――ねェテツ君、ちょっと相談に乗って欲しい事があるんだけど、いいかな?
部活の休憩時間、桃井に遠慮がちに話しかけられた黒子は、スポーツドリンクのボトルから口を離した。
「全然かまいませんけど、ボクでいいんですか?青峰君とかにも話を聞いてもらった方が…」
「ううん、絶対にテツ君じゃないとダメなの!」
自分で役に立てるだろうかと首を傾げる黒子に、桃井は即座に首を横に振った。
その必死の表情を見て、どうして否と言えるだろう。
「…それで、どうしました?」
「…実はね、最近この辺りに変質者が出るらしくて…」
「…変質者?」
「そうなの、あまり話題にはなってないんだけど、今月に入ってからもう3件も被害が出てるらしいよ」
ある者は後を尾けまわされ、ある者は露出した男の局部を見せつけられ、またある者は突然抱きつかれたとか。
桃井の説明に、日ごろは表情の変化に乏しい黒子も、思わず眉を寄せることになった。
「…それは悪質ですね」
「…それでね、その話をしたら青峰君が気にしちゃって……心配だから毎日ちゃんと送り届けさせろ。自分の都合の悪い日は、キセキのみんなでローテーションを組めばいいからって言い出して…」
「青峰君が心配するもの当然ですよ。あまり頼りにはならないかもしれませんが、よかったらボクにも協力させてください」
「……本当に、そう思う?」
「…え?えぇ、勿論です」
そこでキラリと目を光らせた桃井を訝しく思いながらも、黒子は素直に頷いてみせた。
「…でもほら、ほんとに被害に合うか分からないのに、毎日みんなに迷惑をかけるわけには…」
「被害が出てからじゃ遅いです。可能性がゼロじゃないなら用心するのに越したことはないでしょうし、桃井さんほどの美人さんなら特に気を付けないと」
「きゃあっ!やだもう、テツ君ったら口がうまいんだからぁ!――て、そうじゃなくて!…えと、ほら、全中の予選も近いし、みんなの負担になったら悪いかなって…」
「桃井さんのことを心配したままじゃ練習にも身が入らないでしょうし、自分にできることがあるなら協力したいってみんな思ってるはずですよ。赤司君の許可はもらえたんでしょ?」
「…うん、様子を見ながらだけど、交代でやれば問題ないだろうって……じゃあ、テツ君も協力してくれる、ってことでいいかな?」
「はい、もちろんです」
「よかったぁ!……ねぇ、みんな!テツ君オッケーしてくれたよ!」
桃井の呼びかけに、珍しく黒子のそばから離れていた青峰や黄瀬をはじめ、それぞれ思い思いに休憩をとっていたキセキの世代たちが集まってくる。
「そうか、よくやってくれたな桃井」
満足そうに頷く赤司は、何故か桃井に労りの言葉をかけてから、黒子へと笑顔を向けた。
「…そういうわけで、今日からは必ず誰かといっしょに下校するように――分かったな、黒子」
「はい、分かりました――って、え…?」
何故それを自分に言うのかと、戸惑った様子を見せたのは黒子だけ。
「よし、んじゃとりあえず今日はオレが送ってくわ。…あ、テツ、ついでにお前んち寄っていいか?こないだ言ってたDVD、いっしょに見ようぜ!」
「えー、青峰っちばっかズルいっスよ!オレだって黒子っちといっしょに帰りたい!…ほら、どうせなら大人数の方が楽しいし!ね、黒子っち?」
「…この時間から邪魔したのでは、黒子のご家族に迷惑になるだろう。しばらくオレたちが送り届けることをちゃんと説明した方がいいだろうし、お前たちには任せておけないのだよ。だから、その……お、オレが行ってやらないこともな…」
「ねー黒ちん、いつものゲーセン寄ってかね?こないだ新装開店したらしいよー」
「…ちょ、ちょっと待ってください!」
自分だけを置き去りにどんどん会話を進められ、黒子は慌てて静止の声をあげた。
「…黒子、どうした?」
にやにや人の悪い笑みを浮かべる赤司は、黒子の考えていることくらいお見通しなのだろう。そのくせわざとらしく首をかしげてみせるものだから、黒子は唇を尖らせた不満顔で、ひとつひとつ確認する様にゆっくり疑問を口にした。
「…あの、変質者が出るから、被害を防ぐために、みんなで協力しようって話なんですよね…?」
「その通りだよ。何か問題があるかい?」
「…それなのに、みんなボクといっしょに帰る気満々な気がするんですけど…」
「だから、みんな力になりたいと言ってるんじゃないか――お前が、変態の餌食にならないようにね」
「なんでそうなるんですか!?」
話が違うと思わず桃井振り返ると、彼女は愛らしくテヘ、と舌を出しながら、詫びのつもりなのか黒子に向かって合掌していた。
――最初から、みんな仕組まれていた事だったのか。
「…ボクをだます為に、桃井さんにウソをつかせたんですか?」
「オレがそんなことをするわけないだろう。桃井の話は全部本当だよ」
ガーン、とショックを受けている黒子の両肩に手を置き、その顔を覗き込みながら、赤司は優しい口調で説明を続ける。
「この辺りに変質者が出るのも、被害者が続出しているのも、残念ながら全部本当のことだよ……ただ、言葉が足りなかったのは事実だな。その被害者はみな、『男の子』だったらしいからね」
「……え?」
「共通するのは性別だけじゃない。全員、年の頃は13歳か14歳。あまり目立たない大人しいタイプだが、可愛らしい感じの男子生徒だったらしいよ」
ニュースにもなっていない事件。加害者ならともかく、被害者の特徴まで何故詳しく知っているのか――なんて疑問を口にするだけ無駄だろう。だって、赤司様だし。
自らの主将が持つ謎の絶対権力を、すでに嫌というほど目にしてきた黒子である。その言葉を疑うつもりは毛頭なかったが、それでも反論せずにはいられなかった。
「…で、でも、それとボクに何の関係が…」
「…お前らしくもない理解の遅さだな。いいかい黒子、もう一度言うよ。被害者は全員『13、4歳の、目立たないが可愛い男の子』だったんだ――これでオレたちに、お前を心配するなと言う方が無理だろう」
「…でも、年齢だけなら、みんなだって…」
「…黒子、お前は本当に当てはまるかと思うかい?学生料金で映画を観ようとして、学生証を二度見されるこいつらに?」
「えー、オレはそこまでじゃないっスよー。まぁでも、黄瀬君大人っぽいねって女の子に言われることは多いっスかねー」
「そういや、緑間はこないだ大学生と間違われてたな。お前、服の趣味が地味すぎんじゃね?休日のとーちゃんかよ」
「…余計なお世話なのだよ!」
「オレは10歳くらいから、小学生料金で電車乗ろうとして、自動改札で止められたりしたかなー」
本人たち的には苦労話なのだろうやりとり(いや、黄瀬に関しては明らかに自慢が入ってるっぽいが)を聞かされて、黒子の丸い瞳が珍しく半眼に細められる。
――いつも人の事をチビ扱いするくせに、やっぱりそっちが企画外なだけじゃないか、と。
「…で、でも、年相応というなら、赤司君だって…」
「…黒子、お前にはオレが『目立たず大人しいタイプ』に見えるのかい?」
「…でも身長…」
「…ん、何か言ったかな?――不満があるなら、毎日ロールスロイスかベンツで迎えに来させてもいいんだぞ?」
「……なんでもないです」
素敵な笑みを浮かべる赤司に、黒子はこっそり冷や汗をかきながら、そっと視線を反らした。
半ば負けを認めつつも、やっぱり納得いかないものはいなかいので、目を反らしたまま最後のあがきを見せてみたりする。
「…可愛いかどうかは論外として、確かにボクは目立ちません……でも、目立たなさすぎて、犯人に見つかる可能性は低いと思うんです。なのに、全中を控えた今、みんなに迷惑をかけるわけには…」
「…おや、『可能性がゼロじゃないなら用心するのに越したことはない』『心配したままじゃ練習にも身が入らないし、自分にできることがあるなら協力したいってみんな思っている』――じゃなかったのかな?」
「……」
自らの言葉を引用され、最後の退路も断たれてしまった。
ぐぬぬと押し黙り、悔しそうな表情を浮かべた黒子の頬を軽く叩きながら、赤司は苦笑を浮かべる。
「ほらほら、どんな時も平静に」
「……はい」
「よし、いい子だ。…さて、話もまとまったことだし、これで休憩を終わりにしよう」
全員集合しメニューを再開するようにとの主将の号令に、一軍のメンバーたちが一斉に集まってきた。
「よーし、オレたちも行こうぜテツ!」
実に楽しそうな青峰に肩を抱かれ、下降気味だった黒子の気分もちょっとだけ回復する。
そうだ、警察だっていつまでも犯人を放っておくはずないだろうし、もし万が一、皆への負担が大きくなるような時には最終手段が――
「…あぁ、黒子、まさかとは思うが、ミスディレクションを駆使してこっそり一人で帰ったりしたら――分かっているね?」
「…そ、ソンナ事、考えてもみませんデシタ…っ」
「…テツ、お前って意外とウソ下手だよな」




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