0914 Sun 13:04 |
「……あ…っ」 ようやく責め苦から開放され、黒子は小さく呻いた。 一体、どれくらいの間貪られていたのだろう。体の奥深いところを散々犯され、もう腕をあげる力も残っていなかった。 対する赤司といえば僅かに呼吸を乱している程度で、疲労どころか、未だその色違いの瞳に欲望の炎を宿している。 「……気を付けないと、すぐに壊してしまいそうだ」 苦笑交じりに言いながら、赤司は寝台を降りた。 湯の支度をさせようと、軽く身を整え、その場を離れようとしたのだが、 「……テツヤ?」 絹の夜着を握りしめてきた震える指先に、訝しげに黒子の名を呼びながら、水色の髪を撫でる。 「どうした?まさか、まだ足りないなんて……」 「……赤司君に、会わせて、ください……」 「……」 からかうような笑みを浮かべていた赤司から、すぅっと表情が消える。 嬌声を上げ続け、すっかり掠れてしまった声が紡いだ「赤司君」が自分のことではないと、勿論分かっていた。 「お願いです……赤司君――お兄さんに……青峰君たちに、会わせてください」 目覚める前、同じ部屋にいたはずの面々は、今は別の場所に移されていた。身も世もないほど乱れながら、彼らの身を案じていたのか思うと、赤司にとってはそんな黒子の健気さが、今はただただ面憎い。 「……これだけ僕に愛されて、すっかり僕の色に染まって、それでもお前はまだ、別の男の名を呼ぶんだね」 苦労して何とか半身を起こした黒子に、赤司は右腕を伸ばした。 花弁のような赤い痣がいくつも散った細い首筋を撫でると、燻ったままの快楽を煽られたのか、それともまた首を絞められるかもしれないという恐怖からか、黒子はビクンと大きく肩を揺らした。 それでも、黒子が目を反らすことはなかった。円くて大きい、小動物のような瞳に精いっぱいの力を込め、赤司を見上げてくる。 「……敵わないな」 「あか……」 赤司は、黒子の腕を掴み強引に起き上がらせると、尚も言葉を紡ごうとした口を己のそれで塞いだ。 「……っ」 「……まずは身を清めて、食事をしてからだ。落ち着いたら、敦に案内させる」 思う存分貪りたくなる衝動に耐え、軽く唇を啄むと、赤司は黒子から身を離した。 「……赤司、君?」 「いいさ、大丈夫……お前が誰を求めようが、お前はもう、僕のものなんだから。」 それは、お前にもう自由はないのだと、お前の主人は己なのだという、支配者としての言葉。それなのに何故だろう、黒子には赤司が、泣きそうになっている子供のように見えた。 自分で歩けるという主張は、当然のように無視された。 問答無用で紫原に抱き上げられ、仕方なく逞しい腕に身を委ねる。 「……どっか痛むの?このまま行っても平気?」 小さな段差を越える際、僅かに身を強張らせた黒子に気付いたのだろう、紫原が問いかけてくる。 確かに体はまだ辛かったが、少しでも早く『こちら』の世界の大切な人達の無事を確かめたかったので、黒子はコクリと首を縦に振った。 「ま、いいけど」 黒子の強がりを見抜いているのか、呆れたようにため息をつきながらも、紫原はそのまま歩き続ける。 「ていうかさ、意外と冷静だよね。あれだけ散々逃げ回ってたんだし、もっと泣きわめくかと思ったのに」 それは黒子自身、不思議に思っていることだった。 自分の身に何が起こったのか、それによって何を失ってしまったのか、理解しているはずなのに、頭にぼんやり霞がかかっているようで、感情がついていかない。 「……正直、オレは嬉しいよ。踊り出しそうなくらいに」 「赤司君……君の主が、この世界を手に入れたからですか?」 「まぁ、それもそうだし……何より、もう寂しくないから」 「……紫原君?」 「ほら、着いたよ。そこに全員いるでしょ?」 どういうことかと再び呼びかけた、ちょうどそのタイミングで、紫原の足が止まった。目の前に現れた鉄格子の物々しさに、黒子は問いかけも忘れて目を見開くことしかできない。 「……テツ?テツか?」 ジャラジャラと重そうな金属音と共に聞こえてきたのは、青峰の声だった。 「青峰君!」 そこには他にも、黄瀬と緑間、そして兄の方の赤司の姿も見える。 「……良かった、みんな無事で…っ」 頑強な牢の向こう、鎖で繋がれ、濃い疲労の色を顔に張り付けてはいるが、皆命に別状はないようだ。 紫原の腕から降り、夢中で彼らに駆け寄ろうとした黒子だったが、それは叶わなかった。 「……っ」 「テツ!?」 体の奥に走った痛みに、黒子は思わずその場に崩れ落ちた。 「あーあ、だからまだ自分で歩くのはムリだって言ったじゃん。あんだけ散々鳴かされたんだからさー」 「何だよそれ……おい、テツ、お前…っ」 青峰の焦ったような呼びかけに、冷たい石の床に蹲ったまま、黒子は顔を上げることができなかった。 己の身に起こった事を、見抜かれるのが――見抜いた青峰が浮かべる表情を目にするのが、恐かった。 「……まぁ、分かってたっスけどね。あいつが、目の前の獲物を見逃すはずないって」 「お前、何言ってんだ!」 忌々しげに吐き捨てた黄瀬に、青峰が掴みかかったのだろう、鎖同士がぶつかる不快な音が耳をつく。 「ふざけんな!それじゃ、まるでテツが……」 「ふざけてんのはアンタだろ!……認めたくないのは分かるけど、現実逃避したって仕方ねーだろ!」 黄瀬に怒鳴りつけられ、再び視界を戻せば、そこには背中を丸め震え続ける黒子の姿。 青峰の腕から、力が抜けた。 「……畜生、オレのせいだ……オレが、あの時……」 「――違う」 絞り出すような青峰の言葉を、弱々しい、しかし毅然とした声が遮った――赤司だ。 「全ての責は、オレにある」 赤司の息づかいは乱れ、しゃべることも辛そうだ。今はちゃんとした手当がなされているが、腕は折れ全身に傷を負った状態である、おそらく、熱もあるのだろう。 「赤司、無理はするな……」 玉座から引きずり落とされようとしていても、緑間にとっての王はただひとりである。無理に立ち上ろうとしている主に手を貸そうとしたが、やんわり拒否されてしまった。 「……すまない」 そのまま、赤司は格子のそば近くまで歩みよると、痛みのせいでぎこちない動作で再び膝をつき、戸惑いに瞳を揺らす黒子に向かって、頭を下げた。 「……赤司、君」 「弟を生かしたのはオレだ。臣下を掌握することもできず、この国に戦火をもたらした……お前が苦しむ羽目になったのも、全てオレのせいだ」 「赤司君、それは違います、ボクは…」 「違わない。……もしオレが無能な王でなければ、そもそもお前が『こちら』に呼ばれることもなかったかもしれない」 頭を下げたままの赤司の頬を水滴が伝い、握りしめた拳に落ちた。 「……オレは、弱い……弟のようには、なれない…っ」 歯を食いしばりながら涙を流す赤司に、黒子は咄嗟に腕を伸ばした。 慰めの言葉は思い浮かばずとも、ただ思い切り抱きしめてやりたかった。 しかし、二人の間を、冷たい格子が阻む。 「……なんで、ボクは…っ」 ――いつもいつも、こんなに無力なんだろう。 「……青峰、君…っ」 ――ボクはキミが言う通り、ひとりでは何もできないんです。 「青峰君…っ!」 ――教えてください。どうすれば、大切な人達を――キミを、救えるんですか? 「――テツ?」 ふと名を呼ばれた気がして、青峰はハッと我に返った。 黒子を腕に抱きしめたまま、しばし自失していたようだ――いや、眠っていたのだろうか。何か、夢を見ていた気がする。 「……テツ、お前、泣いてるのか?」 すっかり熱を失った黒子の白い頬を撫でながら、青峰はポツリと呟いた。 「お前、うす暗い場所にいたよな。オレの名前呼びながら、泣いて……」 一瞬前まで見ていた光景を、ただの夢とは思えなかった。黒子は『あそこ』にいるのだと、青峰の中に確信が芽生える。 「……泣くな、テツ」 『夢』の中で、己の無力さに悲嘆にくれていた黒子。何度も、目にしてきた姿だ。 「分かってる、オレのせいだよな。必要ねぇって、お前は何もできねぇ奴だって、言ったのオレだもんな……」 青峰は、黒子をベッドに横たえ、その上に覆いかぶさると、額と額を合わせた。 「……でも、それでも、お前のこと誰よりもわかってるのはオレなんだ。そのオレが断言する。何もできねぇなんて、んなの嘘だ。必要ないなんて、本当に思ったわけじゃねぇ…っ」 むしろ、どれだけ渇望しても自分だけのものにならないことが、苦しくて苦しくて仕方がなかった。 そこで青峰は、黒子に触れるだけのキスをした。 しかし、お伽噺のような目覚めは訪れず、触れた唇の冷たさに、青峰はギュッと眉を寄せた。 そのまましばらく黒子を見下ろしていた青峰だったが、やがて、何か決意したように一度目を閉じると、次いで鋭い視線を横に向けた。 その先には、古びた一冊の本。 「……絶望が喰らいたけりゃ、いくらでもくれてやる。でも、テツのだけ持ってくんじゃねーよ……こいつは、オレの半身なんだ」 |