水臘樹
坂田さんが家に来て次の日の朝。
すっかり熱も引いたようで、元気になった。
やはりご飯を食べなかったのが良くなかったのだな、と改めて坂田さんに感謝した。
仕事に行くために準備しながら御礼は何にしようか考える。
甘いものが好きと言っていたし、甘いものにしようか。
そんな事を考えながら杖を持って玄関から出る。
さあ休んだ分、頑張ろう。
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「店長、ご迷惑をおかけしました」
「まったく、またお前さん役所の人間呼ばなかったな?」
「す、すみません、直ぐに治ると思っていたもので」
施術着に着替えて改めて謝った。
店長は溜息をついて私に小さく注意する。
いつも迷惑ばかりかけて申し訳ないと思いながらもっとしっかりしなければと改めて意識を引き締める。
店長に心配かけさせないレベルにならなければ。
店長がちょいちょいと私に声をかける。
それにゆっくりと近づけば、店長が私のおでこを触った。
熱があるか確かめて、ゆっくり手が離れていく。
「熱はねえみたいだな。
今日はあまり動かねえようにしとけ」
「はい、そうします」
店長の言う通り今日はあまり動かないようにしよう。
熱がぶり返したらまた迷惑をかけてしまう。
裏に行ってパイプ椅子を手探りで探し、受付に座る店長の横に行く。
店長からは本をめくる音。
最近はとても暑い。
もう夏だ。
店内のクーラーがとても心地よい。
汗が引いていく。
今日も予約は無い。
この三日、人は殆ど来なかったようで休んだ私としては少し安心した。
店長は足が悪いのであまり無理はさせたくない。
胸ポケットにいれたポイントカードを取り出す。あれから一回も押される事がないそれをじっと見つめる。
店長のために頑張りたいが、一体どうすれば良いのか。
考えていれば、店長から本を閉じる音が聞こえた。
「さてと、そろそろ来る頃だな」
「?今日予約無いんじゃ…」
「すみませーーーん!名前来てますかーーー!!?」
「だからお前外から呼ぶのやめろっつっただろーが!!」
本をカウンターに置いた音が聞こえた瞬間、知った声が外から聞こえた。
店長がカラカラ笑っている。
今の声は神楽ちゃんと坂田さんだ。
そろそろ来るとはこの二人の事だったのか。
「あの万事屋のお嬢ちゃん、お前さんが休んでから毎日来てたぞ」
「!」
店長から聞かされた事実に驚く。
まさか神楽ちゃんが休んでから毎日来ていてくれてたなんて。
つい二週間前ぐらいにはじめて知り合って、時々会ってお話しをしていたぐらいの仲なのに。
店の外の廊下から騒がしい声が聞こえる。
その声の中には志村さんの声も混じっているのが分かった。
「お前さん、その目のせいで自分は迷惑かける存在だと思ってるみてぇだが、周りはそうでもねえさ。
憎まれ口叩こうが何しようが何だかんだこうやって様子見に来てくれるお節介な馬鹿共もいるってこと、良く覚えておきな」
店長が私の頭を撫でながらポツリと零す。
殆ど何も見えない目から涙が溢れそうになる。
今から人が来るのに情け無い顔は見せられない。目をぎゅっと瞑って涙を止めた。
ガチャリと店の扉が開く。
「!!名前いたアル!」と可愛い声が響いた。それに嬉しくなってパイプ椅子から立ち上がって笑顔で「いらっしゃい、神楽ちゃん」と呼びかけた。
フワッと目の前に風を感じ、人がいる気配がする。神楽ちゃんだろうとゆっくりと手を出せば「名前元気になったみたいで安心したヨ」と握り返してくれた。
「銀さんから聞きました。
苗字さんあの時僕等のせいでゲリラ豪雨にふられちゃったんですよね?
本当すみません…」
「!、し、志村さん、いやそんな、私がちゃんと言わなかったのが悪いので謝らないでください、皆さんは悪くないです
結局坂田さんにもご迷惑かけてしまって」
どうやらゲリラ豪雨のせいで風邪を引いていたのはバレていたみたいだ。
坂田さんはそういうのも相まって様子を見にきてくれたのだろう。気を遣わせてしまった。
志村さんが頭を下げているのが音でわかる。
色々フォローをいれて自分が悪いといえば、志村さんが頭を上げて「でも」と言う。
するとそれを坂田さんの声が遮った。
「ペコペコペコペコ頭下げあってんじゃねーよ。ペコペコなのはそこの怪力娘の腹だけで十分だっつうの。
ま、風邪も治ったみてえだし、もーいんじゃね?
俺たちも迷惑かけた、名前も迷惑かけた。これでおあいこだろ。
そんな事よりお茶くんない?喉乾いた」
「あっ気が付かずすみません!直ぐに!」
「アンタの図々しさ本当どうなってんですか」
杖をカンカン鳴らしながら裏へと引っ込む。
お茶菓子も用意して少しゆっくりしてもらおう。
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「なあ、万事屋のお嬢ちゃん」
「なにアルか?」
彼女が裏へ引っ込んだのを見届けてから店長が神楽に声をかける。
クーラーの風が当たる位置で涼んでいたがその声に振り向いた。
「アンタ、あの子の友達かい?」
「そうアルよ」
コンマ一秒と空けず返ってきたその返事に店長がケタケタと笑った。
あまりの即答ぶりに思わずどうして友達になってくれたのか理由を聞く。
「名前、私の知らない事色々教えてくれるアル。
土はどんな匂いだとか、風はこんな匂いだとか、アソコの肉屋のコロッケ油が変わった音がするからいつもより美味しいとか、パチンコ屋の玉の出方の音がいつもより違うだとか」
「えっ嘘まじで?そんな事まで分かんの?」
「銀さんパチンコに反応しないでください」
いつの間にか施術ベッドに横たわっていた銀時が敏感に反応して身体を起こした。
それを新八が間髪入れずにツッコむ。
「名前と話してたらとても楽しいヨ。
今見てる景色がすべてじゃないって教えてくれるネ。
だからこれからももっとお話ししたいアル」
神楽の言葉に店長が嬉しそうに歯を見せて笑った。
すると手招きして神楽を呼ぶ。
それに神楽が近寄れば、受付のカウンターに何かを置いた。
新八も興味本位でそれを覗き見る。
二つに折られた紙。
「ポイントカード?」
新八がそう呟くと、店長がポイントカードを開いて中を見せた。
そこには各欄毎に何か文字が書いてある。
小さくて見えにくいが読めない事はない。
新八が目を凝らし、一つ目の欄に何が書いてあるかを読みあげた。
「えーっと…"友達を作る"?」
「これ何アルか?爺さん」
「こりゃあな、目が弱いあの子がこれから生きていくための大事なモンだ」
店長は、このポイントカードを渡した経緯を話す。
いつもは胸ポケットからポイントカードを離さない彼女だが、今日はたまたま受付に置いてポケットにしまうのを忘れてしまったようだ。
ペンを渡す。
神楽はそれを受け取り、蓋を開け、少し下手くそな字で嬉しそうに最初の"友達を作る"欄に「かぐら」と書いた。
店長はそれをみて目を細める。
ベッドからそれを見ていた銀時はゆっくりと立ち上がり、ポイントカードを覗き込んだ。
「えーと何々?
"友達の家に泊まる"…"馴染みの店を作る"…"エコーロケーションが出来るようになる"…。
オイオイ爺さん、20個ぐらいある欄全部にやる事あんじゃねーか。
人生はゲームだぜ?一回休みぐらい入れてやれよ」
「毎日休みのアンタに言われたきゃねえな」
裏の扉がガチャリと開いた。
「お待たせしました」とお茶を淹れて戻ってくる彼女。
器用にお盆にお茶菓子とお茶それぞれを置いて片手で持ち上げている。
受付に置けば、銀時が真っ先にお茶と茶菓子を取った。
新八も「いただきます」と言ってお茶を取る。
神楽は帰ってきた苗字の隣に行き、にやにや笑いながら彼女の手にポイントカードを渡した。
彼女は一瞬何を渡されたのか分からない顔をしたが、直ぐに顔を赤くした。
「サイン書いておいたアル。
次はお泊まり会アルな」
「えっ!?」
「まったく名前は照れ屋アルな〜そんなウブじゃこのかぶき町ではやっていけないネ
良い?女ってのは少し背伸びして遊んでるフリでもしないとロクでもない男に遊ばれて終わるの、少し良い女になって男が求めてくるぐらいにならないとダメよ」
「人前で平然と鼻くそほじる小娘が女語るんじゃねーよ」
戸惑う苗字はスタンプカードを見て神楽の方を見て状況が飲み込めない顔をしている。
それを見ていた新八はもしかしてと思い、彼女に話しかけた。
神楽と銀時が言い合うのを横に、新八が名前を書いた欄の内容を伝える。
新八の言葉に彼女はパアッと顔を輝かせた。
嬉しそうにスタンプカードを見つめる彼女に新八は思わず笑ってしまう。
いつも落ち着いてる人の意外な面が見れた事に少しだけ得をした気分になった。
(自分も名前が書けるところがあれば、書いてみよう)
騒ぐ神楽と銀時を見つめながら、新八は一人こっそりと笑った。
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