮮だ。
歩くたびにそれに気づかされて、進むうちに俺は故郷を脳裏に描いていた。
俺の生まれた場所は今住んでいるところとは程遠い田舎であった。
海とサトウキビしかないその場所で、いつも俺は腹を空かせていた。
何か食べたい、食べたいという思いを忘れさせるために友人と遊びまわっていたあの頃。
遊んでたやつらは、今何をしているんだろうか。
そんなことを考えていると、なんだか不安は小さくなっていくような気がした。
ここなら、木の実などもあるだろうし飢え死にすることはないだろう。
そう思うといっそう心に余裕が出来た。
けれども人の影は一向に現れる気配は無かった。
俺の真上にあった太陽は、いつしか森にのまれていた。
「火はライターでつけられるが…」
やはり、一人は寂しい。
小鳥たちも、自分の寝床に帰ってしまったようで、さえずりも聞こえなくなっていた。
そんな時である。
顔が綻んだ。
遠くに煙があがっているのが見えたのだ。
心を躍らせて、足は軽くなり、俺は走り出した。
周りの木々は夕焼けでオレンジ色に輝いている。その景色が、視界に入っては出て行く。
しかし、昔のように駆け回ることは出来なかった。使い古された足はすぐにもつれ、右足がつんのめって俺は地面に叩きつけられた。
鈍い痛みが体中を走ったがその痛みを気にも止めず、俺はごろりと寝転がった。
心臓がはち切れそうで苦しかったが、何故か笑いが込み上げてきた。
転ぶのなんて久しぶりだ。
最近まで都会で人にぶつからないように歩いていたことが、遠い昔のように思えた。
汗がひくまで寝ていようと俺は空を見上げたが、そこから見えたのは違う光景であった。
人の顔がにょきりと出ていたのだ。
「うわ!?」
俺は驚いて起き上がろうとしたところ、その拍子に人の顔とぶつかった。
二度目の痛みが顔を襲う。
この痛みは無視することができない。体を起こす威勢がものすごかったのだ。
突如現れた顔も、同じように痛みに襲われて呻いている。
「痛い…」
少女の第一声はこれであった。
彼女は痛みで眉をひそめると、その顔で俺をぎっと睨んだ。
「俺も痛いよ」
睨んでいる顔は全く怖くない。だから俺はしれっと返した。
周りの力強い自然とは相反している容姿をしている少女だ。色白で、ひょろひょろしている。
少女は衝突した額をさすりながら、第二声目を発した。
「君、なんでここにいるの?」
一回り以上年下の女に君呼ばわりされるのは新鮮だ。
「わからない」
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