1103 Mon 16:09 |
周りを深い森に囲まれた小さな村では、ろくな仕事もない。子供たちを連れては、町に出ていくこともできない。 自身も孤児院で育った黒子だから、頼るべき親類も、財産もなかった。 そうなれば、唯一の頼りであった神父亡き後、子どもたちを飢えさせない為には、村長をはじめとする男たちが望むまま、体を差し出すしかなかったのだ。 「はっ、ぁ、あぁっ!」 「本当に、こうしてお前を抱ける日が来るとはな……まるで聖母様みたいに、汚いことなんて何も知りませんってお綺麗な顔で取り澄ましたお前のこと、ずっと犯してやりたいと思ってた……っ」 自分が与える快感に乱れる黒子を見下ろしながら、男は昏く笑う。 村長が言い出した“交換条件”に、最初こそ許されることではないと反対した者がいたものの、今や黒子を抱いていない男がいないということは、皆が同じような欲望を抱いていたのだろう。 しかし彼らの社会では、同性愛は罪だ。 万が一、村の外に彼らがしている事が漏れたら、死罪は免れないだろう。 だから、悪魔に取りつかれた少年の噂を流した。 自分たちは被害者だと、いざという時は黒子ひとりが罪に問われるように。 更に、恐ろしい呪いを操る魔女だということにした。 女たちが、余計な口を出さなくなるように。 「お前は魔女だ!男を咥えこみたくて仕方がない、淫らな雌だ!」 「ひ、ぁっ、やぁぁぁぁ……!」 激しく揺さぶられ、黒子は必死に目の前の壁に縋り付いた。 過ぎる快感は苦痛だが、敬虔な信者である黒子にとっては、それ以上に禁忌である男同士の行為そのものが、泣き叫びたい程の精神的苦痛だった。 しかしそれでも、拒絶してはいけない。 求められたらいつでも、相手が誰であろうとも、足を開かなくてはいけない。 いやむしろ、黒子から、犯されることを望まなければ。 村人たちは、黒子という悪魔に誘惑された、哀れな被害者なのだから。 「……ぁ、ひ、いっ、ああぁぁぁぁ!」 黒子の意思とは裏腹に、犯されることに慣れた体は、快楽に従順だった。 あっという間に絶頂に押し上げられ、それでも尚激しく揺さぶられながら、黒子は涙を流す。 「……ぅ……っ」 耳元で、男が低く。己の中に欲を吐き出そうとしているのだと分かっていたが、黒子の眼は虚ろだ。 後どれだけ、この屈辱に耐えればいいのか。 いっそ、死んでしまいたいと願ったこともある。 しかし、自分が逃げ出せば、まだ幼い子供たちは飢え死に――いや、もっと酷いこと、例えば、自分と同じ目に合う子が出るかもしれない。 (誰か……っ) 誰ともなく救いを求めた黒子の脳裏に、赤い瞳が思い浮かぶ。 神々しい太陽の光を背負い、美しい姿で目の前に現れた赤司を、黒子は本気で天の御使いだと思った。 神が己の罪を暴き、そして救う為、使者を遣わしてくれたのだと。 (……彼が、何者かは分からない。けど……) もし本当に神父だとしたら、上手くウソをつき通せたとしたら、黒子は天ではなく地上の裁きを受けることになるだろう。 それならそれでいい。教会の手が入れば、子供たちは救われる。 「……あか、し……っ」 赤司の力強い腕。その中に囚われ、恐怖と共に確かな安堵を感じたことを思い出しながら、黒子は赤司の名を小さく呟いた。 その時だった、 「……な……っ!?」 突然、驚愕の声があがったかと思うと、体の奥深くを我が物顔で蹂躙していた男の性器が、乱暴に引き抜かれる。 「ぁ、う……っ」 その衝撃に耐えきれず、ついに床に崩れ落ちようとした黒子に、伸ばされた腕。 決して太いわけでもなく、特別逞しいわけでもない。それでも強い力を宿した腕を、黒子はすでに知っていた。 「あ、かし……っ」 「ちゃんと名前で呼んでくれたね……いい子だ」 子どもにするように額に口づけながら、赤司は黒子の衣服を整えてやる。 戸惑いつつ、素直に身をまかせている黒子は子犬のようで、自然と赤司の口元に笑みが浮かんだ。 「……子供たちに、話を聞いたよ」 「……」 外されていたボタンの最後の一つをとめてやってから、囁くようにして言った赤司に、黒子はギュッと瞳を閉じた。その顔に浮かぶのは、悲壮な表情だ。 「お願いです。どうか、ここであったこと全て、忘れてください……っ」 再び目を開き、赤司の後方で伸びている男に視線をやりながら、黒子は擦れた声で懇願する。 「神や教会に背くわけにいかないというのであれば、彼らではなく、ボクを裁いてください」 「……お前を散々いたぶった男たちを、庇うつもりかい?」 「違う!……ボクはただ、ボクの大切なものを、守り通したいだけです」 それは、自分を慕ってくれる子どもたちであり、そして、この村そのものだ。 どんな目に合おうとも、黒子は生まれ育ったこの村を、養父である神父が愛したこの村を、憎むことができずにいた。 「……彼らにも、家族がいます。親のいないボクに、親切にしてくれた人たちです」 黒子は、じっと己を見つめる赤司から逃げることなく、真っ直ぐ視線を返した。 「……ボクを、魔女として告発してください。そうすれば、全てが終わる」 子どもたちを、村を守れる。自らも、ようやく苦しみから解き放たれる。 静かに泣きながら微笑む黒子を、赤司は不思議そうに見つめていたが、やがてククッと楽しそうに喉を鳴らした。 「子供たちを守りたい。村人たちも守りたい。……お前は案外、欲張りだね」 赤司は黒子の手を取り引き寄せると、そのままその体を押し倒す。 「……本当にキミは、天使様ではないんですか?」 赤司の背中ごし、キラキラと太陽の光で輝くステンドグラスに目を細めながら、黒子は尋ねた。 眩い光を背負った赤司は神々しく、この世のものとは思えないほど美しかったのだ。 「……天使?」 「だって、こんなに綺麗な人、はじめて見ました」 「……そうかもしれないね。だってオレは、お前の望みを叶えてやるつもりなんだから」 「ボクの、望み……」 「子供たちを助けたい。村人たちを傷つけたくない。男たちから逃れたい。……望んでごらん、黒子。全て、オレが叶えてあげよう」 目の前にある赤い瞳から、目が反らせない。 「……ボク、は……」 誘いかけるように唇を撫でられ、黒子は操られるようにして、言葉を紡いだ。 しかし、 「……え?」 うっとりと赤司から与えられるぬくもりに身を浸していた黒子は、次の瞬間、大きく目を見開いた。 赤司の背中越し、鬼のような形相で、村人が何かを大きく振りかぶる。 ガンッ! 想像したものよりずっと小さな音と共に、赤司の体が崩れ落ち、生暖かい液体が飛散した。 黒子の視界を染めた赤は、赤司の髪だけではない。もっと鮮やかで毒々しい――血の色だ。 「……なん、で……」 肩で息をする村人の手にあるのは、仕事に使う鋤だった。それもまた、黒子の顔や髪を汚した色と同じ色に染まっていた。 「何で、こんな、赤司君……っ!?」 必死に赤司の体の下から抜け出し、ケガの具合を確かめようとした黒子だったが、その前に腕を捕えられてしまう。 「……ぁ」 よく見れば、その場には村の男たちのほとんどが揃っていた。 彼らが浮かべた表情に、黒子はゾッと体を震わせる。 「……そいつが、余計なことをするからだ!」 「お前をオレたちから奪おうとするなんて!」 その為に、赤司を襲ったというのか。 神に背き、淫欲に身を浸しただけでは飽き足らず、ついに人の命に手をかけようというのか。 黒子は、彼らの妻を、子どもの顔を知っている。 日々、貧しいながら、幸せな暮らしぶりも、知っている。 ――だが、それが何だと言うのだ。 呆然と目を見開く黒子を赤司から遠ざけ、寝室に連れ込もうとしている男たち。まるで、悪魔に憑かれているようだ。 いや―― 「悪魔は、あなたたちだ……!」 この瞬間、黒子は生まれてはじめて、誰かを心から憎いと思った。 魔女より、悪魔より、この場にいる“人”という生き物が心底憎らしく、恐ろしいと思った。 「……みんな、地獄へ落ちればいい……っ!」 ――テツヤ、それがお前の望みかい? 耳元で囁かれ、ハッと我に返る。 場所は、見慣れた寝室。 しかし、いつの間にか村人たちの姿は消えていた。 「……え?」 戸惑い、立ちすくんだ黒子の肩に、手が置かれる。 ゆっくり振り向いた先にいたのは――赤司だった。 「……無事、だったんですか……っ」 ほっとし、泣きそうになっている黒子に、赤司は静かに微笑んでいる。 「でも、全くケガが……それに、彼らはどこに……」 「……お前はもう、何も心配しなくていい。これからは僕が、お前を守っていこう」 イイながら赤司は、黒子の手に唇を落とした。 「全て、お前の望むまま……その代わり」 「……その、代わり?」 「お前は、僕のモノだよ――永遠にね」 美しく微笑む赤司。 その左眼は、金色に輝いていた。 |