1103 Mon 03:25 |
翌朝、赤司は再び例の廃屋へ向かった。今日は村長の案内はなく、ひとりである。 自ら進んで宿を提供しながら、何度も赤司の滞在期間を尋ねてきた彼。「自分たちのことは放っておいてくれ」「とっととこの村から出て行ってくれ」言葉にはしなくとも、その顔を見れば、村長の、そして村の男たちの気持ちは手に取る様に分かった。 「……よほど魅入られているらしいな、あの“魔女”とやらに」 ポツリと呟いた赤司の整った顔に浮かぶのは、苦笑だった。 中心部から外れているとはいえ、そもそもが小さな町である。 すぐに、元は神の家だった古びた建物に辿りついた赤司は、少年の部屋に向かおうとしたが、その手前、恐らくは礼拝堂だろう場所に人の気配を感じ、行先を変えた。 昨夜、建物の入り口には数人の男たちが見張りについていた。彼らがまだ残っているのだろうかと考えながら、壊れかけたドアノブに手をかけ、礼拝堂へ足を踏み入れる。 「……っ」 その一瞬、赤司は言葉を失った。 天使がいるのかと、本気でそう思ってしまったのだ。 「……キミ、は」 天井のステンドグラスから差し込む眩い朝日の下、傾いた十字架に向かって祈っているのは、昨夜の少年――黒子だ。 その横顔は白百合の様に清らかで、昨夜何人もの男たちを咥えこみ、猥らに鳴いていたのがウソのようだった。 「……ぁ」 呼びかけにビクリと肩を揺らした彼は、最初怯えたような表情を浮かべたものの、すぐに泣きそうな顔になりながら赤司に駆け寄ってきた。そして何の躊躇いもなく、その場に跪く。 「……神よ、感謝します。ボクを裁きに、御使いを遣わしてくださった」 赤司の服の裾を手にとり、口づけながら、黒子は涙を流している。 それはとても美しい光景で、ずっと見ていたいのが本音ではあったが、赤司はそっと黒子の手をはずさせると、視線を合わせる為に片膝をついた。 「残念だけど、オレは天使でも精霊でもない――神に造られた存在であることは確かだけどね」 「……え?」 弾かれたように、黒子が顔をあげる。 赤司が浮かべた苦笑と、身に纏った黒い服に順に視線を走らせ、そこでようやく相手の正体に気付いたらしい。 「……神父、様……?」 ふらつきながら立ち上がると、黒子は一歩後ろに下がった。いつの間にかその顔には険しい表情が浮かび、全身で赤司を拒絶する様はまるで毛を逆立てた猫のようだ。 「……ボクを火あぶりにしに来たんですか?」 「例の噂が本当なら、そうなるかもしれない――キミが、魔女だという」 「……それで?確かめられたんですか?」 「さぁ。とりあえず昨夜、キミが男たちとベッドにいる所は、見させてもらったよ」 赤司の淡々とした言葉に、黒子はギュッと唇を噛み締めた。赤く染まった頬は、羞恥か、それとも怒りのせいか。 「なら、それ以上確かめることなんて……」 「キミは本当に、望んで男たちに抱かれているのかい?」 「……え?」 黒子の円い瞳が、大きく見開かれる。 「……何、を……」 「オレにはそうは思えなかったんだよ……キミは村の男たちに、行為を強制されているのでは?」 村長の態度や昨夜の濡れ場のやり取りを見てから、ずっと考えていたことだった。 黒子が自らベッドに誘いこんでいるのではない、男たちが黒子を囲い、好き勝手に嬲っているのではないかと。 「……ボクを――男に抱かれているボクを見たと言いましたよね。少しでも抵抗していましたか?そもそも、近隣に知れ渡るくらいの時間が経っているんです。その間、逃げ出さないはずがない」 「そう、それは確かに不可解だ」 本気で不思議がっているらしい赤司に、黒子は得体の知れない恐怖を抱いた。 目の前にいるのは本当にただの神父なのかと、冷たいものが背中を走る。 だが、このまま逃げ出すわけにはいかない理由が、黒子にはあった。 「……バカなことを言わないでください。全て噂どおりです」 「怪しなげ儀式を行い、呪いを操り、欲望のまま男を誘惑する、魔女だと?」 信じられない、とばかりに肩を竦めてみせる赤司。 黒子は背伸びをしながらその首に両腕をまわし、ペロリと唇を舐めた。 見開かれる切れ長の瞳を見上げながら、娼婦のように淫らに笑う。 「……そうですよ。今だってほら、男が欲しくて欲しくてたまらない」 神に仕える身にとって、性的な接触は禁忌である。それが同性からのものであれば、余計に許されざる大罪だ。 嫌悪し、激しい怒りを抱けばいいと、服の上から下半身に触れようとしたところで、手首を捕えられた。 殴られることも覚悟して固く目を閉じた黒子だったが、その予想は外れることになった。 「……え、ぁ……っ!?」 突然、グイッと腰を抱かれたかと思うと、そのまま唇を塞がれる。 「……ぁ、ん……っ」 下唇に噛みつかれ、舌を引きずり出され、喰らうように激しく貪られる。 今まで何人もの男たちに口内を犯されたきた黒子だが、こんな、それだけで甘く腰が砕けてしまうようなキスは、はじめてだった。 「や、も……っ!」 まともに呼吸すらできないまま快感を煽られることに耐えきれなった黒子は、激しく身を捩った。 しかし、ふっ、といたぶる様に眼だけで笑った赤司に更に強く抱きしめられ、ついには足から完全に力が抜けてしまっても尚、解放されることはなかった。 「……ぁ……っ」 ようやく唇が離れた頃には、黒子の意識は朦朧としていた。 己を見つめる紅の両目をぼんやり見つめながら、唇の端を伝う唾液をぬぐう余裕すらなく、身を震わせることしかできない。 「この程度で音を上げるとは、随分と初々しい魔女がいたものだ」 くったり弛緩した黒子の体を床に押し倒しながら、赤司は楽しそうに笑っている。 「や……!」 首筋を甘噛みされ、黒子はビクリと身を強張らせた。 怯えた表情とは裏腹に、頬はバラ色に染まっている。 「可愛い……」 腕の中の黒子にマジマジと視線を注いでいた赤司は、満足そうに目を細めた。 「……うん、決めた」 そして、ポツリと呟いたかと思うと、今までの激しさがウソのように、あっさり身を離した。 「……神父、さま……?」 「赤司征十郎だよ。……悪いが、少し待ってもらうよ、黒子――決めた以上、気がかりを残しておきたくはないからね」 意味の分からない言葉を残し、赤司は礼拝堂を後にした。 「……赤司……君?」 キミは一体、何者なんですか? 乱れたシャツをかき合わせながら、黒子はブルリと身を震わせた。 「神父様!」 教会を出た途端、呼びかけられ、赤司は振り返った。 視線の先にいたのは、数人の子供たちだ。 「……キミたちは?こんな朝早く、一体……」 「神父様、先生を火あぶりにしちゃうの?」 「お願い、先生を助けて……!」 「先生?」 縋り付いてくる子供たちに、赤司は目を瞬かせた。 彼らが言うのが黒子のことだと予想はできたが、どうして彼らはこんなに必死になっているのか。 「先生――黒子のことだね?キミたちは、彼とはどんな関係なんだい?」 「黒子先生は、ボクたちに色んなこと教えてくれるの」 「家も作ってくれたんだよ!親のいない子みんなが、一緒に暮らせるようにって」 「でも、そのせいで黒子先生が……っ」 「黒子先生は、何も悪くないんだよ!……全部、全部、あいつらのせいなんだ!」 「……その話、詳しく聞かせてくれるかな?」 泣き出しそうになっている子供らを宥めながら、赤司はチラリと町の中心部に目を向けた。 その眼差しは恐ろしい程に冷たく――一瞬だけ、左眼が金色に光った気がした。 その頃黒子は、火照る体を持て余しながら、礼拝堂から動けずにいた。 (……赤司征十郎) 一体何者なのか、何が目的なのか。 そして、村人たちは、彼をどうするつもりなのか。 長椅子のひとつにもたれ掛り、思考を巡らせようとするが、熱に浮かされた頭はまともに働いてくれない。 冷たい水で顔を洗ってこようと、何とか身を起こしたところで、再び礼拝堂の扉が開かれた。 赤司が戻ってきたのかと思ったが、見知った村人のひとりだった――いずれにしろ、歓迎すべき相手でない事だけは確かだ。 「……どうした?今朝のお祈りは終わったのか?」 様子のおかしい黒子に気付いたのだろう、男は訝しげな表情を浮かべながら近づいてくる。 「んな、火照った顔して……何だ?朝っぱらから誰か来てたのかよ?」 何故か赤司がここにいたことを知られてはいけない気がして、慌てて首を横に振った黒子に、男はニヤリと厭らしい笑みを返した。 「……なら、ひとりでやってたのか?昨日あれだけ可愛がってやったのに、足りなかったのかよ」 「ち、ちがいます……やだ、やめ……!」 シャツの隙間から手をいれられ、昨夜の行為の痕を色濃く残したその場所に指を突き立てられ、黒子は引き攣った悲鳴をあげた。 「何が違うだよ。ほら、まだ濡れてるじゃねぇか……っ」 「……ひぃ!」 すでに呼吸を乱している男は、少しでも早く黒子を犯そうと、無遠慮に指を動かした。 そんな乱暴な愛撫でも、赤司によってすでに火がつけられていた体は、本人の意思とは関係なく、早くも解けはじめている。 「ぁ、……おね、が……今は、いや……っ」 昨夜散々弄ばれた体は休息を欲していたし、赤司の動向も気になる。 何とか許してもらおうと男の腕から抜け出そうとするが、逆効果でしかなかったようだ。 「てめぇ、抵抗なんかできる立場なのかよ!」 「……ぁ、や、きゃぅ……っ!」 近くの壁に押し付けられたかと思うと、次の瞬間には腰だけを引かれ、後ろから貫かれた。 「……子供たちを守りたいんだろ?なら、やることは分かってんな?」 「……ぁ、は、い……っ」 「ほら、欲しいんだろ?もっと抱かれたいだろ?」 「……ぁっ、ぁっ!もっと……もっと、ほし……っ」 己を犯す男が望むままの言葉を繰り返し、男が望むまま甘く猥らに鳴く。 こんな風に、村の男たちの愛玩人形として、黒子は生きてきた――育ての親である神父を亡くし、まだ幼い子供たちと共に残された、あの日から。 「……成る程」 子どもたちから話を聞き終えた赤司は、深いため息をついた。 「相変わらず、愚かな生き物だ」 「……神父様?」 静かに立ち上った赤司を見上げながら、子供たちは身を寄せ合った。 彫像のように美しく整った顔には怒りの色はなく、それどころかうっすら笑みが浮かんでいるというのに、何故こんなにも恐ろしいと感じてしまうのか。 「大丈夫、黒子はオレが救ってみせよう。……ただ」 「た、ただ……?」 恐る恐る聞き返してきた子供のひとりに、赤司はニコリと微笑みを返した。 「知ってるかい?人が願いを叶えるには、代償が必要なんだよ」 |