「コウちゃん。一緒に帰ろう。」

息が白くなり、冷たい空気が鼻頭を赤くさせる。すっかり外は暗くなっていたが、下駄箱で一際大きく少し猫背な男子生徒姿を見つけなり、駆け足でそばまで寄る。

「おめぇか。」
「へへ。」

私は誰もいないことを確認すると、靴を履こうと片足を出した彼の背中にどんとわざとぶつかり、額をくっつける。

「...おい、くっつくな。」
「寒いんだもん。コウちゃんあったかい。」
「ったく、ガキじゃねーんだぞ。」

彼は私のおでこを軽くぺしんと叩くと、靴を履いてさっさと出口へ歩き出してしまった。
一瞬だけ触れた温もりが、ふっと何もなかったように、消えていく。

「あ!待ってよー!」

急いで靴を履き、つま先をとんとんとアスファルトに打ちつけたあと、小走りでその姿を追いかける。

「つっかまえたー」
「ハァ、めんどくせーのに目ぇつけられたな」

私は半ば強引に彼の手を奪い、ぎゅっと握る。
手を繋いで歩くなんて恋人同士みたいだけど、こんなに自然に出来るまで長くかかったんだ。“幼馴染”の力ってすごい。まるで特権だ。
それに、コウちゃんは“鈍感”だと思う。
こんなに触って抱きついて、それでも“幼馴染”としての態度を変えないのだ。

私のこの想いは、ずっと一方通行で、哀れな片思い。
コウちゃんは、いつも“兄”でしかなく、いつもルカちゃんと私に怒ったり、お説教したりする。
私が近づきたいと思えば思うほど、それは“兄”の反応になって返ってくるのだ。

それが寂しくて 寂しくて、仕方がない。

「コウちゃん、手繋ぐの嫌だ?」
「嫌だっつったらどうすんだ?」
「...言われてもやめない。」
「ククッ そうだろうな。」

ああ、またこうやって。
何気なくかわされて、それも深い意味なんてなくて。
コウちゃんにはこれっぽっちも響いてない。

「コウちゃんに彼女ができたら、嫌だな。」
「はぁ?まぁ、まずお前とルカの相手は出来なくなるだろーな。」
「やだ、彼女作らないで。」
「俺にずっと独り身でいろってか?なんの嫌がらせだよ。」

コウちゃんはそうやって私の言葉の意図に気づかずにいつものようにククッと笑う。

「だって....」

私は、コウちゃんを求めることはできるくせに。
臆病になって、一番大事なことを言えずにいる。
それを言ったら、この温もり、この大きな手、触れても笑ってくれるような、この関係性が、消えて無くなってしまいそうで。
コウちゃんのことだから、気持ちにはちゃんと返事はくれるだろうけど、その先を聞くのが怖い。

「...私は、」
「あれ?コウと美奈子じゃん。」
「!」

唐突に後ろからかかった声にびくっと震える。
私は今、何を言おうとしたんだろう。

「おう、ルカか。」
「今そこから曲がったら2人の姿が見えたから。相変わらずベタベタしてんね。」
「おいおい。こいつがつきまとってんだよ。」
「うわー、コウひどい。」
「ルカ、ほんとだよ。寒いから、コウちゃんにつきまとってたの。」
「じゃあ俺も混ぜて。」

ルカはそういうと、私の反対側に回り、コウちゃんの腕をぎゅっと掴む。

「コウはでっかいからこういう時いいな!冬限定でカイロにしよう!な、美奈子。」
「...へへ、うん。」
「おい、邪魔くせーよ!」
「カイロは口が付いてないから喋れませーん。」
「あぁ?」

私が言いかけた言葉は、きっと言ってはいけない言葉だった。
ルカが来てくれて、よかった。
こんな風に笑いあって、一緒に帰り道を歩いていることがどんなに幸せか。
たとえ妹としか見られてなかったとしても、こうしてコウちゃんに触れられるだけで、私は...

「みーなこ。聞いてる?」
「えっ!?...ごめん、聞いてなかった。」
「こら。このまま3人でゲーセン行かね?って言ったの。」

ルカの提案に心の中でガッツポーズをしながら、頷く。幼馴染、サイコー!

「楽しみ!」
「俺のパンチゲームの腕さばきスッゲェから!見せてあげる!」

いつのまにかコウちゃんから手を離していたルカは、シュ!シュ!と言いながらエアーボクシングを始め出す。
それを見てコウちゃんはククッと笑ったあと、こちらをちらっと見た。その隙に目が合い、心臓がどくんと跳ねたような感覚になる。

「...美奈子、さっき下向いてぼけーっとしてたな。なんかあんなら言えよ。」

そう言ってコウちゃんは私の頭を軽くぽんっと叩く。悩んでいるのに気づいてくれたことへの喜びもあるが、言えるわけがない、と再度悶々としながら頷く。

「コウちゃんはやさしいね。」
「はぁ?そうか?」
「うん。」
「....ゲ。」

ルカの声でふと足を止める。

「ルカ、どうしたの?」
「...ん?ちょっとヤボ用。ごめんね、ゲーセンはまた今度!」
「えっ!?」

顔の前に手を当てて「ごめん」と言うとルカはそそくさと道の角を曲がって姿を消した。
なにを見つけたのかと見渡すと、少し先に同じはば学の制服を着た女子数人の姿が。

「...なるほどな。行くか。」

コウちゃんはやれやれとため息をつき、そのまま何事もなかったかのように歩き出す。
すると、私たちの存在に気づいたらしい女子たちがチラチラとこちらを見る。

「ルカの追っかけかな。」
「ま、そんなとこだろ。」
「ルカモテモテだもんね。」
「へーへー。」

わざと興味なさそうに適当な返事をするコウちゃんを肘でつつく。

そのあと、2人でゲームセンターで遊んだあと“家まで送る”と言うコウちゃんと一緒に自宅までの見慣れた道を歩いた。

「うー、寒!」
「さすがに夜は冷えるな。ほら、着いたぞ。」

もう着いてしまった。
止まる足音に、寂しさが湧き上がる。
まだ、帰りたくない。

「...うん。こっちまでありがとうね。」
「じゃーよ。」
「コウちゃん...」

まだ、帰りたくない。
私は今日しつこいくらい触れていたその腕にもう一度抱きつく。
コウちゃんは驚くわけでもなく、ただいつものように小さくため息をつく。

「まだ帰りたくない。」
「お前なぁ...」
「まだ一緒にいたいんだもん。」
「それはどういうつもりで言ってんだ?」
「............」

コウちゃんの問いかけに、言葉が詰まる。
“好き”と言ってしまいそうになるのを、抑え込めて出てこないように息を止める。
今度はコウちゃんの身体に抱きつくと、彼は私の肩を掴みぐいっと身体を離した。

「こういうのはなぁ、幼馴染だからってするもんじゃねぇだろ。ちゃんとお前の好きな奴とやれ。」
「..........。」
「....なんで黙んだよ。」

言いたいことはたくさんあるけれど、怖くて口に出せない。なんだか頭の中がぐるぐるして、一生抜け出せないような気分になった。

コウちゃんは私の顔を覗き込む。

「.........好きなんだもん。」
「は?」
「.....コウちゃんが、好きなの。」

しん、と沈黙が流れる。
俯いた顔が上げられない。コウちゃんは今どんな顔をしているんだろう。
もう、戻れない。

「........ごめん。じゃあね。」
「............」

私はコウちゃんの横をすり抜けて走って家の中に入った。バタンと大きな音を立てて玄関のドアを閉めると、激しく鳴っている自分の心臓の音が聞こえてきた。

寒さなんて、忘れてしまった。
小窓からバレないようにちらりと外を見ると、ぼーっとしているコウちゃんの姿が見えた。

見たことないコウちゃんの姿に、今になって後悔が頭の中を支配する。

(なんで、言っちゃったの...)

幼馴染で、よかった。
幼馴染が、よかった。
その関係が一番楽で、幸せだった。
壊してしまったことに変わりはない。

私は、もう立っているのも疲れてその場にしゃがみこんだ。
コウちゃんに、妹じゃなくて女としてみられたかった。
コウちゃんの温もりが、欲しかった。

「コウちゃん.......」

かじかんだ手が、温もりを欲して小刻みに震えていた。


END
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