「わりいな。急に。」
「ううん、今日は私がラストだから大丈夫だよ。どうしたの?」

私が夜バイトしているこのライブハウスは、扉が少し壊れ気味で閉めづらい。先程連絡をくれたハリーをフロアに招き入れ、両手でどうにか扉を閉めた。
今日のライブを行ったバンドもスタッフも全員帰り、あとの仕事は点検と戸締りのみだった。

「んー、なーんかメロディが全然思い浮かねえんだ。そんで放浪してた。」
「...うん、そっか。」
「お前の顔見たら落ち着いたわ。」

ハリーはそう言って笑うと、ステージ前の柵に手をかけた。そして、柵に飛び乗るように乗り換えると、マイクを握る。
私は、マイクのスピーカーをオンにし、ステージの照明を調節した。

観客席は暗くなり、ステージのセンターにスポットライトが照らされる。
ステージに立つハリーが好きだ。
音楽に魅了されて、感受性豊かに、ひたすらに夢を追いかける最高にカッコいい彼が好きだ。

「ねえ、あの曲聴きたい。」
「ハハッ、ほんとお前好きだな!」

スピーカーからハリーの声が聞こえる。
私は、観客席のほうに歩いて拍手をする。
お客さんは、今は私だけ。

やがて、静かにハリーは歌い出した。
アカペラで歌う、この曲が好きだ。
ハリーの繊細さが周囲の静寂と混ざり合う。

ハリーが行き詰まった時はなんとなくわかる。
こうやって、自分を表現することで持ち直すこともあれば、沼にはまっていくこともある。
彼の不安や恐れに、触れることができたような、そんな気分になった。



_________________________




私のバイト先だったライブハウスは、老朽化が原因でリニューアルすることとなった。
今日は、そのリニューアルオープン初日。
初日からライブの予定があり、システムの変更も重なり、大忙しだった。

「ミスなくてよかったね。初日から客席満員プラス詰め込みなんて。」

ドリンクコーナーを一旦閉め、照明側に移動し、ステージ全体を見渡していると、照明係の同僚が小声で言ったことに頷いて返す。


「...次の曲なんだけど、思い出があって。少し話していいですか?」

スピーカーからの声が、私の耳を貫く。
口を開いたのはボーカルで、観客が沸いた。
おしくらまんじゅう状態の観客をなだめながら、そのまま話し出した。

「昔、まだ売れなくて、オレが曲作りで行き詰まってた頃、よく閉店後のここに来てたんだ。」

(.........)

「誰もいない観客の中、スポットライト当ててもらってさ。歌ってた、アカペラで。どうしようもない不安とか、恐怖とか、それがしんどくなった時、ここで、吐き出させてくれた。
すげえ感謝してんだ。今も。あれがなかったら、今のオレはないかもしれねぇ。
次の曲が、その時よく歌ってた曲です。聞いてください。」

(それって....)

フロアに拍手が響き渡る。
そして、あの時のようにスポットライトが当たる。
ハリーは、前より横顔が大人になった。

思えば、ライブでこの曲は聴いたことがなかった。ハリーがたまに口ずさんだり、2人きりのあの時間だけ。

今は音楽番組にも出て、映画の主題歌にも抜擢されて、ハリーが憧れてたロックスターへの道は着々と進んでいて、私のバイト先のライブハウスはハリーのバンドがライブをするには小さすぎるくらいなのに。
それなのに、ここを選んでくれたのは、その曲を演奏するためだったの?

今日は照明や音響係じゃなくて本当によかった。
こんな光景を見せられたら、それどころじゃなくなってしまうよ。

「ハリー...」

気づけば、名前を呼んでいる自分がいた。
ハリーは歌いながら、こちらを見て、目が合う。
そして、何泣いてんだよと言いたげにクスッと笑う。

誰もいなかった観客席は、今こんなにも人で溢れているよ。ハリーと2人で笑って、静かなライブハウスで寄り添ったあの頃が愛おしい。

ステージに立ち、照明を浴びるハリーは、やっぱりかっこよかった。
曲が終わると、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
私たちの思い出もまた、今日の日が重なっていく。
変わることのない気持ちと一緒に、いつまでも。



END
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