「...ねえ、あれ小波さんって子。羽学のイケメン先生たぶらかしてたらしいよ。」
「えー?まじ?やばくない?」
「大人しそうな顔してやるじゃん。」
頭が痛い。
念願の一流大学に入学し、楽しみにしていた授業を受けることが出来たと思った矢先にこれだ。
彼女たちは大学に何をしに来ているのか。
噂というものは、悪ければ悪いほど背びれ尾びれをつけて広まるというもので。
僕は彼女たちの噂話に耳を塞いでしまいたい。が、今は僕ではなく、斜め前に座っている彼女の耳を塞いであげたかった。
「...サークル勧誘でもすっごい先輩にちやほやされてて愛想振りまいちゃってさ。魔性の血が騒ぐんじゃない?」
「先生の後に大学生ってレベル下げすぎだって。そこは教授クラスでしょ。」
「それはウケる〜」
うるさい。煩わしい。
彼女はそんな人間じゃない。
彼女のほうへ目を向けると、微かだが先ほどより背中が丸まって見えた。
彼女は、成績優秀でスポーツも出来て、容姿も端麗だから高校生活の最後の方はやっかみがあったようで、生徒会が一緒だった僕はよくそんな場面を目にしていた。
でも、彼女は決して弱音を吐いたりしなかった。
強くて、優しい、そんな人なはずだった。
「入学早々男癖の悪さバレたら大変だね。」
「四年もあるのに詰んだって感じ。」
笑いながらこそこそ笑う女達。
僕が集中できないまま授業は終了した。
背伸びしたり隣と話し出す学生の中で、一目散に講堂から飛び出していったのは彼女だった。
「あ、聞こえちゃったかな。」
「そりゃ聞こえるっしょー。てか聞こえるように言ったもんだもん。」
「...君たち。一流大学の学生としての自覚がないなら出席する必要はない。」
「...は?なんですか?」
「喋り声がうるさいと言っているんだ。あと、僕は羽ヶ崎学園出身だけど、彼女は君たちが言っているようなことをする人じゃないよ。」
「...は、はぁ。」
苦笑いをする女達を置いて、荷物をまとめ小走りで講堂を出る。携帯を開き、受話器ボタンを押す。
「...もしもし、ちょっと今いいかな?」
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「嫉妬も度が過ぎると厄介だな。」
自動販売機で缶コーヒーを2つ買い、彼女に手渡した。ベンチに座り、飲み口を開ける。
「心配かけてごめんね。ありがとう。」
君は、笑ってそう言う。
その笑顔を見ると、とても切なくなる。
「...あの人とは上手くいってるのか。」
そして、こんな地雷にまで自分から飛び込んでいってしまう。それくらい、君の表情ひとつひとつを目で追ってしまうのが、苦しい。
「...うん、まぁ。卒業したのに、やっぱり噂は広がるね。参ったなぁ。」
顔を赤らめて君はそう言う。
若王子先生より、僕はこうしてそばで君を見守ることが出来る。君を敵から守ってあげることだって出来る。
でも君の心には、入る隙がない。
「一人一人噂を訂正して回らことができればいいんだけれど。噂は自然に収まるのを待つのが1番だろうな。」
「...そうだね、氷上くんが味方でいてくれるから心強いよ。」
「当たり前じゃないか...僕は、何があっても君の味方だよ!...あっ、ごめん!急に大きな声を出して!」
「.....ううん...ありがとう。」
君は、そうやって見守るように優しく僕を見つめる。その目に、僕が何度射抜かれたか。わかるはずがない。
友達というポジションは最適性だ。
君の心にうつらないならば、せめてずっと味方でいさせてほしい。何があっても、君だけは僕が守ってみせる。心の中で、勝手にそう誓ってみる。
せめて、君が誰にも壊されないよう僕が壁に、盾に、剣に、何にでもなってみせよう。
決して言葉に出来ない、そんな小説みたいなことを思いながら、コーヒーを飲み干した。
END