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日光黄菅



「神楽ちゃん、あの、坂田さんって甘いものなら何が好きなんでしょうか?」

「銀ちゃん良くパフェ食べてるヨ。
何かあげるアルか?」


ポイントカードに名前を書いてくれたあの日から、仕事終わりの夕方に見計らって遊びに来てくれる神楽ちゃんに公園で話のついでに少し探りをいれてみた。
風邪の時の御礼をしようと思っていたのだが、甘いものとは言え好みがあるかもと思い神楽ちゃんに聞いてみたわけだ。
しかし、坂田さんが良く食べてるのはパフェ。
パフェが美味しいところに連れて行くしかないのだろうか。
神楽ちゃんに風邪の件で世話になった事を伝えれば目の前の女の子は「ええ〜」と声を出した。


「銀ちゃんばかりズルイネ。私だって名前とパフェ食べたいアル」

「?、もちろん万事屋みなさんにご馳走しますよ?」

「名前太っ腹ネ!!!」


神楽ちゃんに抱きつかれる。
それに思わず頬を緩ませる。

結局万事屋みなさんに気を遣わせ、わざわざ店に足を運ばせて迷惑をかけたのは事実。
特に坂田さんには杖の件も含めてお世話になったので今回は坂田さんの好みに合わせようと思ったまでだ。
神楽ちゃんはパッと離れ「いつ行くアルか!?今!?今にするネ!決まりヨ!」と私の手を掴んで立ち上がらせる。
突然の展開に驚く。
手持ちはあるがいきなり行くのは迷惑なのでは?神楽ちゃんにそう話しかけようと口を開いた瞬間、浮遊感。
前に感じたモフモフ。
これは定春くんの上だ。
つまり。

「さあ!行くアルよー!」

慌てて神楽ちゃんにしがみ付いた。







「ただいまヨー」

「おかえり神楽ちゃん、今日は早かったね…って、苗字さん!?」


万事屋の扉を開ければ、新八が居間から顔を覗かせた。
神楽の後ろでボサボサになった髪を手で控えめに抑えながら苗字が笑って立っているのを見て新八は驚きの声をあげる。
新八は慌てて駆け寄り、苗字を玄関に座らせた。

「突然お邪魔して本当にすみません」

「いやいや、それは全然構わないんですけど、髪物凄い事になってますよ。
何があったんですか?」

「定春くんに乗せてもらって」

「神楽ちゃん!?
何ロデオさしてんの!?」


新八のツッコミに苗字が大丈夫だ楽しかったとフォローを入れる。
とりあえず中に入るように促され、草履を脱いだ。
居間で新八の神楽に注意している声が目印になり、比較的スムーズに入る。
「お邪魔します」と頭を下げれば、後ろから定春が彼女に身体を擦り付けて通り過ぎていく。

「あ、すみません、苗字さん、ソファに座ってください、僕お茶淹れて来ますんで」

「いやそんな、おかまいなく」

「名前こっちヨ、ここに座るネ」

新八が台所に走ると同時に神楽がバンバンとソファを叩く。苗字はその音を頼りに近づいてゆっくりと腰かけた。
苗字は銀時の音を探してみるが見つからない。
恐らく出かけているのだろうと一人納得した。
すると自分の膝にモフモフを感じる。
それをゆっくり触れば定春の毛の感触だとすぐに分かった。
膝に顎を乗せてきている。
苗字が優しく撫でてやると「くぅん」と声をあげた。


「定春良かったアルね、名前のなでなでは天国ヨ〜」

「定春くんは本当に大きいですね、可愛い」

定春を優しく撫でていれば、甘えたように彼女に顔を擦り付けた後、目を瞑って眠り始めた。
神楽が眠った定春を見て笑った声が苗字に聞こえた。
それとほぼ同時にコトリと机に湯呑みが置かれる。
新八が向かいのソファに座りながら今日は一体どうしたのかと聞けば神楽が経緯を説明する。
いつもの新八なら「そんなの気にしないでいいのに」とでも言って遠慮するのだが、今日は何も返ってこない。

「い、いいん、ですか…!?ご飯奢って貰っても…!」

「は、はい、勿論」

新八のただならぬ声に少し驚き苗字は返事にどもる。
すると新八はバンと机に手をついて「ありがとうございます!」と感極まるように御礼を言った。
その感情が入りまくりの声に苗字は戸惑う。
たかがご飯を奢るぐらいなのだが。
というかパフェの予定だったのだが。
まあ奢るには変わりないからご飯でも良いだろうと苗字は笑う。

「実は、お恥ずかしながらここ二、三日まともにご飯食べれてなくって…。
今日も晩御飯がドックフードとかになりそうだったんで…本当に助かりました」

「!?、そ、そうだったんですね、神楽ちゃんが今日にしようと言った理由が分かりました…でも、今晩乗り切っても明日以降はどうするんですか?」

「明日は依頼入ってるアル。
だからひもじい思いはしないネ」

聞かされた事実に苗字が驚愕し心配すれば、神楽がフォローをいれた。

(そうか、こういうお仕事は依頼来る時と来ない時の差が激しいよね)

苗字が一人納得し、尚更杖や風邪の面倒を見て貰った事に罪悪感を覚える。
ご飯よりお金渡した方が良いのではと思い始めた時、万事屋の玄関がガラガラと開いた。
「あのへっぽこ警察が…」と小さな声で悪態をついたのが苗字の耳に聞こえた。
居間に入ってきた銀時が、ソファに座る人物を見て「おいおいご飯どきに来ても今ウチにはなんもねーぞ」と溢す。
それにすかさず神楽が自慢気に彼女が此処にいる経緯を話せば銀時が態度をころりと変えた。

「おい、新八、良いお茶出したんだろーな!
名前さんに恩売っとけよ!これからもこういう事してもらえるかもしれねーから!」

「これからもたかる気満々かアンタ!!ていうかそれを本人の前で言うんじゃねーよ!!
因みにお茶も無かったのでアンタのいちご牛乳出しときました!!」

「俺の今日の楽しみに何手つけてくれてんだ!!
てかお茶もないの?マジで?」

「あの、手を付けてないのでラップして冷蔵庫に戻してください、すみません」

「どうすんだよめちゃくちゃ憐れまれてるよ、気ィつかわせちゃったよ」

机の真ん中に寄せられた湯呑み。
申し訳なさそうに苗字が笑ったのを見て神楽が「お腹空いたアル」と苗字の手を掴む。
それに「では行きますか?」と掴まれた彼女が言えば全員意気揚々と立ち上がった。
定春にはドッグフードをあげて、玄関から外に出る。
外はもう暗い。
神楽が苗字の手を取って階段を降りるのを手伝ってやる。
銀時も新八も階段を降りたところからそれを見守る。
本当に仲が良いな、と新八が笑った。
全員が階段を降りて、どこでご飯を食べるかという話になる。
神楽の要望は白飯。
新八の要望はお肉。
銀時の要望はパフェ。
あーでもないこーでもない、と言い争う万事屋を傍らで待つ苗字。
どうしたものかと困っていれば、一階のお登勢の店から「うるさいんだよ!!」とお登勢本人から怒号が飛んだ。
三人は一斉に黙った。

「そもそもテメー等なに意見通そうとしてんの?
今日の飯は俺のおかげだからね?
俺が名前に恩売ったからご馳走してもらえんだからね?
お前等はオマケなんだよ。ハッピーセットのオモチャなんだよ、分かったら黙ってドナル●に全てを託せ」

「うるせーヨ!ハッピーセットも食わせられない甲斐性なしが!
名前を今日呼んで来たのは私アル!!私がいなかったら今日もドッグフードだったネ!!」

「ああ!もう!また怒られますよ!
それに苗字さん放置して喧嘩しないでください!!こうなったらもう奢ってくれる人に決めてもらいましょうよ!!」

万事屋全員が一斉に苗字の方を向いた。
奢る本人はどうしたものかと苦笑するしかない。
平和的に解決するとなると三人の要望が全部揃ってるところ。
そうなると。







「ま、こーなるわな」


ファミレスでボックス席に座る四人。
銀時がメニューを見ながらぽつりと呟いた。
どうせなら高い飯を奢って貰いたかったが仕方ないと銀時は食後に食べるパフェを見る。
神楽は苗字の隣でどれくらい頼んで良いか聞いている。
苗字は暫く考えて一人三品までならと困ったように笑った。
神楽が嬉しそうにはしゃぐ。

各自メニューを決めて店員を呼び、注文していく。
神楽は三品、銀時は二品、新八と苗字は一品。

腹の虫が鳴る。
銀時は少し腹を撫でて虫を落ち着かせる。
「まともなご飯嬉しいね神楽ちゃん」「本当ネ!楽しみアル」と新八と神楽が会話しているのを苗字は聞いている。
穏やかな空気だ。
彼女といると時間がゆっくりと流れているように感じる。
すると、銀時は思いついたように懐から名刺を取り出して彼女の名前を呼んだ。
目の前の彼女が銀時の方に顔を向ける。
机を手でコンと叩いてその場所に名刺を置いてやった。それに気付いた彼女が音が出た辺りを手探りで探り、名刺を触る。

「それ持っとけ。
報酬は要相談な」

「坂田さん…」

目の前の彼女が名刺を触りながら銀時を呼ぶ。
そして非常に申し訳なさそうに笑う。

「すみません…私、点字がないと読めません」

「あ」

そういえばそうだった。
銀時は言われて気付く。
苗字は慌てて「あ、あの、スマホ持ってるので!電話番号教えてください」とフォローを入れた。
新八が困ったように溜め息をついて、代わりに万事屋の電話番号を言えば、彼女は画面が見えていないのにスイスイとスマホを扱う。
スマホからはへんな音が鳴っている。
この音を頼りに操作しているのだろう。
万事屋の番号を登録し、銀時に向かって改めて彼女は御礼を言った。
そして貰った名刺を財布の中に大事に入れた。

「おまたせしましたー!」

ウェイトレスの明るい声とともに料理がやって来る。机に並べられた料理が全員分揃っているのを見て「いただきます」とご飯を食べ始めた。







「はー、苗字さんごちそうさまでした!」

「ごちそうさまアル!」

「ごっそーさん」

「いいえ、これぐらいの御礼しか出来ないので」

ファミレスから出た四人。
時刻はもう二十時半を回っている。
万事屋に帰る前に目の前の女性を送るかと無言で万事屋の意見が一致した。
それを伝えれば、彼女は申し訳なさそうに「ありがとうございます」と言った。

夜も暑いが昼ほどではない。
彼女の自宅への近道であるネオンに色付く歓楽街の道を苗字の足に合わせて歩く。
苗字は歩きながら少しだけ上を向いた。

「夜の匂いがしますね」

ぽつりと呟く彼女。
夜の匂いとはなんなのか、彼女にしか分からないのだろう。
その横顔は少しだけ寂しそうに見える。

「そこの団体さん!今から居酒屋でもどう!?」
「お!万事屋の旦那!一杯ひっかけて行ってくれよ!」
「こっちの店は可愛い子揃えてるよ!」

歩く四人にどんどん声がかかる。
苗字ははじめての体験なのか、それに少しおかなビックリな様子で多方向からくる呼びかけにキョロキョロと忙しい。

なんてったって彼女は目が弱い。
夜は危険な輩も多い。
出歩くなんてもってのほかだ。
銀時は彼女に道を変えようかと打診するため彼女の隣に近寄る。
その気遣いも杞憂に終わる。
殆ど見えない目をキラキラとさせていて、色んな音と匂いを楽しんでいるようだ。

(そういやぁコイツ杖が折れてもその身一つで帰ろうとする根性マシマシの女だったわ)

杖が折れたなら別の方法を練習しながら帰る道を取った彼女を思い出す。
はじめての体験ならそれを無下にも出来ない。
少しだけ周りを気にしながら、歓楽街の道を歩く。

明日も暑くなりそうだ。



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