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玉簾



舌を鳴らす。
コンコンと音で周りを見る。
まだそれはヘタクソで、しばしば建物にぶつかる事も多い。
杖こそ持っているが、なんとなしに舌を鳴らしながら今日の出勤の道を歩く。

「あだっ」

またもや壁に頭をぶつけた。
この出勤の間に何度ぶつけたろうか。
それでもめげずに足を進める。
やっとの思いでたどり着いた勤務先。
階段をのぼりドアを開ける。

「着きました!」

「達成感で満たされてるとこ悪ぃが10分遅刻だからな苗字ちゃん」

着いた時の達成感は見事に店長の言葉で打ち消され、謝罪をして慌ててバックヤードにタイムカードを押しに行く。
やはりまだまだ練習が必要だ。
反省しつつ着物から制服に着替えて店内へと足を運ぶ。
店長に今日の予約を読み上げて貰う。
今日の予約は無いようならそこまで客が来ることもないだろう。
何か雑務をしようとそこら辺をうろちょろとする。手探りで受付の上に置いてある花瓶を手に取り重さを確かめる。ついでに葉っぱも触る。
少し弱っている、お水が足りないのだろうと裏に行き水を入れてやる。
それを元の位置に戻してまた次の何かを探そうとうろちょろする。

「苗字ちゃん久々に暇なんだからジッとしたらどうだ?」

「あっすみません店長、なんか逆にソワソワしてしまって」

店長の声に苦笑すれば、店長からクスリと笑った声が聞こえた。
「そんじゃあ」と店長が私に何かを渡す。
触った感触は少し硬めの紙で二つに折られている。例えるなら…。

「スタンプカード?」

「そうさ、スタンプカード」

「この店のですよね?あっもしかして新しくするとか?」

「いやいや違う違う、それは苗字ちゃんのスタンプカードだよ」

説明されても意味が分からず首をかしげる。
店長はそれにカラカラと笑った。
スタンプカードを触り続けるが特に変わった所は無い。
説明してくれとお願いすれば、店長が受付の椅子に座りなおす音。

「そのスタンプカードにはなぁ目標を書いておいた
例えば"友達を作る"とか"馴染みの店を作る"とかだ。
一言で言うと"友達沢山できるかな!?スタンプカード"ってとこか」

「??何故またコレを?」

「お前さん、人当たりも良いし接客態度も良いから知り合いこそ多い。
でも友達と呼べる奴はおらんだろ?
一人である程度の事出来るっつっても、そこに友達ぐれぇいねえんじゃあ折角の人生損しちまうぜ?」

店長の渡されたスタンプカードの説明を受け、思わず顔をそらしてしまう。
たしかに、知り合いは多いが友達と呼べる人はいない。
自分の生活でいっぱいいっぱいでそんなの気にしたこともなかった。
それを聞かされた今でもこれから先必要になる事もないだろうとさえ思っている。
自分は目が弱い。出来ない事も多い。
少しでも生活しやすいようにエコーロケーションを習得しようとはしているが、私と一緒にいるだけで気を遣わせてしまうのは必然。
実際問題昨日の坂田さんもそうだった。


「スタンプカード貯めりゃあ良いモンやるからよ
ジジイのお節介で面倒くさいとは思うが、まあ頑張ってみてくれねえかい?」


一人である程度の事が出来るのも、こうやって働ける場所があって人並みの生活基盤があるからだ。
店長は恩人だ。私にとっては親に等しい。
その人の言葉を無下には出来ない。
小さく頷けば、店長は一枚のメモ用紙を私に渡す。
点字だ。
それを読み取っていけば、そのメモにはスタンプカードに書かれている目標が書いてあった。
「目標一つ達成につきスタンプ一個。達成出来たら誰からでも良いのでチェックしてもらうこと」との事だ。
何が書いてあるのだろうと点字を読む。
"友達を作る""馴染みの店を作る""友達と遊びに行く""友達の家でお泊まり会をする"…。
どうやら他にも色々とあるみたいだが、全部読む気になれず、途中で止める。
どうやら本当に友達関係の事ばかりだ。
まるで年端もいかない子供のための目標みたいで少し恥ずかしい。
私が読んでいるのを見つめているのか店長の少しだけ笑う声が聞こえた。
すると電話が鳴る。
受付で鳴った電話は店長が直ぐに取り、対応している。
どうやらギックリ腰の患者さんのようで家に来てほしいとの事だ。

「店長、私がいってきますね」

「おいおい、たまには俺が行くぞ?」

「いえいえ、店長は足が悪いんですからゆっくりしていてください。ではいってきます」

スタンプカードから少し現実逃避したかった私はそれを制服の胸ポケットに入れてから、必要なものを用意して店を出る。
店長から聞いた住所に向かって歩く。
最近はスマホのおかげで知らない道でも楽に歩けるのが有り難い。音声があるだけで全然違う。それでも行く道を覚えるため、目印になる音や匂いを覚えていく。
メンタルマップをどんどん広げなくてはなあとは思うが慣れるまでが大変なので中々行動に移せない。

(スタンプカード…)

ふとその事を思い出し、小さくため息をついた。








ギックリ腰の患者さんは65歳の方だった。
あれくらいの歳の方は心に身体がついていかないので結構無茶をする人が多い。
マッサージをすれば楽になったようで何よりだった。
来る時に覚えた道を歩く。
カツカツと杖を鳴らし、いつもより慎重に歩く。


「おやアンタ、按摩のトコの」

「!」

按摩の単語に反応して立ち止まる。
声がした方向に顔を向け誰がいるのか判断する。
声に覚えが無い。
店長の知り合いだろうか。
ザッザッと自分に近寄る音が聞こえる。
煙草の香りに、お化粧の匂い。
女性だ。
声的に店長と年齢が同じぐらいの方だろうか。

「おっと、すまないね、自己紹介が遅れちまった。
私はお登勢ってんだ。
前アンタん所に電話したモンさ」

「!ああ、坂田さんの施術のお電話をくださった…!」

名前を聞いて思い出す。
ゆっくり頭を下げて自己紹介をすれば、クスリと笑われた。
何故笑われるのか分からず顔を上げてお登勢さんを見つめる。

「よーく知ってるよ。
アンタんとこのジジイに何度も聞かされてるからねえ。
腕が良いってのも聞いてたからこの前電話したのさ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

確かお登勢さんは飲み屋を経営している筈。
店長何度か夕方店を閉めて出かける事があったが、もしかしてお登勢さんの所へいっていたのだろうか。
その度に私の話をしていたのだとしたら嬉しい反面恥ずかしい。
するとパチンという音と共に煙草の煙が少し薄くなった。どうやら煙草を消したらしい。


「アンタは仕事帰りみたいだね。
働きもんじゃないか、どこぞの天パに爪の垢煎じて飲ませてやりたいよ」

「そんなそんな、私もお客様来なかったらプー太郎みたいなものですよ」


誰のことを言っているのか分からないが、冗談に笑って返す。
お登勢さんは「アタシ等みたいな接客業は忙しいぐらいが丁度いいもんさ」と笑う。
それにうんうんと同意した。
胸ポケットからカサリと音が鳴ったのが聞こえた。そういえば入れっぱなしだったと少しだけ胸元を見ればお登勢さんが私の目線に気付く。

「アンタ、その胸にあるのポイントカードかい?客のだったら連絡しておきな」

「あ、いや違うんです、これは店長が私にくれたもので」

店長がくれた、という事実にお登勢さんの空気が少しだけ変わったのが分かった。
胸ポケットのポイントカードを取り出せば、お登勢さんは「ちょいと貸しとくれ」と声をかけてくる。差し出せばそれを手に取ってくれた。
中味を見ているのだろうか。
なんかとても恥ずかしい。
"お友達たくさんできるかなカード"の内容を見られている。
お登勢さんはそれを暫く見たあと、ゆっくりと私の手に握らせてくれた。


「頑張って貯めてやんな」

「えっあっいや、その」

「アイツの親心みたいなもんだ。
随分と遠回しだがアンタを心配してんのさ。
アイツも良い歳だし、いつまでもアンタの側にいられるワケじゃないからねぇ。
いなくなった後のこと考えてんだよ」


お登勢さんに言われた事に言葉が止まる。
スタンプカードを見つめて店長の事を考える。
目が見えない私のそばにいてくれた店長。
顔さえ分からない、分からないがずっと親のように慕ってきた。口は悪いけど優しい人。
私だけだと思っていた。
店長も自分の事をそういう風に思ってくれているのだとしたら。
涙が溢れそうになるのを堪えるため、目をぎゅっと瞑る。


「そうですね、はい、やってみます」


いなくなった後のことなんて本当は考えたくはない。
けど、これが望みなら、やり遂げればそれは親孝行に繋がる筈だ。
スタンプカード、頑張ろう。

お登勢さんにお礼を言えば「頑張んな」と笑って私の前を離れていく。
スタンプカードを大事に胸ポケットへ入れる。
店長の待つ店に急ぎ足で帰った。


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