「なぁ、年末にオレ様のバンド主催でスリーマンやろうと思ってんだ。」

ショッピングモールで買い物中に、彼は何かを自慢したい子供のような無邪気な笑顔で唐突に言う。

「へえ!いいんじゃない?何かあれば手伝うよ、ハリー。」
「へへっ、悪りぃな。とりあえず場所は市内のライブハウスでー...」

美奈子の隣を歩き、自身の計画を話すこの赤髪の青年は、針谷幸之進。
高校卒業をきっかけに恋人同士になった2人。
美奈子は楽器屋で働きながらも、最近忙しくなってきている彼のバンドを、マネージャーとして時々手伝うようになっていた。

「まだ具体的には全然決まってねーけど、◯◯ってバンドと△△ってバンドに声かけようと思ってんだ。」
「ふぅん。聞いたことないかも。」
「そうかもな!でもすっげーイケてんだよこれが!」

はしゃぎながら話をする針谷を見て、美奈子もついつい口元が緩んでしまう。
この笑顔が好きだ。

「オレ様のバンド主催だから、セトリも気合いいれねーとな!」
「ふふ、そうだね。」
「当日、また裏と物販頼んでもいいか?」
「うん。いいよ。」
「サンキュ!」

そんな会話をしながら、久々のデートを楽しんでいた。

その後は、年末のライブに向けて準備をしたり、楽器の調整やグッズ販売の準備を手伝う日々を送った。

そして、当日。
(うん、準備ばっちりね。)
搬入や物販の準備が終わり、針谷のもとを訪れるため楽屋へ急ぐ。
ドアが見えた時、楽屋から見たことのない男性が出てきた。

「...あれ?もしかしてマネージャーさん?」

その男性は美奈子を見つけるなり、近寄ってきた。
(あ。)
首から下げているパスを見て、今日一緒にライブをするバンドメンバーだと理解する。

「マネージャーの小波です。今日は来ていただいてありがとうございます。よろしくお願いします。」

会釈をし、挨拶をする。

「..........。」
「......?あの」
「......バンド◯◯のボーカルyutaです。よろしくね、小波さん。」
「は、はい。」

少し不自然な間を持ったあと、その男は変わらぬ笑顔でそれに答えた。

「.........」
「.........」

yutaと名乗るその男は、その後何も言わずじっとこちらを見つめる。
なぜかすごく見られている。なぜ?隅から隅まで観察されているようで、気まずさを覚えた。

「....それでは、失礼します。」
「うん、またね。」

耐えられず、一方的に頭を下げ、逃げるように楽屋に入る。
完全に姿が見えなくなるまでその視線がこちらに注がれていたことに、美奈子はまだ気づいていない。


...................



〜〜♪♪

会場が暗くなり、ワァっと歓声が上がる。

そして、SEが流れ始め、会場からは溢れんばかりの拍手が湧き上がった。
会場の熱はすでにヒートアップし、ステージ袖まで暑い。

「....美奈子。行ってくる。」

真剣な眼差しをして、ライブ用の衣装を着たハリーは美奈子の肩にぽんっと手を置く。
ハリーの手は少し冷えていた。

「ハリー、リラックスリラックス。写真ばっちり撮るからね。」
「....おう!カッコよく撮れよ!」

笑顔でカメラを掲げると、ハリーもまたニカっと笑い、美奈子の頭を少し乱暴に撫でた後そのままステージに歩き出した。

「ウオーーーー!!!!」
「キャーー!!!!!」
「ハリーーー!!!!」

メンバーの登場に、会場の熱気と歓声は更に増す。
後ろからの盛り上がりの圧に、最前列のお客さんが潰れるんじゃないかというくらいに押されているが、皆笑顔で拳をあげている。
やがて、演奏と共にハリーの歌声が会場に響き渡る。

(素敵な景色だな。)
そろそろプロのカメラマンにお願いしなきゃな、と暗いステージ袖でそんなことを思いながら、カメラを掲げ、メンバーを撮影していく。

(ちょっと会場のほう行って撮ろう。)
そう思いくるっと方向転換すると、目の前に自分より遥かに大きい人影が目の前にあった。

「おっと。」
「っ!?」

大きい声が出そうになったが幸いにも反射的に自分で口元を抑えた。

「ごめんね、驚かせちゃったかな。」
「...いえ。すみません。」

その影は、紛れもなく始まる前に挨拶をした、あのボーカルyuta。
出番が終了し、休んでいたところらしい。額にじんわり汗が滲んでいる。

「お疲れ様でした。」
「ありがとう。...かっこいいね、君のとこのバンド。」
「はい、私自身も大ファンなんです。」
「ふぅん。そっか。」
「はい。あ、私写真撮らないとなので、失礼します。」
「...ねぇねぇ、今日の打ち上げの時さ、こっそり2人で抜けない?俺きみに一目惚れしちゃったみたい。」
「....はい?」

彼は美奈子の腕を掴み、優しく微笑む。
視界の中、彼の奥には笑顔でギターを弾き、歌うハリーの姿。
ひきつる顔を隠しきれないまま、美奈子は腕を払う。

「からかわないでください。...第一、私彼氏いますから。」
「そうなの?別に俺は気にしないけど」
「そういう問題じゃなく...」

ついついため息が漏れる。
何の悪気もなさそうにニコニコしている彼を軽く睨み、 美奈子はカメラを持って会場の客席に降りた。



..............



「「「おつかれさまでぇーす!!!」」」

午後10時。
駅前の居酒屋で、先ほどのバンド達と本日の打ち上げ。ライブは大成功で、チケットもソールドアウトした。
それもあってか、ハリーはいつもに増して上機嫌で、頬はほんのりピンク色を帯びている。

一方美奈子は、斜め前から向けられる視線に気づかないふりをしながら、ほかのバンドメンバーにビールを注いでいく。

「ハリー、おつかれさま。今日もよかったよ。後で写真見せてあげる。」
「おう!お前もおつかれさん!今日も、気持ちよく歌えたし、すげぇ盛り上がってたし、なんてったってソールドアウト!絶好調絶好調!」
「私も嬉しい。あ。あんまり調子乗ってハメだけは外さないでね。」
「わーってるって!お前も飲め!な!」

ハリーはそのまま仲間と今日のハイライトを話し、笑い合う。
美奈子は空になったビール瓶をまとめた後、そのままトイレに向かうため部屋を出た。
打ち上げに使っている個室を出ると、涼しくて静かに感じる。
よほど盛り上がりを見せているあの空間は少し疲れるが、その分今日のライブが成功したことに喜びを感じた。

(トイレは...と)
「ねえ、やっぱりこのまま抜けようよ。2人で。」
キョロキョロとしていると、後ろからあの声がかかった。

「...からかわないでくださいって言ったのに。」
「からかってるなんて一言も言ってないよ。君ほんとに可愛いからさ。その高嶺の花そうなところが気に入っちゃって。」

そう言いながらじりじりと近づいてくる影。
美奈子は後ろに下がるも、背中は壁にぶつかってしまった。

「...ね?秘密にしとくからさ。」
「や、やめてください。」

頬にのびてくる手を払い、逃れようとするがその瞬間に美奈子は両手を壁に押し付けられ、身動きが取れなくなる。
彼はクスっと笑い、ぎりぎりと両手の力を強める。

「嫌だ...ほんとに...」

「おい、何やってんだよお前。」
「!」

その瞬間、横から聞き慣れている声の中でも特に低く、怒ったような口調の声が聞こえた。
ばっと振り向くと、赤髪の、愛しい人が立っている。しかしその姿は怒りに満ちており、目は鋭く、眼光はギラギラとしている。

「ハリー...」
「おい、お前。今すぐそいつ離せ。」
「ハリー君。」
「...聞こえなかったか?離せっつってんだよ!」

針谷は美奈子の手を掴んでいる腕をぎゅっと掴むと、無理矢理離す。
きょとんと2人を見下ろしている様子の彼に、針谷は追い討ちをかける。

「お前こいつに何した!?こいつは、...美奈子は俺と付き合ってんだよ。こいつに手ぇ出す奴は、どんな奴でも許さねぇ。」
「知ってるよ。見ればわかるって。」
「...は?」
「でも俺には関係ないからさ。ハリーくんすげーキレてるけど、何もしてないから大丈夫だよ。今日のライブすげー楽しかった。またね。美奈子ちゃんも。」
「お、お前ふざけんなよ...おい!」

予想外の返答にぽかんとする美奈子と、信じられないと言わんばかりの表情をする針谷を見て、彼はそそくさと店から姿を消した。

「.....信じらんねぇ、噂には聞いてたけど...。」
「噂?」
「美奈子、大丈夫か!?なんかされたか!?」

針谷は焦った様子で掴まれていた美奈子の両腕をさする。

「ううん、腕掴まれただけ。...ハリーが助けてくれたから。」
「そっか....はぁー....。」

針谷はその場にへなへなと座り込み、大きなため息をつく。

「...一気に酔いが覚めた。」
「ごめんね、ハリー。私が注意不足だったせいで。トラブルなんか起こしたくなかったのに。」
「お前のせいじゃねーよ。...あいつ、女遊びが激しいって噂で有名なんだ。ボーカリストとしてはすげえ奴だと思うんだけどさ。」
「そ、そうなんだ。」
「先にお前に言っとけばよかったな。だってお前、その、か、カワ.......。...とにかく、何もなくてよかった。」

しゃがみながらすこし拗ねている様子の針谷のとなりに同じくしゃがみ、頭を軽く撫でる。

「ありがとう。助けてくれて。」
「......おう。」
「?」

針谷はそのまま自分の頭を撫でている美奈子の手を掴み、ぎゅっと握る。

「.....帰るか。」
「...うん。」



.....................



「ありがとう、送ってくれて。今日のライブも最高だった!」
「オレ様のライブなんだから当たり前だろ!...色々手伝ってくれてありがとな。」
「どういたしまして。」
「あと、さっきのことだけどさ。対バン相手はやっぱ気をつけないとな。...お前いるし。バンドマンなんてチャラい奴ばっかだからな。」
「...ごめん、私、会場とかにはいないほうがいいかな。またトラブルとかになったら...。」
「それはねーよ。俺がいてほしいんだから。音楽は俺の全てだけど、それ以上にお前だって大事なんだから。」
「....ありがとう。ハリー。」

美奈子がふふっと微笑むと、針谷は照れ臭そうに視線を逸らす。
そして、針谷の手がそっと美奈子の頬、耳、首の順に肌をなぞっていく。
くすぐったそうに美奈子がすこし身を捩ると、針谷はそのままぐいっと美奈子の身体を引き寄せ、抱きしめる。
ふわっと、温もりに包まれると同時に、ハリーの香りが、脳に刺激を与える。

「ハリー...」
「...好きだ。」
「...私も、大好き。」

抱きしめる力を強めながら、不意に、首元にチュっと口付けられる。

「...んっ。こ、こら!」
「わり。家の前だったな。まあこんな時間だし、皆寝てるだろ。」

いたずらっ子のような顔をしながら、針谷は身体を離す。
そして、美奈子が家ドアを閉めるまで、ハリーは家の前で手を振っていた。


(今日は色々あったけど、楽しかったな。)
今日の余韻に浸りながら自室に入ると、窓を小さくノックする音に気づく。

「?...遊くん!どうしたのこんな時間に?」
「お姉ちゃん、俺さっきの見ちゃったよ。」
「さ、さっきの?なんのこと?」
「とぼけてる!家の前は気をつけないとだめだよ!」
「...はーい。遊くんも早く寝るんだよ。」
「冬休みだから大丈夫〜!じゃあね!」

得意げに笑う遊くんに手を振り、カメラで今日撮った写真を眺める。

(ハリー、輝いてる。)

気づけば、ハリーの写真が多くなっている。
ボーカルだから、と言い訳でもしておこう。
そんなことを考えながら、美奈子はいつのまにか眠りに落ちていた。



END
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