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寒く厳しい冬が過ぎ、桜の蕾が膨らみはじめてきた。マフラーはもういらない暖かさになった。
その季節の変化は、もうすぐ卒業だということをひしひしと感じさせた。

大学受験も終わり、あとは結果を待つだけ。
いつも通り過ごして、ここを旅立たなければならない。

私は、使い慣れた机に座り、足をプラプラさせながら放課後の誰もいなくなった教室を見渡す。
ここには、いろんな思い出が詰まっている。
勉強したり、雑誌をみて流行をチェックしたり、おしゃべりしたり、若王子先生の話に笑ったり。

教室の入り口で私を呼ぶ愛おしい声を聞いたり。

隣のクラスの、彼の声。

「小波。」

出会った当初は無口で、何を考えているのかわからなくて、怒ってるのかななんてビクビクしたり。
でも、優しい声色で、笑顔でこちらを見つめる彼を知ってしまったから。

「おい、小波。」
「........」
「...無視か?」
「あっ!?え!?志波くん、いつからそこに!?」

先程呼ばれた声は、私の脳内で発せられていたわけではなかったらしい。
私の目は、教室の入り口のドアに手をかけ、苦笑いしている彼、志波勝己くんを捕らえた。


私の大好きな人。


「...さっきから呼んでたぞ。上の空だったな。」
「ごめん、ちょっと思い出に浸ってたらぼーっとしちゃった。」

私は机から降り、カバンを手に取る。
すると志波くんはスタスタとこちらまで歩き、私の隣の席に腰掛けた。とても、自然に。

「...3年間、違うクラスだったな。」
「そうだね。...同じクラスだったらどんな感じだったんだろう。」

私も引き寄せられるように自分の席についた。
右側を見ると、志波くんと目が合う。
はじめてみる光景に、咄嗟に息を飲む。

同じクラスの男子なんか目に入らないくらい志波くんに夢中になっていたから全く意識しなかったけど、隣の席がこんなに近かったなんて。

志波くんの隣の席は、特等席だ。

「小波、お前が隣の席だったらおもしろそうだな。」
「え?それどういう意味?」
「さぁな。たぶん良い意味。」
「ふーん。志波くんは授業中ずっと寝てそうだから、私までマークされそう。」
「はは、ありえるな。」

志波くんが目を細めて笑う。
この笑顔をみるたびに心が癒されて、逆に緊張することもあって、感情がまるで百面相だ。
その中で今は、なんだか切ない。

もしかしたら、卒業後にはこの笑顔がみられなくなってしまうのではないか。
そんな不安が心にのしかかっていた。

「どうした?元気ないな。」
「...え?あ...うん......寂しいなって思って。」
「...ああ。そうだな。」

志波くんは机を見つめてしばらく黙りこんだ。
言葉はないけれど、2人間に流れた空気は決して重いものではなく、心地よいと感じるほどだった。

しばらく沈黙の時間が過ぎた時、口を開いたのは志波くんだった。

「俺、ここでお前に出会えてよかったよ。」

一言、彼が言った。
志波くんは、優しい。
不器用だけど、包み込むような優しさがあって、いつもそれに安心させられている。
彼が発するひとつひとつの言葉が胸に染み渡り、脳内に記憶される。

私、”あなたが好きだよ。”
言いたいけど、言えない。
今ここに流れる心地よい空気を決して手放したくなかった。

「...私も。」

やっと絞り出した声でそう返す。
涙が、感情が、何かがこみ上げてきそうだった。

「帰るか。送ってく。」

志波くんが席を立ち、私たちは校門へと歩き出した。
いつもどんな会話をしていたっけ。
いつもどんな顔で志波くんを見ていたっけ。

当たり前にしていたことがわからなくなり、志波くんの隣を歩く私は、自分でもぎこちないなと思うくらいだった。


校門を過ぎ、自宅への道のりを歩く。
志波くんは、教室に来る前に野球部に挨拶に行ったことを話してくれた。
穏やかに、ゆっくり、とても心地の良い声で。
志波くんは、以前より口数が増えたね。
表情も柔らかくなって、雰囲気も優しくなった。

好き、好き、大好き。
あなたの全てが大好き。

公園の前の通り、周りには誰もいない。
私はそっと志波くんの指に触れてみる。
最近のデートの時のように。

「遠慮するなよ。手。」

志波くんは私の考えてることを見透かしているかのように笑って、私の手を握った。
あたたかくて、大きい手。ところどころマメができていて、ゴツゴツしている手。優しい手。

「ありがとう。」
「...まぁ、慣れてきたしな。」

こちらを見る志波くんと目が合う。
私は恥ずかしくて、つい目を逸らした。

その目を見ると、全てを暴かれるような気がしてしまう。
私の気持ちも、気づいているのだろうか。
底が見えないほど深くて、いつまでも私の心を掴んで離さない。

ぎゅっと繋いだ手を握ると、握り返してくる。
それが一種のコミュニケーションのように、私たちを繋いでいた。

期待をしたくないのに、してしまう。
自惚れで、自意識過剰かもしれない。

でも、もう少しだけ、この繋がりに浸りたい。


もうすぐ、卒業式。

あなたが好きです。ずっとずっと。





END
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