0915 Mon 02:31 |
――赤司がおかしいのだよ。 インターンとして働く緑間は、多忙な日々の中、久しぶりに会った友人の様子に、思わず眉根を寄せた。 喫茶店の窓際、アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、今にも鼻歌を歌い出しそうな彼。赤司とは中学からの付き合いがある緑間だが、これほど楽しそうにしているのを見るのは、初めてだった。 「……赤司、最近、何か変わったことでも?」 「わかるかい?」 問いかけに即答した赤司の顔には、「よくぞ聞いてくれた!」といわんばかりの表情が浮かんでいる。 緑間の知っている赤司は、本心を覆い隠すがごとく常にアルカイックスマイルを浮かべ、決して感情を露わにするような男ではなかった。 ――本当にどうしたんだお前、と、緑間は戸惑いを超えて、ちょっぴり心配になってきた。 「実は……いや、やっぱりどうしようかな」 「……大っぴらにできないことか?仕事に関することなら、無理強いはしないのだよ」 プロ棋士として活躍する傍ら、日本有数の資産家の跡取りとして複数の会社の運営に関わる赤司である。友人といえども言えないこともあるだろうと、長年の付き合いから察して気を回した緑間に、しかし赤司は「いいや」と、片手を顔の前で振ることで応えた。 「仕事には関係ないんだ。あくまでプライベートなことで……」 「プライベート?」 「そう、家庭的なことで……緑間、本当に聞きたいかい?」 「いや、家のことであれば更にデリケートな問題だろうし、オレは別に…」 「そうかそうか、そんなに聞きたいのか仕方ない……いや、でも、どうしたものか」 「……」 ダメだ、これはちゃんと尋ねるまで解放してもらえなさそうだと悟り、緑間はイライラと眼鏡のブリッジを無意味にいじりながら、改めて口を開いた。 「……問題がなければ、ぜひ聞かせてもらいたいのだよ」 「いや、しかし……」 「言う気がないのなら、オレは帰…」 「実は今度、テツヤと結婚することになったんだ」 「そうか、あの黒子とけっこ……」 ――ん? そこで緑間の思考は、完全に凍りついた。 コイツハイマナントイッタンダ? 「ケッコン?」 「あぁ」 「誰が?」 「オレが」 「誰と?」 「だから、テツヤと」 そこでようやく、耳から入った音の組み合わせが意味ある言葉として、緑間の脳に吸収された。 結婚。赤司が。黒子と。 「け、けけけけけけけけけけけけ結婚っ!?」 黒子テツヤは、緑間と赤司の中学時代の同級生である。 成績も普通、運動も普通、特記することがあるとすれば極端な影の薄さくらいという、どこにでもいるごく平均的な生徒だった。 しかし、ここが黒子テツヤの不思議なところなのだが、確かに地味なはずの彼は、とても愛らしく魅力的だった。 その可愛らしさを、ある者は子犬に例え、またあるものは子鹿に例えた。つまり、ひと言でいうと、とっても小動物系なのである。 その上でよくよくその顔を見てみると、空色の瞳は零れ落ちそうなほど大きいし頬は丸く柔らかいし口は小さいし髪はフワフワだし――逆に、どうしてこれで地味で冴えない印象を持たれるのかと、首を傾げてしまうほどだ。 そんな黒子に、緑間はずっと、淡い恋心を抱いていた。 恋仲になりたいとか、触れ合いたいとか積極的な意思があるわけではない。しかし、仕事で酷く疲れている時、落ち込むことがあった時、無償に会いたくなってしまう。会って、できればあのやわらかな笑みを見せて欲しいと願ってしまう。何も語らなくていい、ただ、一緒にいてほしい。 それは、緑間が生涯心の中であたため続けるだろう、純粋で尊い、信仰にも似た恋心だった。 ――が、しかしである。 確かに、黒子を愛おしく想っている緑間だったが、結婚を望んだことはなかった。 時として、自分よりずっと小さな手を握りたい、見るからにやわらかそうな頬に触れたい、死ぬまでに一度でいい、唇を合わせてみたいと願ってしまったことはあったとしても、結婚という文字が頭に浮かぶことはなかった。 別に、緑間が奥手だからという理由では――まぁ、なくはないかもしれないが、今は置いておこう。 その前に、もっと大きな問題がある。 そう、つまり、普通に考えて黒子とは結婚できないのである。 何故か。 簡単である。緑間は男であり、黒子もまた男であるからだ。 「緑間、どうしたんだそんな間抜け面を浮かべて」 放心していた緑間は、呆れたように言いながらも満面の笑みを浮かべている赤司に視線を戻した。 「……赤司、ひとつ確認してもいいか?」 「何だい?」 「結婚とは、あの結婚のことか?」 「少なくともオレが知っている結婚といえば、ひとつしかないな。まぁ、まだ籍は入れていないから、正確には婚約ということになるが」 「この国はいつから同性婚を認めるようになったのだよっ!?」 ケロッと答える赤司に、ついに耐えきれなくなった緑間は、勢いよく椅子から立ち上った。勢いのまま、ついでとばかりに、思い切り机を叩く。 「落ち着け、緑間」 「落ち着いていられるか!冗談も休み休み……」 「冗談ではないさ……お前の言う通り、この国で同性婚がまだ認められていないのは確かだが」 「そうだろう?ならば……」 「国が認めていないからといって、それが何だって言うんだい?」 「……何?」 「オレがするって決めたんだ。国なんか関係ないよ」 そうだ、赤司様に不可能はないんだった。 政治がどうの法律がどうの言っても仕方ない。世界を敵に回そうが宇宙レベルで戦火が広がろうが、赤司様がやると言ったら何が何でもやるんである。 「……まぁ、詳しいことを聞くことはやめるのだよ」 己の、精神衛生上の為に。 「それより緑間、もっと突っ込むべきことがあるんじゃないか?」 「……そうだな。一体、お前たちはいつからそんな関係に……」 「そうじゃない……まったく、お前らしくもない察しの悪さだな。まぁ、テツヤとの馴れ初めについては、またいずれじっくりと話してやるつもりだが……それよりほら、オレは今、テツヤと呼んだだろう?」 「……は?」 「だから、ずっと黒子と呼んでいたオレが下の名前で呼ぶようになったんだ。『あぁなるほど、赤司テツヤになったんだな』とツッコむべきだろう」 ――もう、ダメだこいつ。 赤司テツヤという響きにうっとり赤い瞳を輝かせている赤司に、疲れ果てていた緑間はガックリと項垂れることしかできなかった。 それから一時間ほど。 緑間たちは今、赤司の自宅に向かっていた。 黒子が緑間に会いたがっているということで、一時間前の自分だったらその言葉だけで胸がときめいただろうに、今はただただ気が重かった。 「……お前たちが、その、結婚するということを、オレ以外に知っている奴はいるのか?」 「いいや、家族以外に話したのはお前が初めてだ。帝光の皆には、籍を入れてから伝えようと思ってね」 何だかんだ言いながら、中学時代、赤司と緑間は親友であり、あらゆる面で良き好敵手だった。 信頼し、特別に黒子との関係を明らかにしてくれたのかと思うと、やはり嬉しかった。 「赤司……」 「お前以外は、いざとなればテツヤを拉致監禁しかねない奴らばかりだからな。最近は敦も油断ならないし……その点、お前はテツヤのことを想いながらも手も握れない――いや、無体なことはするはずないと、信頼しているからね」 「……あ、安全牌だと思われている…っ」 「あはは嫌だな緑間、ソンナコトナイサ」 真顔であははと笑いながら、赤司はたどり着いた自宅の門の前に立った。 セキュリティの指紋認証システムに手を翳すと、自動で大きな門扉が開いていく。流石、赤司家のお屋敷だ。 「さぁ、入ってくれ緑間」 いまだにショックを引きずりながら、緑間は赤司に促されるまま広い玄関に足を踏み入れた。 クツを脱ごうと、上り框に腰を降ろそうとしたところで、 「赤司君、おかえりなさい!」 耳に届いたのは、パタパタという軽い足音と、いつまで経っても少年のような初々しい声。 「ただいま、テツヤ」 赤司の、一瞬脳が認識するのを拒絶したほど甘ったるい視線の先には、濃いブルーのエプロンを身に着けた黒子がいた。 「緑間君、いらっしゃい。お久しぶりです」 「あ、あぁ……」 会えたことは純粋に嬉しいのに、何と声をかけていいか分からない。「結婚おめでとう」と言うべきなんだろうか。 言葉を失っている緑間に構うことなく、黒子ニコリと小さな笑みを浮かべながら、手を差し出してきた。 「上着お預かりします。今、お茶の用意もしてますので、どうぞ奥へ」 「まぁ、テツヤさ……じゃなかった、奥様!私がいたしますから!」 緑間からジャケットを預かろうとしていた黒子に、家政婦なのだろう年配の女性が駆け寄ってきた。 「いえ、夕飯の支度もあるでしょうし、これ位はボクが……あと、その奥様っていうの、やめていただけると……」 「ダメだよテツヤ、そこは徹底するって決めたじゃないか」 黒子の台詞を強引に遮った赤司は、家政婦の女性に目線で下がるように伝えてから、不満気に膨れている白い頬を、チョンと指でつついた。 「でも、赤司君……」 「ほら、お前もだよ、テツヤ。赤司君はおかしいだろう?」 「……はい……えと、征十郎、君……」 「いい子だ」 モジモジと恥ずかしそうに俯く黒子は、何かもういろいろ爆発してしまいそうなほど愛らしい。 案の定いろいろ爆発しそうになりながらも、赤司は鉄の意思で平静を保ちながら、優しく黒子を抱き締めた。 「……ぁ、ちょっ、ダメ…っ」 いや、やっぱり全然平静なんて保ててなかった。 腰を撫でていた手が下へ降りていくのを感じて、慌てて黒子が身を捩る。 しかし、赤司は圧倒的な腕力の差で黒子の抵抗を抑え込むと、細い首筋に唇を落とした。 「や、あかし…っ」 「ほら、また間違えた。言いつけを守れない子には、お仕置きかな」 「お仕置きかな、じゃないのだよっ!!」 そこでたまらず、緑間が絶叫した。 夫婦の会話を邪魔することが無礼だと責めるなら、好きなだけ責めるがいい。自分だけは、ここまで耐えたことを褒めてやろう…! 悲壮な想いで息を乱す緑間の迫力に圧され、流石の赤司も黒子から身を離した。 「これは失敬」 「……オレは『友人』であるお前たちの姿しか知らないんだ、勘弁してほしいのだよ。そもそも、寝室ならともかく、家人の共有スペースで、その、い、いちゃつくなどと、お前のお父上が許さないだろうに」 この家に、そして日本に君臨する赤司家の当主の冷徹さと厳しさを、緑間も僅かだが見知っている。 赤司の、一時期特殊だった人格形成の原因を作ったのは、赤司家の当主なのだから。 「お前がそんなでは、黒子の印象まで悪く……」 「テツヤくーん、バニラシェイクを買ってきたから、おとーさんと一緒に……」 そこで、玄関の扉を勢い良く開け放った五十歳ほどの男性と緑間の視線が、思いっきり正面から交差した。 何を隠そう、この相手こそ赤司家の減当主である。 「………」 「………」 「……緑間君、だったかな。久しぶりだね」 「……ご無沙汰してます」 ウォッホン、とお手本のようなわざとらしい咳払いをしてから、赤司家当主はフッと、人の上に立つ者の貫禄を滲ませた笑みを浮かべてみせた。 しかし、その手にはマジバの紙袋。更に、慌てて出迎えにやってきた家政婦がその足元に用意したのは――うさぎさんの、ふかふかスリッパ。 「……それ」 「……こ、これかい?いや、テツヤ君が、どうしても親子三人、お揃いで履きたいと言うものだから……しかし、暖かいし、機能的にも優れていると認めざるを得ないよ、うん」 信じられないものを見るような緑間の視線から逃れるように、赤司家は「ごゆっくり」という言葉を残して、そそくさと家の奥へ引っ込んでしまった。その際、「シェイクは冷凍庫に入れておくらかね」と、黒子に声をかけることだけは忘れない。 「……仲良くやっているみたいだな」 「はい、お義父様にはとても優しくしていただいて……ベンツでマジバに行くのが趣味という、とても面白い方なんですよ」 いや、それ絶対嘘だから、ただお前を喜ばせたいだけだから、とは言えなかった。緑間なりの、武士の情けである。 「父にも困ったものだよ。可愛いからといって、テツヤを甘やかしてばかりで……さぁ、いつまでも玄関にいるわけにいかない。オレたちの部屋へ行こうか」 自分のことは棚に上げまくって肩を竦めてみせる赤司に、緑間は「この親にしてこの子あり」という言葉を苦労して飲み込んだ。 何度か来たことがある赤司の部屋。 昔は広いながらもシングルサイズだったはずのベッドがキングサイズに変わっていることにまたしても動揺しながらも、出されたあたたかいお茶のおかげか、ようやく緑間は落ち着きを取り戻した。 さて、そろそろ詳しいことを聞き出すべきかと、居住まいを正したところで、ぴろりーんと少々間の抜けた音が鳴った。 「……失礼、仕事関係の連絡のようだ。しばらく席を外させてもらうよ」 着信を知らせる携帯を片手に、赤司は部屋を出て行った。 「相変わらず、忙しそうだな」 「はい……昨日も夜遅くまで、書斎にこもってましたし」 「お前はどうなのだよ、保父の仕事の方は?」 「フルタイムではないんですけど、週に三日ほど出てます……やっぱり、子供が好きですから」 「そうか……」 そこで、二人の間に沈黙が訪れる。 お互い口数が多い方ではないので、珍しいことではなかったし、緑間は、言葉もなく穏やかに過ごす黒子との空間を、好ましく思っていた。 ――聞くなら今しかないと、緑間は心を決めて口を開いた。 「……赤司とのこと、驚いたのだよ」 「ですよね……ボクも正直、未だに実感がなくて……」 黒子の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。しかしその表情が悲しそうに見えるのは、何故だろう。 「赤司とは、いつから?」 「本当に最近なんです。突然、結婚を前提とした交際を申し込まれて……まさか赤司君がボクのことを想っててくれたなんて想像もしてなかったですから、本当にビックリしました」 赤司からの好意を不思議がっているように、黒子は小首を傾げている。 「……想像もしていなかった?」 「はい?」 余計なお世話と分かっていながら、緑間は言わずにいられなかった。 「中学の頃から赤司と一緒にいて、全く好意に気付かなかった?一目ぼれだったと、赤司はそう言わなかったか?」 「え、何で知ってるんですか?」 元から大きい瞳を、更に真ん丸に見開く黒子がシラを切っているとは思えない。 確かに「好き」という言葉は使っていなかったが、あれだけ独占欲をむき出しにされれば、嫌でも気づくだろうに―― 「……ん?ということは、青峰や黄瀬たちはどうなんだ?」 「青峰君と黄瀬君が、どうかしたんですか?」 赤司に勝るとも劣らないほど黒子に入れあげていた男達の果敢なアプローチも、残念ながら本人には伝わっていなかったようだ。 それは緑間自身にも言えることで、思わずフッと視線が遠くなる。 「……いっそダメ元で言葉にしておけば良かったのだよ」 「緑間君?」 「いや、何でもないのだよ……それより、お前自身はどうなんだ?赤司のこと、いつから意識していた」 ストレートな問いかけに、黒子の頬がカァッと赤く染まる。まるで、熟れたリンゴのようだ。 「……あ、赤司君はボクにとってずっと憧れの人でした。でも、手が届かない世界の人だと思ってましたし、ただ、見ているだけで……」 そこで、黒子の言葉が途切れた。未だ顔は赤いままだったが、ただ照れているわけでもなさそうだ。 「……本当は、まだ信じられないんです。どうして、ボクなんかを選んでくれたんだろう、って」 「黒子、それは……」 「だって、赤司君にふさわしい人は他にいくらでもいます。美人で、スタイルが良くて、優秀で、家柄も釣り合って……それに、赤司君の、子供を産んであげられる人」 囁くように話す黒子の表情に変化はなかったが、その声は僅かに震えていた。 「黒子……」 「……こわいんです。傍にいるのがボクでは、赤司君は幸せになれない。いつか、お前を選ばなければって、そう思われてしまう日が、きっと来るって……」 だから、早く籍を入れようと言う赤司に応えられないでいるのだと、黒子は絞り出すように告白した。 「本当は、今すぐにでもこの家を出るべきだって分かってるんです。……でも、赤司君に愛されるのが嬉しくて……せめて、終わりがくる間だけでも、あの腕の中にいたいって、そんな醜いことばかり考えてしまって……」 「黒子!」 ついに零れ落ちた涙に、緑間は迷わず黒子を胸に抱き寄せていた。 「緑間、君…っ」 「……泣くな黒子。泣く必要なんてないのだよ」 想いを込めて、更に強く抱きしめると、胸元のシャツが握りしめられる。白い指先が震えているのを見て、緑間は目を細めた。 「怖がらなくていい……お前はちゃんと、赤司に愛されている。これからも、例えお前が逃げ出そうとしても、赤司はお前から手を離すことはないだろう」 言い聞かせるように語る緑間に、黒子はフルフルと首を横に振った。 「……信じられないか?」 「だって、ボクに、好きなってもらえるような価値なんて…っ」 「そんな風に言わないでくれ……悲しいし、腹も立つ」 頬に手をかけ優しく上向かせると、澄んだ湖のように美しい瞳の中に、真剣な表情を浮かべた緑間の姿が写っていた。 「……なぜ、ですか?」 「誰だって、己が大切にしているものを貶されたら、怒るだろう。赤司も、同じことを言うはずだ」 「……なんで、分かるんですか?」 「それは、オレも赤司と同じように、お前のことが――」 ゴトッ吐息の触れ合うような距離で成されようとしていた告白は、そんな重々しい音に遮られた。 「……あ、赤司…っ」 音の発信源に視線を向けると、そこには左目を手で押さえた赤司の姿。 「違う、これはその…っ」 慌てて弁解しようとするも、友人を裏切りかけたという罪悪感に、言葉が続かない。 やがて、赤司は目から手を離し―― 「あ、赤司君!?」 「お前、それは…っ」 赤司の切れ長の瞳。その周りを、まるで墨でかいたような丸が囲っていた。 「……どうしのだよ、それ」 「……テツヤのお父上から、オレ宛に届け物があってね。箱を開いたら、ビックリ箱だったんだ」 飛び出てきたスタンプが左眼に直撃したのだという。 「……ふふっ、お義父様はまだ、可愛いひとり息子を奪った憎い男が許せないらしい」 スタンプ自体は柔らかな素材でできていたし、これまでも危険な嫌がらせを受けたわけではないが、中々精神的にジワジワくる攻撃ばかりだと、赤司は遠い目で語る。 「でも、オレはくじけないよ、テツヤ」 「……赤司君」 「お義父様に認めてもらえるよう、これからも全身全霊でお前を愛していく……オレがこの手で、お前を幸せにしてやりたい。この命尽きるその時まで、オレと一緒にいてほしいんだ」 「……でも」 「テツヤは、オレの事が嫌いなのかい?」 「そんなはずないじゃないですか!……でも、赤司家に、ボクはふさわしくない。ボクじゃ、跡継ぎも産めないし……」 「お前がこの家を重荷に思うなら、オレはいつだって捨てる覚悟が……」 ガゴンッ 今度は、何かがぶつかるような音。 みんなで揃って振り返ると、僅かに空いた隙間から、赤司父が部屋の中を覗き込んでいた。 その顔が歪んでいるところを見るに、先ほどの音は扉に頭をぶつけでもしたのだろうか。 「……父さん」 「……跡継ぎは、何とかなる。テツヤ君いなくなるとかあいえな……すまない、ちょっと失礼」 アルマーニのスーツから閉じだしたハンカチで鼻をかんでから、赤司家の当主は優しく微笑みながら言った。 「それでも、家を出ていく方が二人の為になるなら、止めはしないさ。ただ、これだけは分かって欲しい……私は、お前たちの幸せだけを願っている」 父としての言葉を残し、赤司家当主はそのまま立ち去った。親として男として、とても格好良かったが、目元が真っ赤だったし、もし万が一本当に黒子たちが家を出たとしたら、大変なことになるんだろうなぁ、と緑間は思った。 「……しかし、オレも同じなのだよ。お前にも赤司にも、幸せになってほしい」 それは、緑間の本音だった。 その心は赤司にも通じたのだろう、目が合うと、僅かに苦笑しながら頷いた。先ほどのことは、帳消しにしてくれるだおう。 「緑間君……」 「お前は?お前だって、赤司に幸せになってほしいだろう」 「……勿論です」 「だったら、決してそばを離れないことだ」 そこで黒子は、緑間から赤司に、視線を移した。 己に注がれる優しい眼差しに、キュッと切なくなり、また新しい涙が黒子の瞳から零れ落ちた。 「赤司君、ボクは……」 「いい、何も言うな。……不安にして、悪かったね」 「赤司君…っ」 腕を引くと、泣きながらも素直に身を任せてきた黒子を、赤司はしっかり抱きしめた。 「悩んでもいい、迷ってもいい。これから時間をかけて、オレがお前のことをどれだけ愛しているか、分かってもらえるよう努力していくよ。……だから、お前はただ、オレの傍にいてくれれば、それでいい」 「……はい」 これは、二回目のプロポーズということになるのだろうか。 淡い恋の終焉に胸が痛んだが、黒子があんまり綺麗に笑うから、いつの間にか緑間も微笑んでしまっていた。 そして、この日から半年後。 都内の有名ホテルで執り行われた赤司家の結婚式にカラフルな面々が乱入して大騒ぎになるのだが、それはまた、別のお話。 |