「・・ほらよ。その・・つ、繋いでやってもいいぜ。」
その声と同時に止まる足音、美奈子の指先にかすかに触れる熱。
「う、うん。ありがとう・・。」
そっと指先を握ると、その熱はびくっと強張り、離れていくかもしれないと思うほどに軽くなる。しかしすぐに大きな優しさに変わり、包んでくれるんだ。




『この熱帯夜に』




夏の暑さがピークに差し掛かった頃、思い切ってあの人に電話をかけた。
「あの、今度の日曜、一緒に花火大会に行かない?」
電話の向こうで慌てた声が聞こえたかと思うと、今度は少しぶっきらぼうに返事がある。
イエスを表すその声に、つい口元が緩んでしまう。
「じゃあ、今度の日曜、はばたき駅で待ち合わせね。」
電話を切り、大きくため息をつく。
夜風が吹き、風鈴が揺れた。




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17時、待ち合わせの時間。
美奈子は少し小走りではばたき駅の待ち合わせ場所に着く。
慣れない格好なため、ぎこちなさを隠すように歩きながら、最愛の人を探す。

ああ、どうしてすぐにわかってしまうんだろう。

一際輝いて見えてしまうその人物は、時計を見ながらどこか落ち着かない様子で周りをキョロキョロと見渡していた。
「ごめんね、待った?」
浴衣の下駄がカランと音を立てる。
「いや。全然。・・・あ、お前。」
美奈子の姿を見るなり鈴鹿は照れ臭そうに視線を横にやる。
「どうかな。頑張って着てみたんだけど。」
「一瞬誰かと思ったぜ。学校と全然違うからよ。あ、当たり前だけど。いや、その、」
だんだん語尾が小さくなっていき、最後に
「まぁ・・似合ってんじゃねぇの?」
と、こめかみをぽりぽりと掻きながら鈴鹿は言った。
「素直じゃないなぁ。」
美奈子が鈴鹿の顔を覗き込みそう言うと、「うるせー!さっさと行くぞ。」と足を進めた。

「あー!!くっそー!!惜しい!!」
「あはは!あ、あの鳥かわいい。狙おっと。」
「おい待て!あれは俺がしとめる!」
真剣な眼差しで射的をする鈴鹿はどこか子供のようで、かわいい。

パンッ

軽快な音とともに小鳥のマスコットが台の向こうに落ちていった。
「よしっ!」
「すごいじゃん和馬!」
「まっ俺にやらせりゃこんなもんだな。」
ガッツポーズのあとに鈴鹿はわざと得意げな顔をしてみせる。
「お兄ちゃんおめでとう。はいよ。」
屋台のおじさんがマスコットを受け取ると、美奈子の顔の前にそれを差し出した。
「ん。やる。」
「・・・ありがとう。」
さっきとは一変して、顔が熱くなるのがわかる。

鈴鹿が自分のためにとってくれた物。

手のひらより小さくて、軽いけど、なによりも重みがあったように思えた。
屋台の照明がじりじりと頬にさらに熱を与える。

「もうそろそろ花火の場所取っとくか?」
「・・・・。」
「おい、小波。聞いてんのか?」
「・・あ!うん!行こっか。」

小鳥のマスコットを握りしめ、小走りで鈴鹿を追いかける。
美奈子が鈴鹿のもとに追いつくと、彼は歩く速度を遅めた。

ゆっくりと、隣を歩く。

真夏の夜。
人混みの熱気。
生暖かい風。
熱を持った全ての要素が、心の火を少しずつ激しくさせていく。
それは、目の前を歩く男の子に触れたいという好奇心を煽るほどだった。

「・・・和馬。」
「!」

目の前を歩く鈴鹿の服の裾を、引っ張ってみる。
こんな熱帯夜は、何もかも許されるような気がしてしまうんだ。

「・・なんだよ。」
「・・・・・。」
「・・はぁ・・。ほらよ。その・・つ、繋いでやってもいいぜ。」

痺れを切らしたようにため息聞こえる。
その声と同時に止まる足音、美奈子の指先にかすかに触れる熱。

美奈子がそっと指先を握ると、その熱はびくっと強張る。しかしすぐに大きな優しさに変わり、包んでくれるんだ。

さっきまでうるさいほどだった周囲の雑踏が、どこか遠くにあるようだ。
自分の身体の全神経が、意識が、この右手に集中してしまう。
大きくて、指が太くて、ごつごつした男の人の手。
いつもバスケットボールで鍛えられているこの手は、不器用だけれど、壊れ物を扱うように優しく繋がれている。

「・・・・。」
「・・・・。」

会話はなく、今私たちを繋いでいるのは、この手。
鈴鹿のほうをちらりと見ると、真剣な眼差しで海のほうを見ていた。

「・・・和馬。」

鈴鹿に聞こえないくらいの声で呟き、手をぎゅっと強めに握る。
すると、美奈子からは見えていないが、鈴鹿がびっくりした様子でこちらを向いた。
顔を赤くした鈴鹿は、少し不満そう顔をしながら、

「こういうの、得意じゃねーんだ・・。」

と呟き、空いているほうの手で美奈子の肩をぐいっと引いた。

「・・・っ!」

自分の意思とは関係なしに身体が急に動き、ぐらっと視界が揺れる。
その瞬間、ふわっと大好きな香りに包まれたかと思うと、美奈子の唇に、熱く柔らかいものが触れた。
美奈子の瞳が目の前の光景を捉える前にそれは離れ、やっと見られるようになった時には、暗がりでもわかるほど顔を真っ赤にして視線を逸らす、鈴鹿の姿。

いつのまにか、夜空には大きな花が咲いており、黒い海面に鮮やかに映っている。
遅れて、ワァッと人々の歓声と拍手が耳に入る。

「和馬・・・今の、」

美奈子の名前を呼ぶ声は、大きな音を立てて色彩を描く花火にかき消されてしまう。
ドクドクと急速に脈が早くなり、胸が張り裂けそうだ。
驚き、戸惑い、喜び、もどかしさ、いろんな感情が一度に溢れ出しそうになり、鈴鹿の顔を見ると息苦しささえ覚える。

「・・・そんな顔されたら・・・。そんなんわかんねぇよ、俺・・・。」

鈴鹿は逸らしていた視線をこちらへ向け、そう言った。
彼自身も、戸惑っているのだ。
初めてみる″男″の人の表情に、胸がかっと熱くなる。

美奈子は、次の言葉が出ないまま顔を背け、下を向く。
鈴鹿に、キスされた。
あの鈴鹿が、キスをしてくれた。
こんな時、何と言ったらいいのだろう。普通は、どう言うべきなんだろう。
そんなことを思いながら、海面に映った大輪の花を見つめる。

連続していた打ち上げ花火が止まり、静まり返る。
2人の間は沈黙に包まれたが、それを破ったのは鈴鹿だった。

「・・・わりい。」
「え?」
「いきなり・・そ、その・・・・しちまって。最低だ、俺。軽蔑するよな。」

美奈子が顔を背けるのを嫌だったと受け取った鈴鹿は、眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情を浮かべる。
その姿に焦りを覚え、サーっと頭が冷えていく。

「違う・・・嬉しいよ。だって・・・だって、私、和馬のこと好きなんだよ。うれしいに決まってるじゃん!」

思わず叫ぶように、鈴鹿に自分の思いを伝える。
その後に、ああ、告白しちゃった、と冷静に頭の中の自分が呟く。

「はっ!?ほ、ほんとか!?」
さっきとは打って変わって、鈴鹿は目を見開き、美奈子の顔を覗き込む。
美奈子は必死に頷き、続いて口を開く。

「和馬は・・?」
「え」
「和馬は、私のことどう思ってるの・・?キスなんてされたら、期待しちゃうよ・・・。」

美奈子は鈴鹿を見つめる。
早く、教えてほしい。
甘くて、苦しくて、自分が嫌になるほど、涙が出そうになるほど恋い焦がれるこの気持ちは、自分だけが感じているのだろうか?

もう少ししたら、また花火が始まってしまう。
その前に、あなたの声が聞きたい。
早く、早く。

「マジかよ・・・お、俺・・俺も、お前のこと、好きだ!!」

その言葉は、いつもの鈴鹿に似つかわしくない真剣で、必死な声色に包まれていた。
直後に、再度大きな音を立てて、先程より一回りおおきい花火が打ち上がった。

ああ、なんて甘くて、苦しくて、熱くて、愛しい。
寄り添う2人に、大きさを増して夜空に咲いた花火の光が反射していた。



END
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